第6話 変化

「今日で私たち三年生は引退しますが、卒業まではまだ学校にいるので、見かけたら声かけて下さいね」

弓道部員一、二年生の前には的を背にして、部長の村田、副部長の飯田、中村の三年生が立っている。

「最後に決勝まで進めて、いい経験になりました。来年は、ここにいるみんなで大会に挑んでほしいです」

「こんなに部員がいるのは初めてで、この数ヶ月とても充実していた気がします。ありがとう」

部長から順に後輩たちに伝え終わると、一番後ろで聞いていた藤澤が語りだした。

「よく、三年間頑張りましたね。それこそがあなた達の財産です。これから受験に向けて、励んで行ってください」

「ありがとうございます! 」

三人は一斉に彼に向けてお辞儀をすると、嬉しそうな表情をする藤澤がいるのだった。

「それでは村田部長、最後の仕事をお願いします」

彼女は涙を拭うと、いつもの通る声で告げていた。

「二年生の大石おおいしたかしくんを部長に、北川きたがわ由希子ゆきこさんを副部長に任命します」

「はい! 」

呼ばれた二人は勢いよく返事をし、先輩の想いに応えているように一年生の瞳には映っていた。

「これから、お願いしますね。まずは一年生三人の全国大会が八月にありますから」

「はい」

引退する三年生へ、これから部を引き継いでいく二年生から、花束と部員全員で寄せ書きをした色紙が手渡されると、拍手が起こった。

遥は拍手をしながらも涙目になっていた。

ここにきて…弓道をやっていて良かった……。

そう実感していたのだ。

「先輩、ありがとうございました」

大石の声かけを合図に、部員は一礼をして三年生を送り出していた。

藤澤はそんな彼らの姿に、これからの弓道部を夢見ているのだった。




三年生が引退し、清澄高等学校の弓道部員は総勢十名となった。

今までは自主練だった朝練も、十人全員が参加している。自由参加は変わらないのだが、この間の大会から部員に変化があったのは確実である。

弓を引きたいという想いが強くなっていたのだ。

遥はいつもと変わらず、七時半から始まる学校の朝練には間に合うように、いつもの弓道場で弓を引いている。

蓮とはメールや電話のやり取りはしているけど、会えてないなー……。

彼は県総体団体決勝を今週末に控えている為、部活が忙しいのだろう。それでも、ここに来てしまうのは彼女の習慣になっているからだ。

遥は気持ちを切り替えると制服に着替え、仲間のいる学校へ向かうのだった。



「遥ー! 聞いたよ! 県大会一位ってー!」

「すごい! おめでとう!!」

勢いよく飛びついてきた二人に、遥は笑顔で応えている。

「知佳ちゃん、小百合ちゃん、ありがとう」

今まで弱小だと思われていた弓道部が県大会入賞を果たした為、クラスでちょっとした話題になっていた。

「翔、陵の言ってたとおり台風の目になったね」

隣の席のチームメイトに話しかけると、彼も嬉しそうに応えている。

「あぁー、確かに」

「陵のクラスはもっと凄そうだよねー」

「あいつが差し入れいっぱい貰ってる所が目に浮かぶ」

「確かにね」

二人が陵のお調子者の姿を思い浮かべ、笑い合っていると、一組の和馬と真由子が二人を廊下側から呼んでいた。

「翔ー、ハルー!」

「二人ともライン見てないでしょ?」

二人は顔を見合わせ携帯電話を見ると、『職員室前集合』の文字が目に入った。

「なんで昼休みに職員室?」

「眠そうに言うなよ翔。ラインは雅人からだから、藤澤先生担任だし、呼び出しじゃないか?」

「三組は覗かなくていいの?」

「美樹と奈美は先に向かったよー。陵は知らない」

「あの優しいマユに知らないって、言わせるなんて」

「確かに」

「もう、遥も翔も和馬も笑いすぎ! 先輩とかもいて、とても近づける雰囲気じゃなかったんだよー」

三人は陵の様子を思い浮かべ、納得していた。チャラいから仕方ないと。

職員室前にはラインを送ってくれた雅人と美樹、奈美の三人が揃っていた。

「一人足りないけど、いいかな? まず、声かけられた俺が藤澤先生呼んでくる」

「お願いします」

普段、職員室に縁のない六人は廊下の窓側に綺麗に並び、雅人と先生を待っていると、遅れて陵がやってきた。

チームメイトは陵が間に合って良かったと、ほっとしていると職員室の扉が開いた。

少し緊張気味の生徒の様子に藤澤は、微笑みを浮かべながら話し始めた。

「昼休みに集まってくれてありがとう。今日は職員会議で放課後、道場に行けないので呼び出しました。今月末、他校との合同練習が決まりました。二年生にはもう言ってあるのですが、簡単な練習試合も出来るかもしれないので、そのつもりで励んで下さい」

「はい!!」

元気の良い返答に藤澤は、喜んでいた。

この短期間で、いいチームになりつつあると……。

「先生、合同練習ってどことするんですか?」

陵の素朴な疑問に答えたのは、その場に居合わせた部長達だった。

「風颯だ」

大石部長の声に、いち早く反応したのも陵だった。

「やったー!!」

「職員室前では、静かにー」

北川副部長に言われ、おとなしく教室に戻るが、陵達のテンションは上がっていたのだ。


強豪校が合同練習に選ぶ学校は、県大会や全国大会の常連校ばかりだ。

風颯が合同練習をしてもいいと受け入れてくれたという事は、この間の大会の成績を少しは認めてもらえたという事だからだ。

「藤澤先生が…俺達が入部する前から、色んな高校に合同練習を申し込んで下さっていたの…知ってましたよ」

部長から合同練習用の用紙を受け取ると、藤澤は頷いて応えていた。

「二人のおかげでもありますよ? 途中で投げ出す事なく続けてきてくれて、ありがとう。風颯は県内一の学校と言っていいでしょう。その目で自分がこれからどうありたいか、確かめてみるのもいいかもしれません」

「はい」

「では、放課後はあの一年生達のこと、お願いしますね」

「分かりました」

大石と北川は、これからの部を引っ張っていくのは自分達だと改めて自覚するのだった。




個人戦も行われた県武道館で、県総体団体決勝が行われている。

清澄は予選敗退していたが、満と蓮が出場する為、遥は朝から差し入れの準備をしていた。

「遥ー、蓮が来たから、もう行くぞー」

満に呼ばれた遥は玄関まで慌てて出ると、用意した飲み物とお弁当を蓮へ手渡した。

「大前、頑張ってね」

「うん、ありがとう遥…今日来てくれるんだろ?」

「もちろん! 行くね!!」

蓮は微笑むと、彼女の頭を撫でて玄関を出て行く。

「相変わらずだなぁー」

「あっ、みっちゃんにもはい! 特製ドリンク!」

「ありがとう」

「みっちゃんも落ち、頑張ってね!」

「うん、じゃあまた後でなー」

「二人ともいってらっしゃい」

久々に会った遥に彼の顔はにやけていた。

「にやけるのはいいけど、ミスるなよー」

「しないって!」

「他の部員には見せられない顔だな」

「妹に激甘な満に言われたくないなー」

これから大事な試合があるというのに緊張感のない話をしながら、二人は集合場所でもある風颯学園高等部へと向かうのだった。


彼らが着くと、顧問の一ノいちのせ先生と良知りょうじコーチ、数名の部員がマイクロバスに乗って待っていた。集合時間までは、まだ十分程あるのだ。部長である満は、バスの前で、副部長の佐々木ささきと出欠確認をしながら待っている。

このバスに乗れるのは、男女補欠も含めたレギュラーメンバーと今も部活に残る三年生だけなのだ。残りの一、二年生は各自応援に向かうが、強制ではないので出欠確認もしない。

それでも、ほとんどの部員が応援に駆けつけるのは、強豪校であることへの誇りとレギュラーメンバーの有志をみたいからである。

「先生、全員揃いました」

満が一ノ瀬に報告をすると、彼は車の扉を閉めた。

「出発するから、シートベルト忘れずになー」

「はい」

返事が良いのは、さすが弓道部と言うべきである。

車内は意外にも静かだった。帰りのバスはいつも騒がしいが、行きは精神統一したい人もいるから、静かにという部長の意向を汲んでの事だ。

部長自身は精神統一をしたりしない為、騒がしくても構わないのだろう。今も携帯電話のゲームで、静かに蓮と戦っているようだ。

良知コーチは、そんな二人のようないつもと変わらない部員がいる事が、風颯の一番の強みだと感じているのだった。



「準決勝と同じメンバーで行くから、そのように各自準備しろよー」

先生が支持を出すと、部員は各々の緊張感と向き合っていた。

「満部長ー、ちょっと出てきてもいいですか?」

蓮の顔で遥が連絡をくれた事は、すぐに満にも分かった。

「いいけど、時間は守れよ」

「はーい」

軽く返事をすると、袴姿で彼女の元へと蓮は急ぐのだった。

遥もだけど、蓮も大概分かりやすいよなー。

「部長、蓮どうしたんですか?」

「あぁー、用があって行ったけど、試合までには戻ってくるから問題ない。それより佐野さの、今日は落ち前よろしくな」

「はい」

満のこういう所は、部長らしいと言える。チームメイトからの信頼も厚く、頼りがいがある兄のイメージそのままなのだろう。


「蓮!」

遥は袴姿の蓮に気づき、彼の元へ駆け寄っていった。

「いよいよだね」

「うん」

「見てるからね」

「ありがとう」

彼はそう言って彼女の手を握ると、チームメイトに見えない位置まで手を繋いで歩いていく。

「遥、いってくる」

「蓮、いってらっしゃい」

二人は軽く手を合わせハイタッチをすると、蓮はチームメイトのいる会場へと向かうのだった。



風颯学園弓道部は、女子より男子の方が現状は強い。そうは言っても、世代交代で今後どうなっていくかは、まだ分からない。

今日の決勝には男女両方とも勝ち残っている。

先週の予選結果と、今日の準決勝の結果の合計の上位四チームが決勝、リーグ戦で戦う事が出来るのだ。

リーグ戦に進んだ四チームは順位に関わらず、東海高校総体出場が決まっている。さらに全国高校総体に出場するには男女共に優勝校のみである。

風颯学園の女子は五位だった為、東海高校総体出場を逃す形になった。

「……部長、私達の分も頑張ってね」

「勿論、佐々木副部長の仰せのままに」

目元の赤い佐々木に、満はタオルを渡しておどけて見せた。

「ありがとう……」

「じゃあ、行ってくるな」

「うん」

満は女子の分もと、気合を入れ直しているようだ。

「いくぞ!」

「はい!!」



さすが強豪校と言えるだろう。一巡目で外す者は一人もいない。

リーグ戦は五人一組が四射ずつ引き、総当たりとなる。すべて対戦し終えた後の総的中によって勝敗が決まるのだ。

大前の蓮は四射すべて皆中。二番の土屋、中の鈴木も大前に続き中っていく。落ち前の佐野が一射外すが、落ちの満が外すことはなく皆中を決めていた。

結果は十九本。

その後の対戦も十八本、十六本。そして十八本と四勝し、県総体団体三連覇を決めたのだった。

蓮と満がこの大会で一本も外す事はなく、リーグ戦で十六射皆中を決めたのは二人だけだった。



遥は蓮の弦音を、心地よく聴いていた。

どんな時も同じ射形で矢を射る事が出来るのは、日頃の蓮の努力の賜……。

今日は私服で来てるから「よーし」と、声を出しても、拍手をしても、大丈夫。

遥は自分の出来る限りのことをしながら、風颯学園にエールを送っているのだった。

「勝ったね……」

「うん」

彼女は母と兄の応援という名目で、蓮を応援していたのだ。

「お母さん、今日は付き合ってくれてありがとう」

「私も満の三連覇見れたし、蓮くんの有志も拝めたからよかった」

「お母さん!」

母の携帯電話が鳴り、父が車で迎えに来てくれているようだ。

「今日はお赤飯炊きましょうか? 蓮くんのお母さんも来てくれるみたいだし」

「そうなの?!」

「久しぶりに皆でご飯だから、楽しみね」

「うん」

小学生頃までは、よくお互いの家で集まったりしてた……。

あの頃はおじいちゃんもいて、楽しかったなぁー。

中等部に入って、部活が忙しくなってから…集まることもなくなったけど……。

「遥、帰るよー」

「うん! 今、いくー」

車に乗り込むと携帯電話のバイブ音が鳴り、急いで電話に出ると大切な人の声がした。

『遥、やったよー!』

「うん! おめでとう!!」

『今日の夕飯、満に聞いたから、また後でな』

「うん、楽しみにしてるね」

『あっ、はーい、行きます! じゃあな』

時間ないのに電話してくれたんだ……。

蓮……ありがとう。

遥の嬉しそうな横顔を幸せな気持ちで、助手席に座っていた母と運転する父は、バックミラー越しに見ているのだった。

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