110. 立身
【前回のあらすじ】
ケイ「よーし、今日もお仕事頑張るぞ!」
ケイ「あ、そうだ、義勇隊の皆にお裾分けしにいこう」
隊長「……ふん、狩りの成果は上々のようだな!」(プンスコ
ケイ(なんかめっちゃ機嫌悪いぞコイツ……)
――――――――――――――――
兎を手土産に、昼時の義勇隊を訪ねると、何やら苛々した様子の隊長・フェルテンに出迎えられた。
「聞けば、特別任務だとか」
落ち着きなく足先で地面を叩きながら、皮肉げな口調でフェルテンは言った。
「一応、こいつらから話は聞いたが、正式な書類があれば見せてもらいたい」
「もちろん構わないが」
早速、辞令兼身分証が役に立つときが来たようだ。……ただ、仮にも義勇隊の責任者なら、フェルテンにも通達がいってそうなものだが。
ケイが胸元から書類を取り出して見せると、文面をチラッと一瞥したのち、最後の署名――公国宰相ヴァルター=べルクマン=シュムデーラー伯名義――を確認して、フェルテンは鼻の横の筋肉を痙攣させた。
「……相わかった! 流石に英雄は違うな、一足飛びにお役人様と来た!」
半ば憤慨しながら、書類を突き返してくるフェルテン。
「いや、役人というか、あくまで飛竜討伐の間だけなんだが……」
なんでこんなキレてんだ、と困惑気味に答えるケイだったが、「ああそうかい!」とフェルテンはますます不機嫌が加速したようだ。
結局、「今後の活躍をお祈り申し上げる!」的なことを慇懃無礼に言い放ち(早口だったのでケイにはよく聞き取れなかった)、荒々しい足取りでフェルテンは去っていった。
「……なんだアレ」
顔を合わせたと思ったら、原因不明の不機嫌を撒き散らして、ただ消えた。ワケがわからないのでケイが周りに尋ねると、彼らもまた微妙な顔をしていた。
ケイと同じく、理解に苦しみ首をかしげる者から、フェルテンを小馬鹿にしたように笑う者、憐れむような顔をする者まで、それぞれ。
「単純に、ケイ殿が気に食わないのでしょう」
田舎名士のぽっちゃり次男坊・クリステンがしたり顔で答えた。
「む。何か失礼だっただろうか」
「いえ、ケイ殿が直接というわけではなく、雲上人から目をかけられた上に出世していくのを羨んでいるのかと。自分の記憶が正しければ、近衛狩人は軍の百人長に匹敵する役職だったはずです」
クリステンは記憶を反芻するように、こめかみに指を当てながら言う。
「そして、我らが義勇隊をよく見てみてください。何人くらいです?」
ケイは隊の面々を見回した。
……100人には届かない。数えたわけではないが、だいたい80人かそこらだ。
「この義勇隊の長は、つまり今のケイと同格以下なのさ」
従軍経験者のマンデルが、肩を竦めながら言う。
「あー……」
流石のケイも、おぼろげながら事情を察した。
当初から、己の待遇に不満がありそうだったフェルテンのことだ。ただでさえ英雄扱いでチヤホヤされていたケイが、一気に同格以上の役職をホイッと与えられるのを見て、苛立ちが抑えられなくなってしまったのかもしれない。
「そういうことなのか?」
イマイチ実感が湧かずに、ボリボリと頭をかくケイ。その様子に、マンデルをはじめ周囲の面々も気が抜けたように苦笑していた。
「ケイはピンと来ないかもしれないが。……百人長とは大したものだぞ」
マンデルいわく、平民がなれるのは十人長がせいぜいだという。
「十人長でさえ、任命されるのは従士や騎士の一族だったりするんだ。ちなみにウチの、タアフ村の村長ベネットも元々は従士だぞ」
「へえ! かの御仁も戦働きしていたのか」
あの老人もかつてはそんな時代があったらしい。
「しかし、その割に、息子のダニー氏はあまり……運動的には見えなかったが?」
たぷんたぷんな体型の、どちらかと言えば商人のような男を思い浮かべながらケイは問う。
「ああ。……彼は戦役の際も、カネを払って兵役を免除されたくらいだからな。武力より経済力でウチの村に貢献しているよ」
マンデルは極めて平静な顔で、つっとケイから目を逸らしながら訥々と語った。
「そいや、オレの村の村長も元従士で、十人長だったって話だな」
「ウチもだ。三年くらい十人長やってたって、耳が腐るほど聞かされたよ」
他の連中も口々にそう言っている。少なくとも一般庶民のレベルでは、十人長とは想像よりも重みがある役職のようだ。
「そして百人長ともなれば、ほぼ確実にお貴族様の血筋さ。……場合によっては騎士の子さえ『部下』になるんだから、それも当然だが」
「なるほど」
そうしてみると、近衛狩人がどれほど例外的な存在かがよくわかった。軍への指揮権がないからこそ許されているのだろう。やはり従軍経験者の話はためになる……
「翻って我らが隊長殿も、おそらくは貴族の次男坊か三男坊でしょう」
クリステンがマンデルの言葉を引き継いだ。
「軍で汗を流すこと数年。飛竜討伐軍に志願し、どうにか出世しようと息巻いてみれば――割り当てられたのは義勇隊の隊長! その上、部下に吟遊詩人に歌われるような英雄がいて、二日と経たずに自分と同格以上に出世……」
クリステンの芝居がかった語りに、ケイは渋い顔をし、他の面々はくすくすと笑っていた。当事者じゃなければ笑えていたかもしれない。
「だが、そうは言っても、あくまで討伐軍の間だけだぞ?」
「それを言うならケイ殿。義勇隊の隊長だって同じですよ」
「あ」
指摘されて初めて気づいた。
「しまったー!」
フェルテンの不機嫌が加速した理由がわかり、思わず額を叩いて呻くケイ。謙遜のつもりだったが、この場合だと煽りに受け取られかねない――!
「……うん、まあ。言ってしまったものは仕方がないな。俺もあまり調子に乗らないよう気をつけよう」
腕組みして、うんうんと頷くケイ。
自分としては「自由に動けてラッキー」くらいにしか思っていなかったが、一時的とはいえ、この肩書がかなり
何かしらで絡まれたら、印籠よろしく身分証を出して切り抜ければいいや、と甘く考えていたが、そのせいで逆恨みや余計な妬み嫉みを買うかもしれないし、そもそもそんな目に遭わないよう立ち回るべきだろう。
堂々と我が物顔で陣地を歩き回っていたのも、きっとよろしくない。元々異邦人なこともあるし、もうちょっとこう、肩身が狭い感じで動いた方が良さそうだ……
「……なんというか」
「……あんたらしいな」
何やら一人で納得し、反省するケイに、義勇隊の面々は呆れたように笑っている。
「ケイ殿はそのままでもいいですよ。我ら庶民の希望の星ですからね!」
「そうそう。威張り散らすお偉いさんより、よっぽどいいや!」
「飯も持ってきてくれるしな!」
お調子者の誰かの一言に、全員が噴き出して笑う。
「まあ、まあ。よくわかったよ。みんなありがとう」
隊長はアレだったが、この隊の皆は気のいい奴らばかりだ。
見方を変えればあの隊長も、ケイが無自覚に調子に乗りつつあったことをわかりやすく教えてくれたとも言える。
そういう意味では、最小限の被害で済んで良かったかもしれない。
(やはり人間、無駄に目立たないよう気をつけないとな……)
……などと、周囲が聞けば噴飯ものなことを考えながら、ケイはこれからもっと慎ましやかに立ち回ろう、などと思いを新たにするのであった。
†††
そんな反省も踏まえて、夕方。
猛禽類をそこそこ仕留めたケイは、獲物をこそこそと隠しながら参謀本部へ向かっていた。
昨日よりもさらに遅めの時間帯をチョイスしたことにより、夕餉の準備で周囲が慌ただしい。薄暗さも相まって、目立ちにくいという寸法だ。
……と、ケイ本人は考えている。
マントで猛禽類の束を必死に隠そうとしながらぎこちなく歩く、朱色の強弓を背負った馬連れの狩人が目立つかどうかは、また別問題だ。
しかし本部が近づいてきたところで、何やら、ざわっと異様な空気が流れた。
(目立ったか?)
と少し慌てたが、どうやら自分ではなかったらしい。
……見れば、向こうから、小姓の少年たちを引き連れた、赤い衣をまとった人影が歩いてくるではないか。
(げっ、公子!!)
ケイの視力は、一発でそれが誰かを見抜いた。
まさかこんなところで鉢合わせようとは……
いや、名目上、飛竜討伐軍は彼が率いる軍勢であり、いくら警備の問題があるとはいえ、四六時中引きこもっているわけにもいかないだろうから、我が物顔で歩き回っていても誰も文句は言わないのだが。
ケイは慌てて物陰に引っ込もうとしたが、周りの兵士や軍人たちが先んじでひざまずきつつあり、しかもサスケの存在があったので機敏に動けなかった。
というか、ここでサスケを引っ張ってテントの陰に隠れたりしたら、あからさま過ぎる。
仕方がないので、その場でひざまずいてやり過ごすことにした――
「――む」
問題があるとすれば、いち平民にすぎぬケイではあるが、武道大会で表彰されたために、公子と面識があることだった。
「公国一の狩人、ケイチであるか。大儀である」
……まさか直接、話しかけられることになろうとは。
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※いつも読んでいただきありがとうございます!
月曜になっちゃったけど許してネ(・ω<)☆ミ
ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、新作「ジルバギアスの魔王傾国記」も毎朝更新中です!(4月1日から連続100話超更新中ッッ!)
個人的に森大蜥蜴編と同じくらいイイ感じに書けていて、読み応えたっぷりな作品です。朱弓読者の皆様にはお楽しみいただけるのではないかと思います! 朱弓ともども、これからもどうぞよろしくお願いいたします!
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