85. 開発


 ――魔道具暴走事故から、数週間が経った。


 全ての窓ガラスが木っ端微塵に吹っ飛ばされ、一時は無残な姿を晒していたケイたちの家だが、コーンウェル商会が再び窓ガラスを仕入れてきたため、元の状態に復元されつつあった。


 二階の一部の窓は雨戸と羊皮紙でカバーしているが、すでに、一階の窓には全てガラスが嵌められている。


 大損こいたコーンウェル商会が、なぜこうも手厚くしてくれるのか。


 答えは単純。


 ケイとアイリーンが、新たに金のなる木を見つけたからだ。


 話は、事故直後に遡る――




          †††




「ケイ用のチェストは、外な」

「はい」


 ガラス片を片付けたあとのリビング。肩を落として正座するケイは、アイリーンの前で小さくなっていた。


 魔道具の暴走を重く見たアイリーンは、今後ケイの作る魔道具類は全て、家の外に保管することを決定した。


 具体的には、二階のテラス。小さなチェストなり何なりをそこに置く。これなら万が一暴走しても被害が抑えられるだろう。少なくとも、家が中から無茶苦茶にされるよりはマシなはずだ。


 ただ、侵入しやすい――と言っても"NINJA"アイリーン基準――テラスに貴重品を置いておくのは、防犯上の不安もある。


「だから新しいチェストには、実害のある罠を仕掛けておきたい。食らったら五体満足じゃ済まされないようなヤベーヤツを、な……」

「物騒な話になってきた……」


 大真面目に、かつ淡々と語るアイリーン。ケイは少し腰が引けている。


 窓ガラスが全部ダメになっても、アイリーンはケイにキツく当たり散らすような真似はしなかったが、ムッスリとしていて機嫌が悪い。その感情が全て、チェストを狙うであろう仮想敵に向けられていた。


 しかしケイたちには、実用性のある機械式トラップの作成能力はない。やはり魔術式の方が色々とやりやすいわけだが、アイリーンの影の魔術には物理的干渉力がなく、ケイの風の魔術は――


「――やめとこうぜ。チェストの中身が撒き散らされる未来が見える」

「そうだな……」


 ケイは一切反論しなかった。


「罠、と言っても、衝撃で中身が傷つくようなら本末転倒だし。毒針とかならいいか……? うーん、影の魔術エフェクトだけじゃなくて、本当に呪いとかかけられたらいいんだけどなー。……あ」


 そこで、アイリーンはパシッと膝を打った。


「思い出した。せっかくだしヴァシリーの旦那に相談してみようぜ」



 ヴァシリー=ソロコフ。



 公国と北の大地の境にある緩衝都市ディランニレン。そこに居を構えるガブリロフ商会所属の魔術師だ。


 告死鳥プラーグと契約し、黒羽の鳥を使い魔として操る術に長ける彼は、同時に呪いと退魔の専門家プロフェッショナルでもある。ヴァシリーならば、盗人に呪いをかけるような魔道具を作れるかもしれない。


 ディランニレンはサティナからはるか遠くに位置するが、アイリーンの影の魔術を使えば連絡は可能だ。「サティナに無事到着した」という事後報告も含めて、コンタクトを取ってみることにした。


 日暮れ後の寝室。


 ランプの光に照らされた壁面に、影の文字が踊る。


『――というわけでヴァシリーさん、呪いの魔道具とか売ってない?』

『うーん、その類は販売してないんだ。すまないね』


 影絵を介しての文字会話チャットだ。主にアイリーンが雪原語ルスキでやりとりしているが、翻訳魔術でケルスティンが同時通訳してくれるおかげで、ケイにもわかりやすい。


 ケイはベッドに寝転んで、見物と決め込む。ガラス亡き今、ベッドの横の窓は雨戸で閉ざされていた。隙間から吹き込む夜風がやたら冷たく感じる……。


『呪物は危険だし、恨みを買いやすい。私自身にも身の危険があるからね、売らないようにしてるのさ』

『そういうことなら、無理は言えないわね』

『ただ、代わりと言っちゃなんだが、魔除けの護符なら取り揃えているよ。君たちになら安くしておくけど、どうだね』

『へぇ……興味があるわ、詳しく聞かせて』


 魔除けの護符タリスマン。書いて字のごとく、悪意ある魔術的な干渉を跳ね除ける魔道具だ。


 タリスマンには大きく分けて二種、『バリア型』と『永続型』が存在する。


 バリア型は一定の魔術ダメージを無効化し、チャージされた魔力を使い果たしたら壊れてしまう使い捨て。


 永続型は、魔力は消費せずに、持ち主の魔術耐性そのものを強化するお守りだ。


 基本的に永続型の方が高価で貴重、とされている。ケイたちがゲーム世界から持ち込んだ魔除けの護符タリスマンは高性能の永続型であり、もともとの身体アバターのポテンシャルもあわされば、大抵の呪いは無効化レジストできる――はずだった。


 しかし、北の大地の戦闘では、耐性を貫通して弱体化の呪いデバフをかけられてしまい、大いに苦労する羽目になった。この経験を踏まえ、使い捨てではあるが確実に一定の呪いを無効化できる、バリア型タリスマンも手に入れたいと思っていたのだ。


 そして話を聞くに、ヴァシリー作のタリスマンはバリア型らしい。お値段も魔道具としてはお手頃な友情価格を提示されたので、ぜひ購入しようという話になったが、やはりお互いの距離が問題になった。


『届けてもらうのは無理かしら』

『さすがにちょっと遠すぎる。ディランニレンからウルヴァーンまでなら、まだ何とかなるが……サティナまでは使い魔の体力が持たない。伝書鴉ホーミングクロウを休ませる施設や餌の補給は必須だ』

『うーん……ウルヴァーンまでは来れるの? それならコーンウェル商会の支部に話をつけておくけど。支部で商品と代金の受け渡しをしてもらうの、それなら支部で伝書鴉を休ませることもできるし』

『……悪くない手だが、お恥ずかしながら、私は公国語が話せない。雪原語ルスキのできる人がいてくれると助かるんだが……』

『そうねー、そういう人もいるとは思うんだけど……詳しく聞いてみないとわからないわね……』


 そのとき、会話を傍観していたケイに電流走る。


「――それだッ!」

「おわッ!? どうしたんだよケイ? ビビるじゃん」

「アイリーン、俺は気づいたぞ! 『翻訳』だ!」


 ケイはびしりと、壁面に揺れるケルスティンの影文字を指差す。


「この翻訳魔術! 投影機プロジェクターと組み合わせて公国語と雪原語の同時翻訳機にしたら、そこそこ需要があるんじゃないか?」

「……あ」


 アイリーンも、目を見開いた。




          †††




 それから、話はスピーディーに進んだ。


 まずヴァシリーが諸手を挙げて賛成した。『それ私が欲しい!』とのこと。


 ガブリロフ商会だけでは飽き足らず、公国の商会にもコネを作りたいらしい。おそらく今回の一件で、コーンウェル商会と誼を結ぶ腹づもりだろう。


「しかし、ガブリロフ商会の専属じゃないのか?」


 実はケイもアイリーンも、コーンウェル商会とは専属契約を結んでおり、コーンウェル商会を介さない魔道具の売買が禁じられている(個人間の譲渡を除く)。その代わり、契約が遵守される限り、家やら窓ガラスやら魔道具の材料やらを気前よく都合してもらえるというわけだ。


 ヴァシリーも似たような契約を結んでいるのでは、と思ったケイが尋ねると、


『たしかに私は、ガブリロフ商会の専属といっていい立場だ。商会の援助を受けて作った物品、全て商会を通じて売買する義務がある。が、私の個人の研究開発に関しては、私の裁量ということになっていてね』


 そして仮に、別の組織が私個人の研究開発を支援するというならば、それはガブリロフ商会の関知するところではない――とヴァシリーは語った。要は、契約に抜け穴を作っておいたというわけだ。魔道具の『売買』全般をコーンウェル商会に紐付けされているケイたちとしては、「やられたなぁ」「その手があったか」という想いだ。


 まあ、コーンウェル商会には充分よくしてもらっているので、出し抜くような真似をするつもりは毛頭ない。「個人間の譲渡ならOK」と配慮・・もしてもらっているし、現状で不満はなかった。


『ヴァシリーさん、翻訳機って売れるかしら?』

『多少高くても売れるだろうさ。何人か欲しがりそうな奴を知っている』


 ――なんなら私が口利きしようか? などと提案するヴァシリー。文字越しでも伝わってくる商魂たくましさに、ケイとアイリーンは思わず顔を見合わせて苦笑するのだった。


 そしてヴァシリーに太鼓判を押されたアイリーンは、通信終了後、早速魔道具の作成に取り掛かった。いくつか水晶を駄目にしてから、『通訳』という高度な動作を可能とする魔道具には、それに見合う『入れ物』が必要と判断。普段は滅多に使わない良質な宝石、ケルスティンが好むラブラドライトの大粒を用いて試作品を完成させた。水晶を捧げて魔力を補充することで、半永久的に稼働する優れものだ。


 翌日、コーンウェル商会に持っていくと、これがまた、高く評価された。


 馬賊が制圧され、滞っていた物流が正常化されつつある北の大地は、反動のように商業活動が活発になっているらしい。特に公国産の医薬品や食料品がよく売れるそうで、コーンウェル商会もその流れに切り込もうとしているようだ。


 ただ、大手の商会同士で商談をするにあたって、信用できる通訳がなかなか見つからないとのこと。雪原語ルスキに精通した公国人は珍しく、見つかる通訳は片言の公国語を操る雪原の民がほとんど。当然、雪原の民は北の大地側の人間なので、交渉も公国側が不利になる可能性がある。


 その点、アイリーンの翻訳機は、『精霊は嘘をつけない』という都合上、信頼性が高い。日没後でなければ使えないという欠点を補って余りあるメリットだ。コーンウェル商会が有用性を実証すれば、その他の商会もこぞって求めるようになるだろう。あるいは政治の場でも用いられるようになるかもしれない。いずれにせよ素晴らしい価値を秘めていることは間違いなかった。


 さらに、アイリーンがヴァシリー――ディランニレンに住む告死鳥プラーグの魔術師の件を切り出すと、これもまた概ね歓迎され、翻訳機の試作品を贈ることも了承された。近日中に、翻訳機が初運用されることになるだろう――ウルヴァーンのコーンウェル商会支部にて、ヴァシリーと支部員のやりとりで。


 ちなみに家のテラスにケイ専用のチェストを据え付ける提案も、二つ返事で了承された。日が暮れる前に職人が派遣され、チェストが速やかに設置される。テラスの床に金具で固定されているので、チェストごと盗まれる心配はない。


 問題はそこに仕掛けるトラップだが――これは思わぬ方向で解決した。



『ああ、それなら僕が何か作ろうか?』



 コウだ。



 引越し祝いに『冷蔵庫』の魔道具を贈ると連絡があり、ケイたちが屋敷を訪ねた日のこと。ケイがミスって家の窓ガラスを全部粉砕した――ことのあらましを聞いて爆笑したコウは、チェストの罠について協力を申し出た。


『鍵が使われず、チェストが破壊されたら作動する感じでいいかな? ちゃちゃっと作ってくるよ』


 屋敷の私室に引っ込んだコウは、すぐに水色の宝石ブルートパーズを手に戻ってきた。大きめの一つが冷蔵庫の核となるパーツ、小さめの一つが罠になるパーツだ。


『ウチの氷の精霊オービーヌは、魔道具にブルートパーズしか受け付けなくてね……これを錠前に貼り付けて、チェストの内側に軽く塩水を塗ってくれ。非正規の手段でチェストを開ける奴がいたら、そいつは凍傷を心配する羽目になるだろうさ』


 かくして、無理やりこじ開けると冷気が噴き出し、氷漬けにされるチェストが爆誕した。物理に干渉するタイプの魔術なので、『妖精』の昏倒・眠りの魔術に比べ、魔除けの護符タリスマンを持っていても抵抗レジストされづらい。これなら安心して魔道具を保管できるというものだ。




 ところで、その後のケイだが。


 失敗にもめげず、魔道具の研究開発に勤しんでいた。もちろん屋外で。


 魔力を込めるさじ加減がなかなか掴めず、何度か爆発の憂き目を見たものの、その甲斐あってか、ほどなくして矢避けの護符の作成に成功した。


 一定範囲に飛来した矢や投射物のうち、持ち主に命中するものを選別し、風で軌道を逸らすという便利な品だ。さすがに"竜鱗通し"の全力射撃は防げないが、普通の弓や小型のクロスボウ相手なら充分な防御力を発揮する。ただし、ほぼ使い捨てで、連続して効果を発動し内部の魔力を使い果たすと、宝石エメラルドそのものが消滅してしまう。


 使い捨てとしたのは、安全に、かつ急速に魔力を補充チャージする手段が確立できなかったからだ。一応、壊れる前に使用を取りやめて、風通しのいい場所に放置しておけば、周囲の微弱な魔力を吸収し自然回復する。が、最大までチャージするのに要する時間は数ヶ月だ。


 魔術師が直接宝石エメラルドに魔力をチャージする、という手もあるが――その際、何が起きてもケイは責任を取らない。風の精霊は気まぐれに過ぎるのだ……


 この矢避けの護符作成の報に、コーンウェル商会の上層部は沸いた。


 件の魔道具暴走事故についても、窓ガラスの損失がエグ過ぎたとはいえ、『そんな事態を引き起こすほどの潜在能力ポテンシャルを秘めている』という点でケイは評価されていたのだ。「大損だったけど長い目で見て投資してやろう。大損だったけど」と、商会上層部は年単位で成長を見守る構えだった。


 ところが、想像以上の早さで実用レベルの魔道具を仕上げてきた。ホランドを含む商会のメンバー立ち会いのもと、効果も実証済み。これで喜ばないはずがない。




「……と、いうわけで、ケイくんに依頼だ」


 ある日、ホランドが家を訪ねてきた。


 懐から取り出すビロードの袋。中から姿を現したのは――ケイがゲーム内でさえお目にかかったことがないような、見事な大粒のエメラルド。


 それも、一つではない。


 なんと五つだ。


 屋敷の一軒や二軒は建てられそうな至宝が、複数。その時点で、ケイは腹の奥底がキュッと引き絞られるような緊張感に襲われた。


「――からのオーダーでね。以前の試作品と、同等の性能を持つ矢避けの護符をお求めらしい」

「……五つも?」

「最悪、一つは駄目にしてもいいとのことだ。その代わり最高のコンディションのものを四つ納品せよ、と」

「…………」


 これほどの至宝を、一つは無駄にしていい……?


「旦那、これ絶対、領主クラスの依頼だろ」

「私は知らない……ナニモシラナイ……」


 アイリーンの問いかけに、なぜか片言になって壊れた人形のように首を振るホランド。彼は彼でいっぱいいっぱいのようだ。


 無論、断るという選択肢があるはずもなく、ケイは謹んで依頼を受けた。


「――性能は、試作品と同じくらいで。あれは驚くほど高性能だったから」


 ケイが初めて完成させたヤツのことだ。ケイにとって、というかゲーム内では標準的な性能だったのだが、こちらの世界基準では違ったようだ。聞くところによれば、矢避けの護符といえば、無差別に突風を吹き荒らすだけのお粗末なものが大半らしい。


「ちなみに、完成品は納品されたあと、無作為に三つが選ばれてテストされる。それら全ての性能が要求を満たしていれば合格。残りの一つが晴れて『お買い上げ』されるって寸法らしいよ」

「テストのためだけに、これほどのお宝を三つも使い潰すのか……?」

「万が一があってはならないからね」


 四つのうち、無作為に選ばれた三つに問題がないならば、残る一つの性能も信用できるという寸法だ。大量生産の品から不良品を探し出すのとは違い、製作者の腕前と信用度を確かめるのが目的なので、こういった手法を取るらしい。


「……だからケイくん、くれぐれも手は抜かないで、全てを最高の状態に仕上げてほしい。もちろん私は、きみが手を抜くような人物じゃないと知っている。それでも、全力で仕上げてほしいんだ。万が一、なんか掴ませた日には、とてもまずいことになってしまう……!!」


 いつになく必死なホランドに自分の置かれた状況を再認識し、ケイはまたぞろ緊張で腹痛を覚え始めるのであった……




          †††




 それから、ゲロを吐きそうになりながらも、ケイは何とか護符を完成させた。


 幸いなことにエメラルドは一つも無駄にすることなく、最高のコンディションで五つの護符を納品した。性能は、試作品よりちょっと魔力に余裕をもたせたくらいで、堅実さを優先。冒険は一切しなかった。


 しばらくアイリーンともども、落ち着かない日々を過ごしていた。ホランドが満面の笑みで訪れたときには、安堵のあまりしばらく立ち上がれなかったほどだ。


 さる御方とやらも大満足だったとのことで、エメラルドを一つも無駄にしなかったことも含めて評価され、ケイは莫大な報酬を受け取った。窓ガラスの件も、なんとなくそれで許された気がした。別にアイリーンも商会関係者も、嘆きこそすれ怒ってはいなかったのだが……


 そして重責からも解放され、のびのびと過ごす日々が始まった。ここに来て自由度が高まり、ケイも趣味に没頭し始めた。




 あるときは、魔術の理論と応用を研究したり。


「アイリーン、風の魔道具って下手したら爆発するじゃないか」

「……そうだな。まだ記憶に新しいぜ」

「うむ。それで思ったんだが、あの爆発を利用すれば銃が作れるんじゃないかと」


 この世界に銃は存在しない。


 というより、地球でいう火薬ガンパウダーがない。火薬を調合しても、火の精霊の介入により爆発が発生せず、代わりに凄まじい高温でじっくりと燃焼するのだ。この性質により火薬は主に鍛冶や錬金術に利用されている。


「ケイ……」


 銃、という単語を聞いて、書き物をしていたアイリーンは何とも言えない顔でペンを置いた。


「なぜ……弓使いとしてのアイデンティティを自ら放り出すような真似を……」

「いや、それがな。必要な魔力諸々を計算してみたんだが、どうやら同じ魔力を用いるなら、風の爆発で弾丸を射出するより、矢を魔道具にして直接打ち込んだ方が強いらしい」


 ふふん、とケイはドヤった。


「つまり竜鱗通しの方が銃より強い」

「良かったじゃねえか」




 またあるときは、木工職人のモンタンと特殊な矢の開発にチャレンジしたり。


「と、いうわけで、敢えて不安定な魔道具を鏃に仕込むことで――」

「体内にめり込んでから暴風が解き放たれるというわけですか!」

「そうだ。あとこっちは、放つ前に起動することで空気抵抗を――」

「す、すごい! これなら矢の威力がさらに向上する!」

「そしてこれは、魔道具により笛の部分を制御する鏑矢で――」

「なんということだ! 今までにない複雑な音の組み合わせが可能に!」


 工房で興奮するケイとモンタンを、アイリーンとリリーとモンタンの妻キスカは呆れ顔で見ていた。




 そしてあるときは、インスピレーションの赴くまま妙な魔道具を作ってみたり。


「アイリーン、これとかどうだろう」

「……何、この……何だ、これ? タオル?」

「普通よりちょっと乾きやすいタオルを作ってみた。ぼちぼち冬だからな」

「エメラルド使ってまで作るものかよ! 送風機作ってまとめて乾かせよ!」

「あっ。たしかに……やってしまったな」

「別にいいけどさ。……それで、こっちは?」

「風鈴だ。風を呼び込んで自動で鳴る」

「何の意味があるんだよ!」

「いや、風を呼ぶ帆に応用しようと思って……」

「想像以上にまともな意味があった」


 などなど。


 なんやかんや言いつつ、アイリーンも楽しんでいた。


 ケイは間違いなく、人生で一番、充実した和やかな日々を過ごしていた――



「ケイくん、手紙が届いたよ」



 晩秋のある日、ホランドが訪れるまでは。




「……手紙?」

「差出人は、ヴァーク村の村長のエリドアだ」


 ヴァーク村。


 かつて隊商護衛に参加していたケイが、"大熊グランドゥルス"を仕留めた村だ。


 北の大地から帰還する道中も立ち寄り、【深部アビス】の境界線が接近しつつあることを確認し、ポーションの素材を集めたり、凶暴な獣『チェカー・チェカー』の群れと交戦した場所でもある。


 そんな村から、手紙。


 ――胸騒ぎがする。


 開封して、アイリーンとともに読み始めた。



『 公国一の狩人、ケイへ 』



 内容は、至ってシンプルだった。



『 村外れに、森大蜥蜴グリーンサラマンデルが出た 』



 それは、"怪物狩り"を志すケイに宛てた――



『 俺たちじゃ手に負えない 助けてくれ 』



 ――初めての救援依頼だった。



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