第8話 射形
朝の六時前、遥はいつも通り目が覚めていた。
弓道場も朝食も朝七時からの為、ジャージ姿に着替えグラウンドに出ると、ちょうど蓮も外に出ようとしている所だった。
「おはよう」
「おはよう、蓮」
お互いに小声で挨拶をすると、一緒にストレッチをし、ジョギングを始めていく。
「昨日は楽しかったー」
「そうだなー」
あの緊張感のある試合を楽しかったと言える遥は、小さい頃と変わらないな……と、蓮は思いながらも、二人きりの時間を楽しんでいた。
「今日は、何するんだろうな?」
「うん、蓮も知らないの?」
「うちは基本、先生やコーチの指示を満と副部長しか受けないから、俺達は部長達に従うだけだな」
「そうなんだ」
ジョギングをしながらもしっかり話が出来るのは、二人の基礎体力が高いからである。
体が温まった二人は、手首、足首などを念入りにストレッチし、柔軟体操を行なっていく。
「今日も遥の射、楽しみにしてる」
「うん、私も」
二人はそう言い合うと、朝食に間に合うように、それぞれ寝泊まりしている部屋へ戻っていくのだった。
的の準備や準備運動が終わると、満の声かけにより部員が全員、規則正しく並び、正座をしている。
「おはようございます。今日は午前中は自由練習、午後に実践練習をまた行います。それぞれコーチや部長達の指示に従って下さい」
一ノ瀬の言葉に続き、良知が説明し始める。
「昨日、私の元で的前をやった一年と遥さん、白河くん以外の清澄の方は、こちらに集まって下さい。午前中も実践練習で、清澄対風颯の試合を行います」
良知の元へと呼ばれたメンバーが移動すると、清澄は翔と遥の二人だけが残る形になった。
「では、こちらは自由練習を行うので、まずは上級生と下級生で二人一組になって、射形の乱れがないか確認する事。的は左からネットのかかってる九的まで自由に使っていいけど、一人一回につき四射で変わるように、矢取りもあるから、なるべく九人まとまって弓を引く事」
「部長、時間は?」
隣にいた佐々木に言われ、満は時計を見上げた。
「二時間なので、十時半までとする……以上」
この練習もよくやっているのか、スムーズに二人組が出来ていく。遥と翔が周囲の早い準備に戸惑っていると、満が声をかけた。
「清澄の白河くんと遥は、こっちー」
二人が満の元へ行くと、満の後ろで蓮が矢の準備をしていた。
「白河くんは俺とで、遥は蓮とペアだからな」
翔は満と組めることに緊張を隠せないでいた。
「よ…よろしくお願いします」
「こちらこそ、俺にも何でも言ってくれると助かる」
そう言って二人は握手を交わすと、さっそく的の方へと移動していく。
遥は蓮と組めるとは思ってなかった為、顔が綻んでしまうのを抑え、声を出した。
「……よろしくお願いします」
「よろしく」
二人も握手を交わすと、満達に続くように的へと向かって行くのだった。
「最初は下級生から引くから、遥からな」
「はい」
遥はいつも通りの射形で弓を引くが、蓮からの声かけはなく、近くで視線だけを感じている。
「次はもっとゆっくり、慎重に引いてみて」
「はい」
試合とは違い、射形が崩れないよう確かめながら引けるのが自由練習のメリットである。
「次は試合のテンポで」
やり方の指示はあるが、的に中った事に対してのコメントはない。
「最後は、昨日と同じく皆中で」
蓮の指示に遥は一呼吸置いて、弓を引く。
「お疲れ、人に見られてるから緊張しただろ?」
「うん……総評は?」
「矢取りで皆中がど真ん中だったら、完璧」
「ずれてたら?」
「次はど真ん中狙って、四射中るか見る」
「はい。私が蓮を見る時も同じ感じでいいの?」
「うん、もしいつもと違う所があったら言って」
「分かった」
矢取りの番になり、二人で遥の矢を観に行くと、僅かに中心から外れていた。
「やっぱりか」
「やっぱりって?」
「だって、わざと乱しやすいようにスローとアップを混ぜたんだからな? 外してくれなきゃつまらなだろ?」
「ひどい……」
わざと落ち込んだ仕草をする遥の頭を撫でると、蓮は優しく微笑んでいた。
「射形は全然乱れてなかったけどな」
そう言うと次は蓮が弓を引く。
先程、自分が受けた指示を変え、二射目が試合のテンポ、三射がスローで慎重に、四射を皆中にするが、想定の範囲内だったようで彼の射形が乱れる事はない。
矢取りをすると蓮もほんの僅かに中心から外れていた。
「じゃあ、次の順番が回ってきたら皆中な」
「はい」
矢を射れない間は大きな鏡の前で、二人は素引きを繰り返していた。
良知が先程言ったとおり、ネットを挟んだ右側では、男女別で三対三の試合を行っている。
清澄は毎回一人は的中記録をつけるよう指示され、四射終わる毎にメンバーや立ち位置を変え、何度も繰り返し戦っていく。三人で弓を引くより、ライバルがいる方がお互いにとってメリットがあり、試合の慣れにも繋がる。
特にここにいる風颯の一年も清澄のメンバーも陵以外は団体戦の独特の雰囲気に慣れていないからだ。
他の人に射形を乱されることなく、プラスに持って行けるようにと考えられた練習メニューである。
そのおかげか、徐々にではあるが、未経験者だった和馬、雅人、真由子、奈美の四人も、その時の立ち位置などによって多少変動があるものの、的中率が僅かに上がってきているのだった。
「四射四中、外したら一回につき腹筋十回な」
自由練習なので遥と蓮は罰ゲームを交えながら、弓を引くが、二人とも的から外さない為、罰ゲームをやらずに二時間が経ちそうだ。
「時間的にこれでラストだな。四射中心を狙って中るように」
「はい」
深呼吸をすると、遥は的を真っ直ぐに見つめ弓を引く。試合ではないので、自分のテンポで引ける事が影響しているのだろう。四射とも中心に沿うように中っていた。
「さすがだな」
「これは矢が一つ駄目になっちゃったね」
「それくらい正確に引けたって事だよ」
場内に戻ると蓮が矢を射る。的の中心に向けて的確に、リズムよく弓を引く。
彼の矢も一つ駄目になる程、正確に的の中心を中っていたのだった。
時間になり、佐々木が満に合図を送ると、矢取りをしていた部員は手早く片付けをすませ、場内へと戻ってくる。
「次は、
「はい!」
一年生から順に弓を引いていく。
「昨日の成績上位者だった白河くんと遥は俺たちが入れる段階になるまで、練習を見ててくれ」
「はい」
一人、また一人と弓を引く回数が増える度に人が減っていく。
「遥は、こうゆう練習だと永遠に引いてられそうだよな」
「うん、すきかも」
蓮の問いかけに応えた遥は、弓を引く部員を眺めながら、自分だったらどう引くかを考えていた。
「矢取りお願い」
佐々木の指示で手早く片付けが行われると、二年生の番になる。この学年は部員が多い為、一度矢取りを挟んで、二、三年合同でまた弓を引いていく。
「次は俺たちだな。四射以降は、八寸的に変えてやるから、そのつもりで」
「八寸的なんて久しぶり……」
遥が呟くと、蓮は彼女の肩に触れ、さっきまでの練習が役に立ったと言いたがな表情を浮かべている。
「お手並み拝見だな」
「はい」
昨日の上位成績者だけあって、四射目で外す者はいない。
満が部員に指示を出し、八寸的という通常より一回り小さな的に変更後、また弓を引き始める。
自分のタイミングで引ける事もあって、的が小さくなったのにも関わらず、十二射目までは見事に的に中っている。集中力が切れてきたのか、一射増える度に
一人、また一人と減っていく中、十六射目まで残ったのは、満、蓮、春馬、遥、翔の五人だった。
的には矢が密集した状態になっている。
「二十射になったら、的変えるよ」
佐々木の声に満は応えた。
「その時は通常ので頼む」
「分かった」
二人が会話をする中、黙々と遥と蓮は弓を引き続け、あっさりと二十射皆中を決めたのだった。
「早! じゃあ二人は、後ろで待機。俺達が終わったら、次の方法を決めるからな」
満は宣言通り、二十射皆中を決めると、それに続くかのように、春馬、翔の二人も弓を引き終え、五人とも皆中していた。
「俺の予想では、これで時間ギリだったんだけど、もうちょい引く時間あるから、今度は昨日もやってたど真ん中を一人ずつ狙っていこうか?」
「はい」
「残りは軽くストレッチと出来るところの掃除、あと見学なー」
部長らしく残りの部員にも指示出しを終えると、昨日同様くじ引きで順番を決める。
遥、蓮、春馬、満、翔の順になり、遥から弓を引く事になった。彼女は深呼吸すると練習を思い出し、矢を射る。次々と弦音が響いていくのを感じながら、全員が引き終わるのを待っているのだった。
五人は矢取りに向かうと、優劣をつける。
「一位はこれは同率だな……蓮と遥」
先程の練習の成果だと二人はハイタッチをして喜んでいる。
「次は俺で、四位が春馬。五位が白河くんだね。みんなお疲れさま。時間も丁度いいし、矢取りして戻るぞ」
「はい」
カフェテリアでは、コーチ指導の元、試合をした清澄と風颯の一年が的中記録を見ながら、定食を食べていた。
「遥は何食べる? 今日は、鯖か唐揚げ選べるよ?」
「鯖にする。蓮は?」
「俺も同じ。白河くんは、どっちにする?」
「えーっと、唐揚げにします」
「じゃあ、頼んじゃうね。おばちゃん、鯖二つと唐揚げ一つで」
「はーい」
後から来た満と春馬が追加でオーダーをしている。
「おばちゃん! やっぱ鯖三つと唐揚げ二つでお願い!」
「はーい、鯖三の唐揚げニね」
翔の後ろに満と春馬は並び、定食が出てくるのを待っていた。
「満さん…あの……今日は組んで下さって、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。白河くんの射形良かったよ」
「ありがとうございます」
「満が褒めるの珍しいなー」
春馬、蓮の順に会話に加わっていく。
「満部長は意外と厳しいからな」
「確かにー」
「ちょっと、遥までー」
翔は会話に加わりながらも、自分がまだ此処にいる事がどこか夢見心地の状態で、箸を進めている。
「白河くんは、中学から弓道やってるんだっけ?」
白い長方形のテーブルに遥を挟んで座っている蓮が話しかける。
「はい。正確には小五からですけど、部活では俺も松下も中学からです」
「中学はどの辺?」
「南地区で、今の清澄と同じです」
二人の会話に満や春馬も入ってくる。
「南地区は
「満、それは俺らが一年の時まで」
「そうだよ満部長、それに今は清澄がいるから」
「蓮、本当?」
遥は嬉しそうに左隣にいる蓮を見ていた。
「当たり前じゃん。県大会に三人も入賞者がいるんだぞ?」
「これからが大変だな。きっと注目されるだろうから、気負いすぎないような」
満の言葉に翔と遥は顔を見合わせて応えた。
「はい」
五人で談笑していると、満が佐々木に呼ばれ席を立った。
「はい、注目! 午後は清澄対風颯で男女別の試合を行います。二時に弓道場に集合するように」
「大石部長、この用紙に立ち位置を男女別で書いて集合時に藤澤先生に渡して貰えますか?」
「分かりました」
「風颯は、道場に着いたら出場メンバーの発表がコーチよりあるので、そのつもりで」
「はい!」
満の声に部員の士気が高まる。
「遥、白河くん、勝負だな」
蓮の言葉に二人は期待に満ちた表情を浮かべているのだった。
「立ち位置かぁー、どうする?」
大石の言葉に清澄の面々は考えていた。
「順当だと男子は、陵か翔に大前か落ちをお願いしたいところだけど……」
部長の言葉に反応したのは翔だった。
「部長、俺は構いませんが、先程の的中記録見せて貰ってもいいですか?」
「私も見たいです」
遥も彼と同意見だった為、二人でノートを読み返している。
「大前は陵がいいかもな。的中率が落ちの時より良さそうだし」
「オッケー、他はどうする? 落ちは翔でいいか?」
「うん、三番目だと的中率が下がりがちだから、翔がいいかもね」
遥の言葉に翔は頷いて応えた。
「二番と中、落ち前はどうする? 俺が中の方がいいか?」
団体戦で中を経験している大石が提案をすると、北川が同意した。
「うん、私はつなぎで大石が中の方が二番と落ち前の子も落ち着いて引けると思うけど」
「じゃあ中は部長で、雅人と和馬はどうする?」
陵の問いかけに二人は応えた。
「落ち前がいい」
「まさかの被りか」
「あっ、でも二人ともさっきの練習で部長の後の方が調子良さそうだったよ?」
美樹の意見で的中記録を見るとその通り丸が書いてある。
「じゃあ何回か引けるだろうから、先生にも相談するとして、落ち前と二番は変えたりしながらやってみようか?」
部長の提案に二人とも納得すると、女子の立ち位置の相談になる。
「女子はどうしようか? ハルちゃんが的中率一番いいけど、大前か落ちどっちがいいかな?」
また記録に目を通すと陵が提案をした。
「試合見ててちょっと思ってたんですけど、北川先輩、奈美、真由子、美樹、遥の順はどうですか? 大前でも先輩丸が多いし、美樹も前の人が外しても割と丸が多いみたいだし……」
陵の指差したノートを見て、全員納得したようだ。
「じゃあ女子は松下の提案に乗ってみようか? 四人ともいいかな?」
「はい!」
「それじゃあ、午後も頑張ろうな」
大石の一声で部員は気を引き締め、弓道場へと向かうのだった。
清澄弓道部員は袴姿で藤澤の前に立っている。
先程、自分達で決めた立ち位置の報告をしているのだ。
「うん、いいですね。最初はこれで行きましょう。四射ずつを何回か繰り返すので、男子も女子も途中で立ち位置を変えて構いませんから」
「はい」
部員で話し合ったとはいえ、初めて五人の立ち位置を決めた為、全員多少不安に思っていたのだ。
こうして、清澄の立ち位置は決まり、練習とはいえ強豪校との試合が始まるのだった。
「練習とはいえ、試合だからな? 気を引き締めて行うように。四射ずつを何回か繰り返すが、今から呼ばれる大前と落ちのみ固定とします」
良知コーチの話を風颯の部員は座って聞いていた。
「男子の大前は満、落ちは松風、女子の大前は伊藤、落ちが佐々木で十二射は行うからそのつもりで」
「はい!」
女子、男子の順に両校四射ずつ弓を引く為、清澄は女子の的中記録を和馬がつけている。
「……遥は外さないな」
ノートに十二個目の丸をつけながら思わず口にした和馬に同感するように、チームメイトは頷いていた。
「それにしても、この短期間でみんな成長してるよ」
大石の言葉に陵が応えた。
「三巡目だけど、誰も残念出してないですもんね」
外しても四射一中以上で五人とも十二射を終えたのだ。
「次は俺たちの番だな。みんな、よろしく頼むな」
大石の言葉に一年生は勢いよく返事をしていた。
「はい! 大石部長!」
男子の三巡目の的中記録は優香がつけていた。
「結局、二番が雅人で落ち前が和馬のままだけど、いい感じだね」
真由子の言う通り、皆四射一中以上を決めているので、女子同様未経験者がいるにしては上出来である。
「合宿の成果が出てますね」
遥の言葉にチームメイトも納得していた。
強豪と練習をしてみて、
十二射を終え、清澄の面々は練習とはいえ初めて五人で試合ができ、此処に来て良かったと感じていると良知が声をかけてきた。
「初めての試合はどうでしたか?」
座っていた大石が立ち上がり、清澄を代表して応えている。
「良知コーチ、ご指導ありがとうございました。とても充実した二日間で、試合での難しさがよく分かりました」
大石にしたがって、チームメイトも立ち上がり一礼をした。
「風颯のみなさん、ありがとうございました」
良知の後ろで座っていた部員も立ち上がり、部長同士、握手を交わす。
「こちらこそ、ありがとう」
清澄は一度も風颯には勝てなかったが、とても充実した二日間を終えようとしていた。
「それでは、最後に今日の午前中、一位だった二人の詰射を見て終了にします」
「えっ?!」
突然の良知の提案に声を上げたのは遥だった。
「す、すみません」
思わず口を手で塞ぐ仕草をする遥に、蓮は笑いそうになっていた。
「……報告は受けていて、私にも見せてくれますか?」
良知の視線を感じた遥と蓮の応えは決まっていた。
「はい! 」
双方準備が終わると、良知がルールを説明する。
「では、午前中と同じで五本目からは八寸的を使用し、二十射まで弓を引く事とします。勿論、
「はい」
くじを引くと、遥、蓮の順に矢を射る事になった。
場内は二人の射詰を静かに見つめているので、弦音だけが響いている。
カンと、良い音が続くと四射とも的に中った。
ふぅーと、大きく息を吐き出したのは遥だった。
「的変え、頼むなー」
満の声かけで一年生が用意していた八寸的を付け替えていく。
「あと十六か……」
蓮の呟きに遥は頷いて応えた。
二人の射詰を間近で見ていた清澄のチームメイトは、ただ圧倒されながらも、引きたいと思っていた。
「凄いな……」
陵の漏らした言葉に皆、頷いている。
「コーチも人が悪いな。さっきまで二人とも十二射引いたあとでしょ?」
清澄のすぐ側で見ていた満に春馬が話かけた。
「春馬…確かにな。次の世代で蓮が部長候補だからな。二人がどこまで射形を乱す事なく引けるか見たいんだろう」
「あぁー、俺もやりたい」
「そうだな…それに部員の士気を上げるのにも有効って事だろ?」
満が左下に視線を写すと清澄の九人が、右側に視線を写すと風颯のチームメイトが二人を見ながら学んでいるのが手に取るように分かったのだ。
「次、始まるな……」
春馬の声かけに、満は的の正面に立つ二人に視線を戻した。
射形の乱れる事なく、一射、また一射と的に中る音が響く。
遥は背後に強い視線を受け、緊張していた。それでも彼女が外さないのは、ずっと引いていたいと思っていたからだ。
こんなに沢山の弓を引ける機会は少ない。
それに、蓮とこんなに練習できる機会も……。
二人は一本、一本、気持ちを込めるように弓を引いていく。
とうとう一つも外すことなく、二十本目を迎える。
心地よい弦音が二回聞こえ、二十射皆中で幕を終えたのだった。
弓を引き終わった二人は、部員の拍手が響く中、笑顔で握手を交わしている。
「お疲れ」
「お疲れさま」
緊張感から解放された二人は、思わずいつもの話し方になっていた。
「遥、楽しかったな」
「うん! ありがとう蓮……」
二人の会話は、拍手の音で誰にも聞こえていなかったが、その笑顔で楽しんでいたのは明らかだった。
「二人ともありがとう。お疲れ様でした」
「はい」
「ありがとうございます」
良知の激励に二人がお礼と一礼をすると、彼は続けた。
「これからまた試合があります。皆さんも射形と弓と向き合って、励んでいきましょう。二日間お疲れ様でした」
「はい! ありがとうございました!」
こうして一泊二日の合同合宿は終わりを告げた。
「みなさん、お疲れ様でした」
制服姿になった清澄の面々は藤澤の前に集まっていた。
「今日はここで解散にします。ゆっくりと休んで、また明日から大会に向けて、励んでいきましょう」
「はい!」
「私は先生方と話があるので、駅までの道案内は大石部長にお願いしますね」
大石が応えると、駅まで行くチームメイトは弓道場から帰っていく。
「ハルちゃんはこのまま帰るでしょ?」
北川の声かけに、遥は素直に応えた。
「はい。兄を待っているので、今日はここで失礼します」
「遥、また明日ねー」
「またなー」
遥はチームメイトを見送り、満が更衣室から出てくるのを待っていると、良知に声をかけられた。
「遥さん、お疲れ様でした」
「良知コーチ! 二日間ありがとうございました」
「見事な皆中でした。今からでも、風颯に来ませんか?」
「……ありがとうございます。でも…私の居場所は清澄です」
はっきりと断った遥に、良知は微笑んでいた。
「残念です。では、またいつか会えるのを楽しみにしていますよ」
「はい」
遥が一礼をすると、良知は弓道場から出て行き、先程までと変わって場内は静寂を取り戻している。
弓道場を出た廊下には藤澤が立っており、今の話を聞いていたようだ。
「振られちゃいましたよ」
「それは残念です」
「藤澤先生には敵いません」
「良知くん、二日間ありがとうございました。初心者達はどうでしたか?」
「練習熱心なのに感心しました。このまま続けて行けば、風颯に入部は出来るくらいになるかもしれません」
「そうですか…それで十分です」
二人は久しぶりに会った知り合いのようで、懐かしむように話を続けていくのだった。
場内に一人残った遥は、先程まで的があった場所を眺めていた。
「遥」
声をかけたのは満ではなかった。
「蓮……。みっちゃんは?」
「満は部長だから、反省会してから帰るって」
「そっか……」
「久しぶりに一緒に帰れるな」
そう言って、左手を差し出してくる蓮の手を遥は握り返した。
二人は手を繋いで、静まった弓道場から帰って行くのだった。
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