106. 同郷

【前回のあらすじ】


(`・ω・)「そなたを"Archducal Huntsman"に任命する!」


(;゚Д゚)「何ですかそれは!?」

――――――――――――――――――



 ウルヴァーン本隊のあとには港湾都市キテネの軍団が続いており、サティナの軍団はどうやら殿しんがりのようだった。


 港湾都市キテネは、文字通り沿岸部に位置する。ここまで遠路はるばる歩き通しのキテネの軍団は、曇天のもと、砂埃にまみれていることもあって、お疲れムードを漂わせていた。


 休憩時なので、今は殊更だらけているのもあるかもしれないが、こんな調子で辺境のガロンまで大丈夫なのか、他人事ながら心配になる。


 それに対し、サティナの兵士たちは、まだ出立したばかりで元気そうだ。仲間に囲まれて踊るお調子者や、何やらレスリングじみた運動に興ずる者たちまで。


「おっ、"地竜殺し"だ!」

「よーう、調子はどうだい!」

も頼りにしてるぞー!」


 サティナの面々には広く顔を知られているケイは、行く先々で気さくに声をかけられた。


「おかげさまで元気さ。領主様お抱えの"流浪の魔術師"殿に用があるんだが、どこにいるか知らないか?」


 快く応じながら、コウを探す。


 聞けば、お抱え魔術師たちは皆、専用の馬車を割り当てられているらしく、そちらを目指すことにした。青い旗を掲げた馬車の群れ。訪ねて回ることしばし――


『やあ、ケイくん。数日ぶりだね』


 お目当ての馬車が見つかった。いかにも魔術師らしいローブを身にまとう、どこかくたびれた雰囲気を漂わせる日系人。


 "流浪の魔術師"こと、コウタロウ=ヨネガワだ。


『どうも、こんにちは』


 会釈しながら、母国語のありがたみが身にしみる。先ほど未知の単語で焦りまくっただけに、なおさらだ。


義勇隊そっちはどんな感じ? あ、上がってよ、狭いけど』


 こじんまりとした馬車の扉を開いて、手招きするコウ。


『お邪魔します』


 特に気負うことなく乗り込んだケイだったが――


「こんにちは」


 思わぬ先客の姿に、固まってしまった。……狭い馬車には、コウの他、もう一人顔見知りの女性がいたからだ。


「こ、こんにちは。ヒルダさん」


 挙動不審になりながらも、どうにか挨拶を返す。


 黒を基調に、メイド服をベースにしたような旅装の、上品な女性。それはコウが身を寄せる、サティナの領主邸宅で度々世話になっていた、使用人のヒルダだった。


 VIP待遇の魔術師に使用人がついているのは、何もおかしいことではない。だが女性が? しかも狭い車内で二人きり? もしかして自分はお邪魔虫だったのでは、しまった出直すべきか――


 そんな思考がグルグルと巡るケイをよそに、コウとヒルダはごく自然体で、「悪いけどお茶をお願いできるかな、ヒルダさん」「かしこまりました、コウ様」と言葉をかわしている。


「では、用意して参ります」


 ケイと入れ替わりに、馬車を出ていくヒルダ。


 ふぅ、と溜息をついて座席に背を預けるコウと、何をどう言ったものか迷うケイ。


『えーと……リア充爆発しろ?』

『既婚者がそれ言う?』


 二人は顔を見合わせて、困ったように笑いあった。


『びっくりしました。まさか……"丘田おかださん"がここにいるなんて』


 頭に手をやりながら、馬車の外を見やってケイは言う。


 丘田というのはコウが発案したヒルダのあだ名だ。丘は英語でHill、そこに田を足して丘田ヒルダ。日本語で会話しても固有名詞はそのままなので、本人に聞かれてもバレないように言い換えている。


『僕もねえ、まさか彼女がついてくるとは思ってなかったよ』


 コウも戸惑いがちに答えた。


『大丈夫なんですか? こんな行軍についてくるなんて、何というか、その……』

『妙齢の美人メイド、おっさん魔術師、狭い馬車で二人きり。何も起こらないはずがなく……ってな感じかい?』


 おどけたようにお手上げのポーズを取ってみせるコウだったが、がっくりと肩を落として溜息をつく。


『実際ねえ。領主様が彼女を寄越してきたのは、があってのことだと思うよ。自分で言うのもなんだけどさ、僕ってほら、最前線に配置される可能性が高いから……』

『うわー、やっぱそうなんですか……』


 コウは氷の魔術師であり、"飛竜ワイバーン"のブレス――火炎放射への数少ない対抗策でもある。攻城兵器や前線指揮官を守るため、攻撃部隊の中心に据えられるのは、まず間違いない。


 言うまでもなく危険な役割だ。訓練を受けている戦士でもなし、いつ臆病風に吹かれて逃げ出してもおかしくない。そして、いわゆる由緒正しき家々出身の魔術師とは違い、流れ者であるコウには社会的に縛るものがない。


 ――なら、縛っちゃえ。


 つまり、そういうことだろう。ヒルダは上級使用人で、本人は授爵こそしていないものの男爵家出身だったはず。


 飛竜討伐軍に派遣され、しかも流れ者の異邦の男性に仕えさせられている時点で、けっこう酷い扱いだが――そんじょそこらの一般人ではない。お手つきにしてもいいから頑張ってね、という領主側の無言の圧力を感じた。


『まあ……正直なところ、彼女がいてくれて助かってるのは事実だ』


 コウは極めて渋い顔で認める。


『何せ、こんな馬車に缶詰じゃロクな娯楽がなくってね……』

『……えっ、まさか……』

『……ああいや違う違う、そういう意味じゃない!』


 やはり自分はお邪魔虫だったのでは――とビビるケイに、一拍置いて、語弊を招く言い方であったこと気づいてコウが慌てて手を振った。


『そうじゃなくて! 話し相手とか、遊技盤チェスの相手とか、そういうことだよ!』


 バッ、と折りたたみテーブルの上の、遊びかけの盤面を指差すコウ。どうやら一局指している途中だったらしい。


『彼女とは健全な関係だから! まだ手は出してないから!』

……?』

『あっ、いや、その……』


 コウは深く溜息をついて、座席に沈み込んだ。


『……ケイくん、こんな密室でさ。向こうがその気だったら、男ができる抵抗なんてたかが知れてるよ……』

『まあ、もちろん、気持ちはわかりますが……あっ、自分は、決して非難してるわけじゃないんで、悪しからず。むしろ仕方ないっつーか』

『そう言ってもらえると助かる。既婚者という点も心強いね』

『いやー言うて自分は恋愛結婚ですんで……相手も国籍こそ違えど同郷ですし』

『ン……まあそうなんだけどさ……』


 頬杖をついたコウは、おもむろに盤面の女王クイーンの駒をつまみ、コツンと魔術師ビショップを小突いた。


 どうやら磁石が仕込んであるらしく、グラッと揺れるものの、倒れまではしない。まあ、移動中に馬車が揺れることを鑑みれば、これぐらい強度がなければ遊べたものではないだろうが。


『単純な色仕掛けなら、どうにか耐えられるんだけどね。四六時中一緒で同情を引くような言動を取られると、僕はそういうのに弱いんだ……時間の問題だよ……』

『アレな聞き方になりますけど、寝るときも一緒なんです?』

『拒否したら彼女だけ外で野宿』


 ケイのあけすけな質問に、肩を竦めてみせるコウ。


 ああ、……とケイは唇を引き結んだ。コウはそういうのに弱いタイプだ――


『……正直なところ、事実関係は抜きにしても、床を共にしちゃった時点で丘田さんの嫁入り先は限定されるでしょうし……責任を取った方が楽になれるのでは』


 ケイの容赦ない意見に、コウは両手で顔を覆った。


『そうだよね……そうなるよねぇ……』


 そのとき、神妙な顔をしながらも、ケイは思う。ケイとアイリーンもことあるごとにアレコレ言われたものだが、確かに、他人のこういう話題は楽しい……! コウには気の毒だが。


 影の魔道具でアイリーンと通信するとき、話のネタができた。


『ちなみに、肝心の丘田さんはどんな感じで……?』

『……言い渡されたお役目とはいえ、実は、前々からお慕いしていました……みたいなことを囁きかけてくる。でもさ、こんな外人のおっさんに、良家の娘さんが恋するなんて、そんな恋愛小説でもあるまいし……僕に少しでも気に入られようと、心にもないこと言ってるんだろうなぁ、と考えたら気の毒で気の毒で』

『あ~……』


 いずれにせよ、その台詞は遺憾なく効力を発揮しているわけだ……。コウの陥落はそう遠くないな、とケイは思った。コウを狙っているであろう、もうひとりの同郷、豹耳娘イリスには気の毒だが。


「お待たせしました、お茶をお持ちしました」


 と、金属製のポットとカップを手に、ヒルダが戻ってきた。


「ありがとう、ヒルダさん。いつもすまないね」


 コウが座り直しながら、何事もなかったように穏やかな笑みを浮かべる。ヒルダも自然に微笑み返し、お茶の用意をしながら、コウの隣に楚々と腰掛けた。


「いえいえ。ケイさんも、どうぞ」

「ありがとうございます」


 お茶を受け取りながら、(なんかもう長年連れ添った夫婦みたいな距離感だな)とケイは呑気なことを思った。


『こんな外人のおっさんに』とコウは卑下していたが、……まあヒルダがいるかは別にしても、傍から見る分には、案外まんざらでもないんじゃないか、という気がした。


 コウは言うまでもなく、この世界ではトップクラスの魔術師だ。しかも希少な氷の精霊との契約者。冷蔵庫は作る先から飛ぶように売れていくし、その他、高度な魔道具だって何でもござれ。出自なんて関係なく、才覚だけで新たに家を興せるレベルの男だ。


 しかも、こう見えてかなりの杖術の使い手でもあるので、ゲーム由来の肉体はほどよく鍛えられている。ゲーム内では熟練プレイヤーから初心者まで容赦なく殴り殺す無法者だったが、現実では思いやりのある紳士で、女性にも優しい。


 翻ってヒルダ。女性にしては背が高く、割とがっしりめの体格をしている。顔立ちは凛々しいタイプの美人、それでいてその所作は柔らかく上品だ。聞けば、海原語エスパニャ高原語フランセを話せ、雪原語ルスキさえも学んでいるとか。意志の強そうなキリッとした瞳は、彼女の豊かな教養と知性を覗わせた。


 そんな、男爵家出身の才媛なのに、飛竜狩りに派遣されたり、異邦人に仕えさせられたりと、扱いが雑なのが気になるところだが――それだけ領主側がコウを重視しているというポーズなのか、それともヒルダの実家での立場がそんなに良くないのか。


 いずれにせよ、ヒルダの立場から見ると、コウはかなりの優良物件だと思う。


 ふと、対局中のチェス盤に視線を落とすと、――ケイは決して優れたチェスプレイヤーではないが――かなり白熱した戦局であるように思われた。というか、おそらくヒルダ側が押している。


 コウに忖度することなく、いい勝負をしても大丈夫、そんなことでヘソを曲げられることはない、とヒルダが安心して指せる程度には、信頼関係があるわけだ。


(――割とお似合いなのでは……?)


 行儀よくお茶を口にしながら、そんなことを考えるケイ。


『ところで、僕に用事でもあったのかい? 少し焦ってるようにも見えたけど。長々と喋っておいてなんだけどさ』


 改めて日本語で、そして話題もさっぱりと切り替えて、コウが話しかけてきた。


 いくら言葉を聞き取られる心配がないとはいえ、本人を前に、センシティブな会話ができるほど豪胆ではない。ケイも、コウも……。


『ああ、それなんですが……実は先ほど、宰相閣下に呼び出されまして』

『誰に呼び出されたって?』

『宰相閣下です』

『さいしょうかっか……?』


 コウが首を傾げている。日本語が流暢なので忘れがちだが、彼は英国育ちで英語がメインなので、日常的に使わない日本語は通じないことがある。


『Chancellorです。Chancellor His Excellency』

『えっ、あっ、さいしょうってその宰相か!』


 コウはびっくりしているし、その隣でかしこまっていたヒルダも、突然の理解可能な思わぬ単語に驚いている。


『ほえーなんでまた?』

『それがなんか……新しい役目を俺に与えるとかで……Archducal Huntsman? とかいうのに任命されたんですが、意味がよくわからなくて』


 コウに書類を差し出しながら、ケイ。


 ざっと目を通したコウは、「あー」と声を上げた。


『確かにそういうことが書いてある。Archducal Huntsmanは、日本語で言うなら……そうだな……、なんて言えばいいか』


 あっという間に読み終わって、自然に隣のヒルダにも紙面を見せながら、考え込むコウ。ヒルダも書類を一瞥して、「わあ、おめでとうございますケイさん」などと言ってきた。


『Archdukeが、この国の王様、つまり大公って意味なんだ。Archducalは『大公の』という形容詞で、キングに対してのロイヤルみたいな単語なんだけど』


 ここが公国じゃなくて王国だったら、ロイヤルハンツマンだったというわけだ。


『ああ、なんとなくわかりました。王様お抱えの狩人的な』

『そうそう。なんかなー、これを言い表すのに、何かいい感じの日本語があった気がするんだけど。王に近いエスコートみたいな単語で……ちか……ごえい……ああそうだ、近衛だ! 近衛狩人ってとこかな』

『このえかりうど』


 強そう。


「ヒルダさん、この役職について何か知ってる?」


 英語に切り替えて、コウが尋ねる。


「はい。確か、公王陛下直轄の森や狩猟場において、管理維持を任される役人だったと記憶しています。特例的に、この飛竜討伐軍において、それと同等の権限を与える旨が記されていますね」

「ははぁ、なるほど……それで、権限とはどんなものが?」

「申し訳ありません、具体的な法規までは。ただ、聞きかじった話ですが、公王陛下主催の狩猟会で、警備のため近衛狩人が100人ほどの兵士を率いたことがあるそうで、裁量は軍の百人長と同等ではないかと。狩猟に関することに限る、と条件はつくでしょうが」

「しかし、なんだってケイくんが任命されたんだい?」

「それがですね……」


 ケイが伝書鴉の安全確保のため、障害となるものを片っ端から狩るよう要請されたことを説明すると、ふたりとも「なるほど」と感心していた。


『つまり、軍団長とか高位の貴族とかに絡まれない限り、通信の保全をタテに干渉を突っぱねられるだけの権限を付与しつつ、それでいて軍への指揮権は持たないという絶妙な采配だねこれは』

『ははぁ、そんな意図が……つまり、勝手に狩りしてていいよ、というお墨付き以外の何物でもないってことですかね』

『身も蓋もない言い方をするなら、そうだね』


 コウに太鼓判を押されて、ケイはようやく安心したように座席に身を預けた。


『良かった。これでホッとしましたよ、自分が何になったのかわかんなくて……』

『言葉がわからなかったらそうだろうね。僕だって急に宰相に呼び出されて、お前を近衛狩人に任命する! とか言われたらビビるもん』


 おどけたコウの言葉に苦笑しつつ、お茶を一口。今更のように、旅の道中でありながら、香り高い高級なお茶であることに気づいた。


「味わう余裕もありませんでした。おいしいです」

「それはよかったです」


 ヒルダもくすくすと笑っている。


「さて、それじゃあ、自分はそろそろ失礼します。せっかく任命されたんで、役目を果たさないと。コウさん、改めてありがとうございました」

「いやいや、お役に立ててよかったよ。あんまり根を詰めないようにね……といっても、きみは狩り好きだから、むしろ楽しめるかな?」

「はは、実は猛禽を一羽狩るごとにボーナスがつくんですよ」


 ケイがニヤリと笑って指で輪っかを作って見せると、コウもヒルダもからからと笑っていた。


「そりゃあいい。じゃあ、頑張っておいで」

「はい。ヒルダさんも、美味しいお茶をありがとうございました」

「いえいえ。精霊様の御加護がありますように」


 そんなわけで、ケイは馬車をあとにした。


 チラッと振り返れば、中でコウとヒルダが何事か話しているのが見える。


 ケイが去ったというのに、ヒルダは隣りに座ったまま。


『……お似合いだと思うんだよなぁ』


 ふふっと笑いながら小さく呟いて、ケイはコキコキと首を鳴らしながら、元いた義勇隊に戻ることにする。


 ひとまず、マンデルをはじめ仲間たちに事の顛末を伝えてから、『近衛狩人』としての任務を果たしにいくことにしよう。



 ……銀貨のボーナスも、欲しいことだし。

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