I love you.

AKR

I love you.

「結末のわかり切った小説を読みたいと思うだろうか?」

と、私が尋ねた時に、貴女は「そんなこと、思うわけがないじゃない。」と笑った。

であれば、と。私は自らの小説をぐしゃりと潰し、ゴミ箱へ放り捨てた。

読みたくないと思われる小説など、書く価値はない。また、書き直しだ。

「あら、捨ててしまうの?勿体無い。」

「もう慣れてしまったよ。」

「諦めるのがお上手ね。」

「ふん。」

私は何も言わず、ポケットから取り出した、尻で潰れて、少し折れ曲がった煙草に火をつけた。

煙が目に染みる。正直、こんなに煙たい物を好んで吸引しようとする者の気が知れない。気持ちが悪くなるだけだ。なぜこんなもので清浄な空気を汚そうというのか。私には分からない。

だからこそ、私は煙草を吸う。喫煙は愚かしい行為、救い難い罪だ。故に、私は自身を、これでもかという程貶めたくなった時には決まって煙草を吸うのだ。

あぁ、私は屑なのだ。駄目人間なのだ。結末を変えようという気概すら見せない愚者、だから私はこのような罪を重ねているのだ。

と、ぼぅっとする頭の中で繰り返し、自虐の念を込めて煙を吐き出す。もう一度煙を吸い、吐き出す。そして、卓上の灰皿にまだ白い所が随分残った煙草を押し付けた。

「いつも見ていて思うけれど、随分勿体無い吸い方をするのね。」

「癖なんだよ。吸いすぎて中毒になっても良くないだろう?」

「一度に吸う量は少なくても、数が過ぎれば同じよ。」

呆れたように、貴女は床に転がった煙草の空き箱のひとつを持ち上げて、ゴミ箱へ放った。

やはり私は、何も言えなかった。


「ねぇ、今は何を書いているの?」

「いつも教えないと言っているだろう?」

「話が変われば教えてくれるかもしれないじゃない。」

そう言われて、私は手元の原稿用紙に目を落とした。

「そこまで言うのなら、教えてあげるよ。」

私が振り返り貴女の方を見ると、貴女は驚いた様に口元を抑えていた。

「あら、珍しい。悪い物でも食べたのかしら?」

「そんなことを言うと教えてやらないぞ。」

「冗談よ、冗談。それより、どういう話なのか教えてよ。」

そう言って貴女は飄々と笑って見せた。

私は軽く肩を竦めると、こほんとわざとらしく咳払いをした。

「ある男の話だ。彼には幼馴染が居るんだけど、その幼馴染は彼にとっての憧れなのさ。」

「へぇ、その幼馴染はよっぽどのイケメンなのかしら?」

「いいや、違う。その幼馴染っていうのは女なんだ。でも、二人は性別なんて関係ない程に仲が良かった。」

そこで貴女は合点がいったように手を打った。

「もしかして、貴方と私がモデル?」

「正解。そして高校までは仲良く来た二人は、しかし、大学から離れ離れになってしまう。」

「そっくりそのままじゃない。」

そう言って貴女は苦笑した。

「まぁまぁ、ここからが違うのさ。1人になった男は、憧れの幼馴染のように誰かを笑顔にせんと四苦八苦するんだ。でも、それは上手くいかない。何せそれは彼女が彼女だから出来たものであって、彼はその模倣、しかも不完全なものしか出来ない訳だから、居なくなった幼馴染になりきることは出来なかったんだ。」

「貴方は貴方で、私は私だものね。」

「そう。だから、度重なる失敗でようやく自分は自分だということを自覚した男は、自分なりの方法で人を笑顔にする事を考えるんだ。」

「その方法って、小説を書くことだったりするのかしら?」

私は思わず固まった。そんな私の反応を見て、貴女は獲物を見つけた猫のように、にんやりと笑った。

「どこが違うって言うのよ。ほとんど貴方の話じゃないの。大学時代、友人が出来ないと泣きついてきたのは誰だったかしら?」

中々に苦い記憶であるが、しかし、確かにそんなこともあった。かつての私は、張り切りすぎて大学のサークルでも浮いてしまい、酒の勢いで貴女に助けを求めたのだ。そして、それが私が小説を書く事となったきっかけでもある。これは私自身気付いていなかったのだが、どうも、思っていた以上に主人公に私を投影しすぎているらしい。

「私の実体験を取り込んだ方が、リアリティのある物語をかけるからであって、決して私は、私の人生録を書きたい訳じゃない。」

「あら、そうなの?」

「当然だ。それに私の人生に、小説に出来そうな面白い事は起こっていないだろう?谷こそあれど山のない平坦寄りの人生だ。」

貴女はそんな私の言葉に「そうかしらね?」と肩を竦め苦笑して見せた。

「それで、続きは聞くかい?」

「勿論よ。貴方が貴方の山の無い人生にどんな山を作り出したのか気になるわ。」

どうも、彼女の中ではもう、私の人生録という事で決まってしまっているらしい。反論するのも面倒くさく、私はため息を一つ吐いた。

「小説を書くようになった男は、今度は面白いほど上手くいく。小説は新人賞に選ばれるし、新しい友人も出来た。そんなある日、偶然に幼馴染と再開するんだ。」

「私の再登場かしら?」

「モデルは君だけれど、実際は全然違うよ。再開したその幼馴染は、親の抱えてしまった借金で酷く苦しんでいたんだ。」

「あら、大変。」

「昔に助けて貰ったから、今度は自分が助ける番だと、男はその借金を肩代わりするんだけれど、借金がなくなった途端、幼馴染はどこかへ蒸発してしまう。彼女の実家に話を聞いてみると、その借金は親の作ったものではなく、彼女自身が作ってしまった借金だったらしい。憧れの相手であり、誰よりも信じていた相手に裏切られた衝撃で男は人間不信に陥ってしまう。」

と、私はそこで言葉を切った。私の方の『幼馴染』が不安そうに此方見ているから。

「私って、そんな事をしそうに見えているのかしら?」

「言っただろう、モデルは君だが実態は違うと。性格上、間違っても君はそんなこすいマネは出来ないだろうし、仮に誰かを騙そうとしても顔に出る。どう転ぼうが君はこうなりようがないのさ。」

私の言葉を聞くと、貴女はホッとしたように表情を緩めた。

「あぁ、良かった。今までそう思われながら付き合っていたのかと思うとゾッとするところだった。」

そう言う貴女の笑顔を見ていると、喉から出かかった「むしろ、そうであってくれれば良かったのに」という言葉は、自然と体の奥底へと引っ込んだ。

代わりに何か、気の利いた冗談でも言おうと口を開いた時、外から和やかなメロディが聞こえてきた。近所にある、5時になると動き出す仕掛け時計の音だろう。

それが聞こえると、彼女は弾かれたように立ち上がった。

「いけない、もうこんな時間。優介の塾の迎えに行かなきゃ。」

「あぁ、もうそんな時間か。歳を取ると時間の流れが早くなるなぁ。」

「まだそんな歳じゃないでしょ。それより、大樹さんがまた一緒に飲みたいって言っていたから、今度家にいらっしゃいな。」

「それは嬉しいな。是非予定を擦り合わせて伺わせて貰おう。」

「うん、それじゃあ、またね。」

そう言って貴女は靴を履き、玄関の戸に手を掛けて振り返った。

「そういえば、さっきの続きはどうなるのかしら?」

私は数秒思考を巡らせてから、口を開いた。

「……傷心の男を、友人の女が慰め、癒し、ゆくゆくは結婚するのさ。」

「あら、貴方にしては案外普通ね。」

「たまには普通も良いものだろう。」

「それもそうね。じゃあ、さようなら。」

「あぁ、気を付けて。」

貴女の背中を見送ってから、私は部屋へ戻り、書きかけの原稿を握り潰し、ゴミ箱へ叩き込んだ。

結末のわかり切った物語は面白くない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I love you. AKR @AKR-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ