102. 合流


(これほどの人数が行軍してるところは、初めて見たかもしれないな)


 パッカパッカとサスケを駆けさせながら、ケイは胸の内でひとりごちた。


 ゲーム内でもイベントや傭兵団クラン同士の戦争で大勢のプレイヤーが集まることはあったが、どんなに多くても千人がせいぜいだった。


 対して、眼前に集結した軍勢は万単位だ。統一された装備で隊列をなし、歩みを進めるさまは相当な威圧感がある。街道沿いには近隣住民が見物に出ていて、お祭り騒ぎの様相を呈していた。


 飛竜狩りに出陣する公国軍――きっとこの光景は絵画として残され、後世に語り継がれていくのだろうな、とケイは他人事のように思う。


 そしてこのとんでもない大所帯は、とんでもなく動きが鈍い。この人員を飢えさせないだけの物資を運ぶ、大量の荷馬車が同道しているからだ。軍が自前で用意した補給部隊に加え、それを補助する形で大商会の馬車も続く。


 勇ましく行軍する兵士たちも、そのほとんどが陣地構築のための工兵か、物資を守る警備兵だろう。彼らの任務は、飛竜を相手取る魔術兵団と、バリスタや投石機といった攻城兵器群を無事に現地まで送り届けることだ。工兵はそのまま戦う羽目になるかもしれないが。


(それにしてもちょっと多すぎるんじゃないか……)


 いくらなんでも、こんな大所帯に襲いかかるならず者はいないと思うのだが――警備の人員はもっと減らせなかったのだろうか? ひょっとすると、公国の支配に反感を抱く草原の民に対しての示威行動も兼ねているのかもしれない。


(だとしたらご苦労なことだ)


 この飛竜狩りのためだけにどれほどの物資が消費されるのか、考えるだけで頭が痛くなりそうだ。それを可能とする公国の力を内外にアピールする目的があるのだろうが、いくら年若い次期公王の箔付けのためとはいえ、ケイとしては、費用対効果的にどうなんだと思わずにいられない。特に、お上の事情に巻き込まれた身としては――


 そんなことを馬上でつらつらと考えるうち、竜の紋章が刻まれた赤い旗が見えてきた。ウルヴァーンの本隊だ。


 最後尾あたりを歩く歩兵隊のうち、そこそこ偉そうだが、気位はそこまで高くなさそうな隊長格の兵士に声をかける。


「狩人のケイだ。公王陛下の命により、飛竜狩りに馳せ参じた」


 自分で口に出しておいてなんだが、多分に皮肉な響きが混じってしまった。ここに来て不満たらたらな様子を見せるのは得策ではない、グッとわだかまる内心を飲み込んで誠実な公国市民の仮面をかぶる。


「――義勇隊に合流したいのだが、何処か?」


 ケイのように民間から招集されたクチ、及び自分から名乗りを上げた物好きなんかは、義勇隊とやらにひとまとめにされているそうだ。


「へえ、するとアンタが例の"大物狩り"か」


 兵士たちがケイにじろじろと無遠慮な視線を投げかける。


「噂に違わぬ精悍さだな」

「そうか? 俺はもっとデカいかと思ってた」

「なあ、槍で森大蜥蜴の頭をかち割ったってのは本当か?」

「俺は背中に飛び乗って首をねじ切ったって聞いたぞ!」


 どんな噂だ。やいのやいのと勝手なこと言う兵士たちに思わず苦笑する。


「義勇隊ならもうちょっと前の方だ。まあ見りゃわかる」

「そうか、ありがとう」


 隊長格に礼を言ってさらにサスケを進ませると、なるほど、統一された装備の中に、雑多な雰囲気を漂わせる一団がいた。


 近寄ってみれば――なんというか、寄せ集めという表現がぴったりだった。山賊かと見紛うばかりの薄汚れた戦士がいるかと思えば、小綺麗な衣装に身を包んだ田舎の名士のような人物まで。大荷物だが武器を持たずローブに身を包んでいる奴は、まさかとは思うが流れの魔術師だろうか。狩人どうぎょうと思しき人員もちらほら。


 そしてその中には、知っている顔もあった。


「やあケイ、しばらくぶりだな。……来てくれて安心したよ」

「マンデル!」


 サスケから飛び降りて、馴染みの狩人の肩を叩く。


 そう、他でもないタアフ村の狩人、マンデルだ。先の大物狩りでは生死を共にした仲間でもある。


「マンデルも参加するらしい、とは聞いていたが……」


 関係者づてに話は聞いていた。しかし森大蜥蜴の狩りで精根尽き果てて、危険な目に遭うのはもう懲り懲り、と言わんばかりだったマンデルと、よりによって飛竜狩りの軍団で再会する羽目になるとは。


「まあな。……恐れ多くも陛下の名において召集令状が届いたんだ」


 気まずそうなケイをよそに、マンデルは飄々と肩をすくめる。


「例の武道大会。……繰り上がりではあるが、おれも一応入賞者だからな」

「ああ、そっちか……」


 大物狩りの一員として名を上げたから、ではないらしい。無理を言ってマンデルを大物狩りに巻き込んだケイとしては、自分が原因でないとわかって少し気が楽になったが、それにしても気の毒であることに違いはない。


「とんだ災難――」


 いや、この物言いはまずい。


「――とてつもなく名誉なことだな」

「まったく、違いない。……身に余るよ」


 ケイの意図を汲んで、マンデルも真面目くさって頷いた。


「お話中のところ悪いが」


 と、雑多な集団にあって、正規兵らしい格好をした軍人が声をかけてくる。顔は悪くないが、どこか不貞腐れたような雰囲気のせいで小物臭く見える男だった。


「ケイチ=ノガワで違いないか?」

「ああ、そうだ」

「よし」


 男は羊皮紙をチェックして、くるくると丸めながら溜息をつく。


「お前が来ないんじゃないかと気が気じゃなかった。英雄は遅れてやってくる、とはよく言ったものだな」


 ……名残惜しくてアイリーンと見つめ合っていたが、どうやら自分が思っていたよりも時間が経っていたらしい、とケイは思った。できることなら何ヶ月だって見つめ合っていたかった。


「申し訳ない」

「大目に見よう。王命通りに馳せ参じた、その事実が重要だ。……しかし、馬連れとはな。うちは糧秣りょうまつの面倒までは見んぞ」


 男はサスケをじろりと一瞥して顔をしかめる。「人間って歩くのおそいよねー」と言わんばかりにキョロキョロと周囲を見回していたサスケは、突然視線を向けられて戸惑ったように首を傾げている。


「ああ、それに関しては心配ない。コーンウェル商会が提供してくれることになってる、一応証書もある」


 ケイが懐から書類を取り出して見せると、男は途中まで斜め読みしてあっさりと興味を失った。


「そうか、気前のいい話だな。騎射の達人と名高い英雄殿、その活躍に期待しよう」


 踵を返し足早に去っていく男。しかし途中で思い出したかのように振り返り、


「おっと。一応、隊長を務めるフェルテンだ。せいぜい皆とは仲良くして、問題は起こさないでくれよ」


 今度こそ足早に、隊列の前方へと姿を消した。


「……なんというか、あまり部隊の運用に熱心なタイプではなさそうだな」

「無理もない。……こんな軍人でもない平民の寄せ集め部隊ではな」


 ケイの感想に、マンデルが笑った。


「彼は正規の軍人のようだし、そりゃあやる気もあまり出ないだろう」

「堅苦しくても息が詰まるから、このくらいの方が楽だけどな俺は」

「おれもだ。……それはそうと、ケイ。キスカが手紙で言っていたが、アイリーンがご懐妊だとか。遅ればせながらおめでとう」

「ああ、……ありがとう」


 ケイは曖昧な笑みを浮かべた。


「……身重の妻を置いて出征とは、ひと悶着あっただろうな」


 マンデルも困ったような顔をしている。


「まあ、そうだが、王命だからな……」

「ケイのところには、直々に使者が来たんだったか。……まあ大変に名誉なことだからな、こればかりは」

「もちろん、喜び勇んで馳せ参じたわけだが」


 かくいうマンデルも、娘二人を残して来ている。ケイたちの心はひとつだった。


「今から、凱旋のときが楽しみでならないよ」

「それはいいことだ。……ケイと一緒だと、五体満足に生きて帰られる気がする」


 マンデルは急に改まって、ケイをじっと見つめた。


「飛竜が出てきても、ケイなら何とかしてくれるだろう?」

「……いやあ、うーむ……」


 ケイは唸りながら、手の中の朱い弓に視線を落とした。



 "竜鱗通し"――理論上二百メートル先の竜の鱗をもブチ抜く、その絶大な威力から、この弓は銘打たれた。



(飛竜か……)


 実際にやれと言われたら、どうだろうか……森大蜥蜴を超えるデカブツとはいえ、高速で飛び回るし、最強の防具の代名詞たる竜の鱗で全身が覆われている。ヤツらを仕留めるなら、ただ矢が刺さるだけではダメだ。鱗を貫通した上で、致命傷を与えねばならない。となると狙うのは、頭部か、臓器が密集した腹部か、……それにしても何本の矢を命中させればいいものか……


「……飛竜は、流石にちょっと厳しいな」


 渋い顔でそう答えると、マンデルはクックックと低い声で笑みを漏らした。


「ケイ。……普通の狩人はな、『飛竜を何とかしろ』と言われたら『無理』と即答するんだよ。それに対してケイは、しばらく悩んだ上で『ちょっと厳しい』なんて答える。この時点できみは尋常じゃない」


 マンデルはニヤッと笑った。


「そして、それがこの上なく頼もしい」


 ばん、とケイの背中を叩くマンデル。彼にしては珍しいボディタッチだった。……極力いつもどおり振る舞っているが、やはり不安なのかもしれない。


「そういえばケイ、鎧を新調したんだな」

「あ、ああ。そうさ、この間の森大蜥蜴でな。腕のいい職人に頼んだんだ――」


 ほぼ新品の革鎧を撫でながら、ケイはチラッと振り返った。


 街道の向こう、サティナの街はちっとも――ケイの視力基準でだが――小さくなっていなかった。わかってはいたものの、遅々とした歩み。


 これでは東の辺境ガロンまで、どれだけかかるかわからない。


(……長い旅になりそうだな)


 そしてそれ以上に疲れそうだ。


 願わくば、旅路の間に話題のストックが尽きませんように――気だるさをごまかすようにサスケの首をぽんぽんと叩いて、ケイは小さく溜息をつくのだった。



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