105. 宰相

【前回のあらすじ】


(`・ω・) ……。


(`ゝω・)


↑公国宰相ヴァルター=べルクマン=シュムデーラー伯

――――――――――――――――――



「くれぐれも、失礼のないように……!」

 今一度、押し殺した声が背後から響いてきて、ケイはハッと我に返った。


 まじまじとヴァルグレン――もとい、宰相ヴァルターの顔を凝視していたところ、慌てて視線を逸らす。


 ――そしてこの声、思い出したぞ。


 背後に控えている、重装備の騎士。ヴァルグレン氏のお付きの、堅物な騎士っぽいやつだ。騎士っぽいというか実際に騎士のようだが、確かカジトールだかカモミールだか、そんな名前だったはず。


「直答を許す。我が盟友ヴァルグレンより、そなたの話は聞いておる」


 厳かな声で、ヴァルターは告げる。


 我が盟友。つまり「別人だから、そこんとこよろしくね」というわけだ。この場においてヴァルターは公国の重鎮。いかに図書館や天体観測などで親しくさせてもらっていたケイでも、馴れ馴れしく振る舞うことは許されない――


「ははーっ!」


 どう答えていいかわからなかったので、さらに一礼するケイ。


「聞けば、そなたの妻は身重だそうだな。大事な時期に家をあけるのは辛かろう」


 そこまで知られている、という事実に、ケイはおののいた。これがヴァルグレン氏なら、「よくご存知で!」とびっくりするくらいで済んだろうが、宰相にまで近況を把握されているとなると、酷く落ち着かない気分になる。


(第一『辛い』も何も、お上あんたらの都合で家をあける羽目になったんだが)


 そう思いながら、チラッとヴァルターの顔色を窺うと、相変わらずいかめしい顔だったが、その瞳にはちょっとだけ申し訳無さそうな色もあった。


「……はっ。赤子のため、大好きな酒を断って苦しんでいるようです」


 相槌を打つだけでは芸がないので、少しだけ言及しておく。ヴァルターが、真面目な表情はそのままに、「んフッ」と小さく笑った。


「オホン」


 背後でわざとらしく、騎士が咳払い。(やれやれ、おちおち世間話もできんな)とばかりに、口をすぼめるヴァルター。


「……さて、此度そなたに来てもらったのは、他でもない。狩猟に関してだ」


 どうやら本題に入るらしい。椅子に座り直すヴァルター。


(狩猟? やはり何かまずかったか……?)


 隊から離れて、積極的に夕飯の献立を豊かにしに行っていることだ。一応、時間内に戻ってくる分には、そして成果を上げる分には、許可されているはずだが。


 というより、なぜ一般狩人に過ぎない自分の動向が、こんな上層部にまで把握されているのか……。


「そなたほどの狩人であれば知っておるやもしれぬが、このあたりから辺境ガロンにかけての地域は、猛禽類が非常に多い」


 突然始まる鳥類の話に、ケイは面食らった。


 だが――内容については理解できる。あくまでゲームとしての【DEMONDAL】での話だが、このあたりのエリアは大型猛禽類の宝庫として知られており、ケイのような弓使いのプレイヤーには人気の狩猟スポットでもあった。


『こちら』に転移して以来、専ら食用のウサギや鳥を狩るばかりで、猛禽類はスルーしていたケイだが、ゲーム内では全鳥類の羽根をコンプリートすべく、目を皿のようにして猛禽類を探し、超レアなアルビノなんかを見つけた日にはテンション爆上がりしていたものだ。


「そして、公都ウルヴァーンと我らが飛竜討伐軍の間では、伝書鴉ホーミングクロウによって定期的に連絡が取られている……」


 少々もったいぶった口調で、ヴァルターは続ける。


 話がちょっと見えてきた。


「無論、複数の伝書鴉を運用することで、不測の事態には備えてはあるが……此度の栄えある飛竜狩りで、まかり間違って公子殿下のお心を煩わせることは許されぬ。故に我ら臣下は、ありとあらゆる可能性を想定し、万全を期さねばならないのだ」


 そこで、そなただ――と身を乗り出すヴァルター。


「この飛竜討伐軍において、そなたを"Archducal Huntsman"に任命する」

「アークデューカルハンツマン……!?」


 オウム返しにするケイ。


 意味がわからない。


 ヴァルターの言動が意味不明、というわけではなく、単純に、単語の意味がわからない……!!


 おおいに焦るケイをよそに、背後の騎士がつかつかと歩み寄ってきて、何やら書類じみたものを差し出してきた。


 羊皮紙に長々と文言が書き込まれており、大きめの身分証のようにも見える。文末には、おそらくヴァルターのものと思しき署名。


「辞令だ。身分証も兼ねているので、紛失しないように」


 つっけんどんな口調で、ケイの手に書類を押し付けてくる重装騎士。


「現時点をもって、そなたは原隊を離れ、飛竜討伐軍の行動範囲内において、そなたの裁量で行動する権限を得た。そなたの任務は、付近一帯の伝書鴉の障害となりうるものを排除し、通信の安全性をより高めることである」


 ここで、おどけたようにヴァルターが口の端に笑みを浮かべる。


「そなたほどの狩人であれば、猛禽と伝書鴉を見間違えることもあるまい?」

「……はっ! それだけはありえません」


 ケイにとっては、赤と青を区別するくらい簡単だ。


「よろしい。……無論、そなたが全力を尽くしたところで、軍そのものが移動しつつある都合上、全ての障害の排除は難しかろう。万が一、不測の事態が発生したとしても、ただちにそなたの責を問うことはない。いずれにせよ、たとえ微々たる影響しか及ぼさぬとしても、我らは万難を排す覚悟で臨まねばならないのだ」


 要約すれば、伝書鴉が途中で襲われたら面倒だから、ここら一帯の猛禽類を事前に狩っておいてね。でも流石に狩り尽くすのは難しいだろうし、万が一不測の事態が起きても、全部が全部きみの責任にはならないから安心してね。ということだろう。


「また、狩りの成果を提出すれば、そなたの献身に報いるだけの追加報酬は出そう。詳しくはその者に聞くように」


 重装騎士を示しながら。


 追加報酬! 思っても見なかった話だ。公国宰相が直々に持ちかけてきた案件で、はした金ということはあるまい。


「……はっ! ありがたき幸せ!」


 現金なもので、(ボーナスタイムだ!)と喜びながら一礼するケイ。


 どちらかといえば、こちらがメインかもしれない、という気がした。アイリーンが妊娠中なのに呼び出してしまったことに対する埋め合わせなのだろう。


「うむ。武闘大会での活躍は聞いておる。そなたほどの狩人がおれば我らも心強い、期待しておるぞ。……そして、我が盟友ヴァルグレンより、よろしく、と」


 付け足された言葉は、優しく響いた。


「さがってよい」

「ははっ……!」


 ケイはもう一度ヴァルターの顔を見てから、深々と頭を下げ、その場を辞した。



 薄暗い天幕から日なたに出ると、まるで別世界から帰ってきたような気分だ。



「報酬についてだが」


 一緒に出てきた件の重装騎士が、付近の大きな天幕と、その横の大きな竜の旗を掲げた馬車を指差す。


「あちらの参謀本部に狩りの成果を持っていけば、都度、相応の銀貨が支払われる」

「おお……!」


 破格。破格の報酬といっていい。


 ケイの能力なら、金貨を稼ぐのだって夢じゃない。


 その他、細々とした注意点や、成果を提出しに来るのに向いている手すきな時間帯などを教えてもらう。


「何から何まで、大変ありがとう。ええと――」


 この騎士の名前。


(カモミールなら、流石に特徴的すぎて覚えているはずだ。であれば――)


 消去法的に考えたケイは、


「ありがとう、カジトール卿」


 愛想よく笑顔で言う。


「私の名はカジミールだ」


 カシャッ、とバイザーを跳ね上げた騎士――カジミールは、ケイの記憶にある通りの、堅物が服を着ているような不機嫌な仏頂面で応じた。


「あっ、それは、失礼を……ええと、それではごきげんよう」


 ケイは逃げるようにして、その場をあとにした。



(何はともあれ、自由の身になったことだし……)



 懐に、大事にしまい込んだ書類。



(単語の意味もよくわからないし、ここはバイリンガルを頼るか)



 の様子も気になっていたので、ちょうどいい。



 この飛竜討伐軍に、サティナの軍団の一員と同行している、もうひとりの顔見知り。



 "流浪の魔術師"こと同郷に日系人・コウに会いに行くべく、ケイはサティナの旗印を探し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る