111. 公子
【前回のあらすじ】
ケイ「これからは目立たないようにするぞ!」(`・ω・´)
公子「公国一の狩人、ケイチであるか。大儀である」
ケイ「目立たない……ように……」(´・ω...:.;::..
――――――――――――――――
公子ディートリヒ=アウレリウス=ウルヴァーン=アクランド。
16歳という若さで公王の座に就こうと――あるいは、就かせられようと――している少年だ。その重責のためか、歳の割に顔つきは厳しい。現公王にして祖父・クラウゼ公ゆずりの
そう、雲上人。
普通はわざわざ、自ら一般人に声をかけてくるようなことはない。
だが――ケイにとっては不幸なことに、今のケイは厳密には一般人ではなかった。
なんといっても"
果てしなく末端に近いとはいえ、名目上、公王直参の家臣。次期
これがまだ平時ならスルーしていたかもしれないが、今は陣中であり、ここにいる全員は何かしらの理由で、公子のために命を賭けて馳せ参じている。
ケイのような平民出身者もちゃんと気にかけてますよ、というアピールは、ディートリヒからすれば、いくらしても損にはならないのだ。それがケイにとって有り難いかどうかは別問題だが。
ちなみに、ケイのような身分の者は、公子から個人として認識されている時点で、一般には相当に名誉なことだ。それだけで周囲から妬まれてもおかしくないのだが、幸か不幸か、それはケイの与り知らぬこと――
(――どうすりゃいいんだ!?)
そんなことより、ケイは跪いた状態でとにかく焦っていた。
公子からわざわざ声をかけられたにもかかわらず、だんまりがヤバいことくらいは流石にわかる。
何か。
何か答えなければ。
先日、礼儀作法の教師、もとい親切な軍人に教わった表現を思い浮かべつつ――
「ははっ! お声をいただき恐悦至――」
「そなたは近衛狩人として――」
言葉がかぶった。
よりによって公子と。
「…………」
沈黙。
その場に、異様な緊張感が満ちる――
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――ッッ!!)
やっちまった。
ケイは全身がカッと熱くなり、嫌な汗が吹き出るのを感じた。
ぎりっぎり、ケイの方が先に口を開いていたので、公子の言葉を遮るという最悪の事態は避けられたが。
それにしても気まずいことこの上ない。下手に表現なんてこねくり回そうとせず、「ははーっ!」とだけ答えておけばよかったとケイは心底後悔した。
(そもそも直答は許されてたのか!? わからん!!)
何にもわからない……!
口の中がカラカラに乾いていた。咄嗟に謝ろうかと思ったが、「Excuse me」は日本語では「すいません」と訳されていても「許してください」という命令形であり、それを公子に使っていいのかわからない。
かといって「
――おそらくコウがこの場にいたら、ケイの肩を叩いて、首を振りながらこのように言っただろう。
『ケイくん、平民が自分のやらかしに対して、王侯貴族にあれこれ言って、少しでも失敗を軽減しようとするのがそもそも間違いなんだよ。頭を垂れて、向こうの出方を待ちつつ、慈悲が与えられることを祈るしかないんだ……』
つまり、色々考えて黙り込んでいる現状が正解だった。
「ふふ……っ」
と、かすかに笑い声。
公子のお付きの者――小姓のひとりが、くすくすと笑っている。決して馬鹿にするような雰囲気はなく、ただ可笑しくて仕方がないといった様子で。
それを皮切りに、他の小姓の少年たちも忍び笑いを漏らし始めた。ケイの錯覚、あるいは希望的観測かもしれないが、その場の空気が弛緩したように思える――
「そう肩肘張らなくともよい」
苦笑交じりに、再び公子が口を開いた。
「式典ではないのだ。……ここには口うるさい儀典長もおらんしな」
冗談めかして公子が言うと、小姓たちの笑い声がさらに大きくなった。
「狩りの成果は上々のようだな。これからも励むがよい」
そうして、赤い衣を翻し、公子は颯爽と歩み去っていった。
「はは……っ!」
ケイはさらに頭を下げつつ、そう絞り出すのがやっとだった。
(た、助かった……)
たっぷりと時間を置いてから、面を上げる。公子の背中と、それに付き従う小姓の少年たち。
どこのどなたかは存じ上げないが――笑い飛ばして空気を変えてくれた小姓の少年には感謝しかない。
平伏していた周囲の者たちもそれぞれに作業を再開し、辺りはガヤガヤと夕飯時の活気を取り戻しつつあった。
(酷い目に遭ったな……)
半ば自業自得だが胸の内で呟き、公子の背中を見送りながら歩き出そうとしたケイだったが――
「おっと」
前方不注意だったため、目の前の小間使い風の男にぶつかりそうになった。
が。
なんだか、アイリーンを思い出すような、なめらかな足さばきだった。
ケイがそう感じたということは、つまり、達人級の動きだったということだ。
(あれ……只者じゃないな)
不審者か? まさか公子を狙っている? とケイの心がにわかに物騒な方向へ傾き始めたが、その視点で周囲を見回すと、公子をゆるく取り囲むような形で、その手の『人員』がところどころに配置されていることに気づいた。
(ああ……SP的な感じか)
そりゃそういうのもいるよな、と今さらのように気づく。鎧を着込んだ騎士が表の護衛だとすれば、暗殺などを未然に防ぐ裏の護衛も存在するはず。
雲上人は大変だな、などと思いつつ、その場を去ろうとしたところで。
ケイの視界から外れるように、不自然な動きをする者がいた。
「――ん」
一般人なら見過ごしていただろう。
だがケイはゲーム内で、そういう動きをして死角に潜り込もうとしてきたヤツを、何百と弓でブチ抜いてきたのだ。
辺りが薄暗くなろうと、人混みに紛れようと、そんな『怪しい』挙動をケイの目が見過ごすはずもなく。
「あっ、おい……」
テントの陰に隠れてコソコソと移動するその男に、ケイは声をかける。
しかし、ケイの声を認識していながら、男はむしろ足を早めた。
「む、怪しいヤツ……!」
行商人のような格好をしているが、帽子を目深にかぶって顔を隠しているし、そもそもなぜ声をかけられて逃げるのか。
ケイは早足でその男を追う。さらにサスケが「まってー」とケイを追う。
「……ああっもう、なんで追いかけてくるんだよ!」
しかしすぐに、追走劇は幕を下ろした。肝心の男がキレ気味に足を止めたからだ。
「あっ、……お前!」
夕闇が降りてこようと、ケイの瞳は正確に、その人物の顔を認識した。
あまりにも見覚えのある顔。
思い出すのは、北の大地――ガブリロフ商会の隊商護衛の日々。
公国の薬商人として隊商に参加していた、あの男――!
「……えっと、確かランダール! なんでここに!?」
辛うじて名前を思い出したケイに、苦虫を噛み潰したような顔をするランダール。
アイリーンの話によれば、馬賊の襲撃を受けた際、ランダールは一介の商人とは思えないような豪剣を披露して、一瞬で二人を斬り捨てたという。
今となっては、
「いやー奇遇だな。悪ィ、積もる話もあるけどよ」
チラッと背後を――公子たちが歩いていく方向を振り返ったランダールは、サッと表情を切り替えて「ヘヘッ」と愛想笑いを浮かべた。
「今ちょっと忙しいんだわ……あとでお前んトコ訪ねるからよ、ちょっと今は勘弁してくれや! な?」
「ええ……といっても、俺がどこにいるのか知ってるのか?」
「コーンウェル商会んとこだろ! 知ってるよ!」
ヤケクソ気味に答えたランダールは、「またあとでな!」と有無を言わせぬ口調で言い放ち、踵を返す。
するすると――泳ぐように、陣中の人混みに紛れて消えていく。
「ああ……」
取り残されたケイは、ある種、納得の声を上げた。
見る者が見れば……それは明らかに、一般人の足さばきではなかった。
(
アイリーンの推測通り、やっぱり只者じゃなかったんだなぁと思いつつ、邪魔して悪かったな……などと今更のように申し訳なさも抱く。
「ぶるるっ」
と、ケイの背中をサスケが鼻面で押した。振り返れば、「おなかすいてきました」と言わんばかりの、純真な瞳が見返してくる。
そして背中をぐりぐりされたせいで、マントの下にはまだ猛禽類を山ほどぶら下げたままであることを思い出す。
「……そうだな、飯にするか」
参謀本部に、今日の成果を提出しに行かなければ。
公子やランダールと鉢合わせしたのは想定外もいいところだったが、それはそれとして、夕食にはありつきたいし、支払いもしてもらいたいし。
(今夜のアイリーンとの話題ができたな)
そんな呑気なことを考えながら、ケイもまた足早に、参謀本部へ出向くのだった。
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