第41話 ボーイミーツガール


 ☆ ☆ ☆


「それにしても、まさかカルトルまでの転移魔法を失敗するなんて、思いもよりませんでしたよ」

「うん、ごめん」


 ソラは、しょんぼりとした声で俯いて、腰に下げた剣を力なく壁に立て掛けた。


「いえ、謝らないで下さい。そういう意味で言ったんじゃないんです。私の魔力の出力調整とか補足なんかが上手く行ってなかったからかもしれないので。というか、その可能性の方が高いですし……」

「でも、僕はカルトルに行った事があったから、上手くいくと思ったんだけどなぁ」

「私が行ったことがないのが、問題だったのかもしれないですね。私、フェルニエ魔術学園と家との往復しかしてなかったので。校外学習は近くの山だったですし。でも、魔法の主出力者はソラ様だったので、私が行ったことがなくても、問題はなかった筈なんですけどね? うう……やっぱり、私がドジだからですかね……」

「うーん……」


 ソラとナエは、トーナ村へと無事に転移魔法で帰って来ていた。

 ナエの家には、二人の武器以外の所持品が、当然のようにそのまま残っていた。

 二人は、少し気分を落ち込ませながら、仕切りを隔てて服を着換えていく。


「あ、でもこういう時って、アレだったのかもしれない」

「アレ?」

「行った事がある街でも、冒険が始まっちゃったら、ルー……転移魔法が使えないってこと」

「そんなの、聞いたことないですけどねえ?」


 疑問の声を上げながら、ナエはそう返す。


「うーん、RPGではよくあることなんだけどなぁ。なんかこう、不思議な力に阻害される的な」

「あーるぴーじー??? 何の略です?」

「何の略だったんだろ。僕も知らないや。ただ、勇者とかになりきって冒険をするゲームのことをそう言ってた」

「その言葉は初耳ですね。……そういえば、勇者様って転生者だって言ってましたね。冗談かと思ってましたけど、本当だったんですか」


 感心した様子で、そう言うナエ。弾かれたように、ソラは顔を上げる。


「冗談だと思ってたの!?」

「はい、この世界より文明の進んだ異世界なんておとぎ話みたいなこと言ってて、この人ちょっと頭がアレなのかなって」

「頭がアレ!?」

 

 ショックのあまり、ソラは服を着る手が止まる。

 パーティメンバーにだけは真実を伝えていたというのに、『ちょっと頭のおかしい人』扱いされていたとは、思いもよらなかったのだ。

 ソラのショックも、致し方のないことだった。


「おとぎ話、って、勇者として旅立って魔王を倒すなんてことの方が、こっちにとってはよっぽどおとぎ話だよ!」

「まあ、それはこちらの世界でも同じですけどね。友人だと思ってた子に『え~、ナエちゃんって魔王を倒すために選ばれた魔法使いなの!? ウケる~』って言われたりしましたから。誰もウケ狙って生まれたわけじゃないんですけど……」

「……それ、本当に友人?」

「違うと思ったので、その時点で切りましたよ」


 冷たい声で、そうナエが返してくる。


(恐っ)


「着換えたら朝食を摂って、徒歩でカルトルまで向かいしましょう」

「うん、途中でモンスター狩ったりしながらね」

「『転移レドア』が使えたら、こんな低レベルモンスターばかりの場所でもたつくことも無かったんですけど……」


 溜息を吐きながら服を着終えたナエは、優美な蝶の絵が掘られた櫛で髪を梳く。その櫛は、ただの村人が持つにしては高価すぎる逸品に見える。

 金色の髪は、キラキラと朝日に照らされて透き通り、美しい。


「結局転移は失敗したんだから、しょうがないよ。また飛ぼうにも、今度こそ危険な場所に出ちゃったら、そこで旅が終わってしまう。僕らの最終的な目標は魔王を倒すことなんだから、ある程度は慎重にいかないと。それに、ナエだってそんなにレベル高くないんだから、過信は禁物だよ。『魔力の暴走ぺネトロの暴威』を覚えてるって言ってもまだレベル5でしょ?」

「はい。でも、死なないんですよね。私達」

「……うん、モンスターからの攻撃ではね。それは、僕が保証するよ。ドラゴンキングにずっとやられ続けてたから」

「そんな保証、欲しくなかったですけどね」


 ボソリと呟いた、その一言はソラには聞こえない。


「え、なに?」

「いえ、なんでも」 


 持っていた櫛を、道具袋の中に仕舞いこむと、ナエはダイニングテーブルへと向かう。


「外で食べると高いので、持っていた携帯食でいいですよね」

「あ、うん」


 少し遅れて、勇者がテーブルに着く。

 道具袋から出して、二人は塩の濃いそれらを食べる。

 干し肉と、固いパン。数日分を小分けして布に包んであるものの一つだ。


「火で炙ればもう少しマシでしょうけど、すぐ出発するので火はおこしませんけど、いいですよね?」

「最初から、熾す気なんかなかっただろ?」

「まあ、はい。ちゃんと火が消えてなくて、旅から帰ったら家がなかったら嫌じゃないですか? 火は恐いですから」

「まあ、確かに」


 黙々と、二人はパンと干し肉を食べ続ける。

 この組み合わせは塩分が高く、口の中の水分が持っていかれるので、喉がやたらと渇く。

 耐え兼ねてソラが水を口に含んだ瞬間に、ナエは見計らったかのように爆弾を投下した。


「そういえば、ソラ様やたらとシズクさんを見てた気がしましたけど、ああいう清楚系黒髪女子が好みなんですか?」


 ブバッ!! と、口から水を吐き出すソラ。

 ナエは、食べ物の入っていた布でガードするが、間に合わず濡れてしまった。


「えっほ、えっほ! ゲホゲホッ!!」

「ソラ様、汚い!!」

「なんで僕が口に水を含んだ瞬間にそんなことを訊くんだよ。いくらでも他にタイミングあったよね!?」

「そんなこと言われても……」


 二人はお互いにムスッとした顔をして、汚れた場所をタオルで拭く。


「で、どうなんですか……?」


 ソラは、目を合わさずに答える。


「……好みと言えば、好みだよ」

「そうですか」


 訊いておいて興味がないのか、ナエはそう返答してからまた普通に食事を食べ進める。

 ソラは呆気にとられたような、間抜けな顔をしてナエを見つめた。


「それだけ?」

「? はい、それだけですけど」

「なんでなのか、とか訊かないの?」

「好みは人それぞれですし、そこまで突っ込んで訊ねるのもいささか不躾ぶしつけかなと思いまして。訊いてほしいんですか?」

「……僕は、向こうの世界で小学生だった」


(訊いてないのに勝手に喋り出した)


「寒くて、雪を降らせそうな重い雲が、空でうねっていたあの日。僕はいつものように通学路を歩いていた。いつもの四車線の交差点。信号は青が点灯していて。その時後ろから声が聞こえた。誰の声かは分からなかったけど、確かに声が」


 その声に後ろを振り返るが、誰もいない。

 気のせいだと歩きだしたその時、対面の歩道にいた高校生が、横断歩道の途中にいるに、何か叫んだ。


「多分、危ない、とか避けて、とかそんなことだったと思うけど、なぜかよく聞こえなかった」


 彼女は、そらとそらの左側をしきりに気にしながら、髪を振り乱して走ってきた。

 そらは、何をそんなに彼女が焦っているのか分からず、ぼうっと彼女が近付いてくるのを見ていた。

 まだ、信号は点灯している。点滅ではなく、点灯。

 

「あの女の人は、僕を助けようと走って来ていたんだ。気付いたら僕のすぐ左にはトラックが迫っていて。世界がコマ送りみたいに、僕の周りを流れた。けど――」


 シズクによく似た高校生は、一、二歩助走をつけたかと思うと、横断歩道の端からそらの元へと飛んだ。


「あの人だけ、僕の意識の範囲の外にいたような動きだったんだ。他の車や人はスローモーションなのに、あの人だけは、すごく速くて。抱きしめられた時に、柔らかくて、すごくいい匂いがして」


 今だから言えることだが、その時やっとソラは自分の感覚のほとんどが麻痺していたのだと気付いた。匂いも、音も、触覚も、味覚も、視覚さえ、感じられていたとは思えない。

 上手く動かない自分の体に、なんの疑問も浮かばなかった。

 でも、彼女に抱きしめられて急に体が震えて、音も周りの景色も、動き出した。味覚が正常に働き、口の中を噛み切るほど、強く噛み締めていたことにも、その時やっと気付いた。


 ――だからその瞬間、

 

「僕の意識は、ここまで。でも、この世界に生まれたってことは、多分あの人は間に合わなくて、僕も死んだんだろうね」

「助けてもらったのに、助からなかったのですね」


 ソラは肩を竦めて苦笑する。

 改めて考えると、苦々しい気持ちになってしまう自分がいる。


「僕が助からなかったのなら、あの人も助かってない可能性が高い。それに、おんなじ時間、場所でトラックに轢かれたんだから、この世界にいてもおかしくないと思ったんだ」

「シズクさんも、ソラ様と同じ世界からやってきた、と?」

「そうかもしれない、だよ。確証がない。あの人とよく似た人と出会った可能性の方が断然高い。いきなり、『あなたも死んで、この世界に生まれたんですか?』なんて聞けなかった。それにほら、生まれ変わったなら、顔が違うはずだし。僕だって向こうの世界とこっちの世界とじゃ、顔が違う。彼女はあの時僕を助けようとしてくれた人とは、違う人だと思いたかったのかも」

「だから、ずっと見ていた、と?」

 

 ナエの問いに、こっくりとソラは頷く。


「うん。僕はこの世界で勇者で、使命ってものがある。かといって、あの人にも使命があるとは限らない。彼女にその質問をした時点で、なんとなく僕の運命に巻き込むような気がしたんだ」

「……そうですね。魔物と一緒にいる時点で、私としては不自然さしか感じませんでしたけど、それと使命があるかどうかとは関係ありませんもんね。で、ソラ様は個人的にはどう思ったんですか?」

「何に対して?」

「シズクさんが、ソラ様と同じ世界から来た住人なのかどうか」


 ソラは頭をくしゃくしゃと掻き毟って、溜息を一つ吐いた。


「――シズクさんは、僕を助けてくれた女の人だと思ったよ」

「じゃあ、もしかすると違う使命を持った方なのかもしれませんね。――例えば、魔王を助ける為に遣わされたとか」

「……~~~~!! ……否定したいけど、否定できない。でも、あの人と一緒にいた魔物たちは、いい魔物達だった……よね?」

「はい。善良な方たちでしたね」


 二人は、同じように同じことを考えていた。

 願わくば、彼らと敵として対峙する時が、来なければいい。

 が、運命によってその時が来てしまったなら――。


「戦うしか、ない」

「ですね」

 

 運命の導きを、自分たちが捻じ曲げることはしない。

 できない。

 

「そういえば、シズクさんらしき人だけ、ソラ様の麻痺した意識の外で動いてたって言いましたね? それって、すごい速さでソラ様を助けようとしたってことですか?」

「ああ、うん。本当に凄かったよ。まるで、忍者みたいだった。見たことなんてもちろんないし、もう、日本に忍者なんていないはずなのにね」




異世界になばりて 完


―――――――――――――――――

 これにて、このお話は終了です。

 更新が滞ったりいろいろとあったのですが、お読みいただき、本当にありがとうございました。

 書きたかったのは、魔王様の日常。そして最後に、シズクがなばりの名を持つ忍者である、ということをオチにしたかった為に作った作品です。

 書いていたら楽しくなって、めちゃくちゃ長くなってしまいました。


 いろいろと裏話をしますと、シズクやソラ君の視ていた転移中のキラキラは、自分が量子単位まで小さくなっている状態のものです。その際他の転移中のものと混じったり過去や未来の情報が混じったりしている、という設定がありました。

 あと、四人の女神の仲は実はそんなによくない、とか。祖父母、父母共に任務のために命を落としてしまったので、彼女は一人になってしまったとか。他の六魔天将たちのライブとかも、書こうか書くまいか迷ってみたり。


 大まかに考えていたこの先は、シズクの武者修行とか、ソラ君のレベリングとか。最終的にはやっぱりモカ様とソラ君は対峙して――でもどちらも死なない結末にと、考えていました。


 また、新作や他の作品もお読みいただければ幸いです。

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最強カワイイ魔王様は育成が苦手みたいです~JKは魔王様と一緒に勇者を立派に育て上げる~ I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi

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