77. 試作
うにょん、と影が動く。
「……むっ」
うにょーん、と再び影が動く。
「……む~っ」
夕暮れ時、宿屋の一室。
「どんな感じ?」
ケイの肩にあごを載せて、アイリーンが後ろから覗き込んでくる。
「なかなかいい。鍛えられている感じがする」
水晶のはめ込まれた小さな杖を手に、ケイは真面目くさって答えた。
ケイたちがサティナについてから数日。
コーンウェル商会付きの魔術師として、アイリーンは諸々の魔道具の試作に取り掛かっていた。まず商品化を目指すのは"
ケイが使っているのは、そのプロトタイプ。ベースになった杖は木工職人のモンタンに依頼したものだ。杖というよりは仏具の金剛杵に近い形状で、アレイやダンベルの握りの部分だけといった風情。そこに親指の爪大の水晶がはめ込んである。
「やっぱ精霊が賢いと楽だなー、作るのが」
うねんうねんとうごめくケイの影を見て、アイリーンが感慨深げに言った。
水晶には『魔力を極微量、消費して使用者の影を動かす』という術が封入されているが、これがゲームだと、精霊のAIが意図的にアホの子に設定されていたせいで、影の挙動や使用者の定義に至るまで細々と設定する必要があった。おかげで呪文もどんどん長くなっていき、封入する宝石もある程度の大きさが要求された。
だが現実では、ケルスティンが『アホの子AI』から『ものすごく話がわかる子』に変化し、曖昧な命令でも理解できるようになった。『使用者の影を動かす』と言えば、使用者が誰なのかも把握してくれるし、影も適当に動かしてくれる。お陰で呪文も短くなり、宝石も小さなもので事足りた。
「ゲームの精霊のAIも、これだけ賢かったら別ゲーだったのにな」
「もう少し、『それらしい』ゲームになってただろうな」
おどけるアイリーンに、ケイも笑いを噛み殺す。
上記の理由で、ゲーム内の魔道具は宝石が肥大化しがちで、製作コストが非常に高く付いていた。それは同時に、持ち歩くリスクが高まることも意味する。
「あいつ魔道具持ち歩いてるらしいぜ」という話が広まれば、「へっへっへ、いいカモだ」「お宝をよこしなァ!」と追い剥ぎプレイヤーやプレイヤーキラーたちが群がってきて、ゲームどころではなくなってしまうだろう。
大手の
そんなわけで【DEMONDAL】では、対人イベントや計画的な集団戦闘でない限り、魔道具は滅多に持ち出されなかったのだ。もはや一種のステータスアイテムと化していた。
しかし仮に、ゲーム内の精霊のAIがもっと柔軟で、低コストな魔道具が作成可能だったなら――攻撃魔術を込めた杖や使い捨ての護符なども日の目を見ていたかもしれない。他のファンタジーゲームのように、派手なエフェクトの魔術がバンバン飛び交っていた可能性もあるのだ。
実際は、人外じみた威力の矢と石ころが飛び交い、奪われても懐の痛まない安物の鎧で身を固めたプレイヤーがオッスオッスぶつかり合う有様だったが。
「それにしても俺の魔力、けっこう増えたんだなぁ……」
揺れる足元の影に視線を落とし、ケイはしみじみと呟いた。
杖を通して、水晶に魔力が吸い取られていく感覚がある。ごくごく僅かな量――とはいえ、魔力関連の技能を全く伸ばさず、脳筋戦士として育成していたケイのキャラクターなら、今頃は枯死していてもおかしくない。
だが、ケイは平気だ。
むしろまだ余裕さえ感じる。
"風の乙女"シーヴに度々、死ぬ寸前まで搾り取られていたせいで、魔力が育っていたのだろう。ゲームにあったキャラクターの成長限界が解放されたおかげだ。
「うーん、オレももっと鍛えないとな」
ケイの成長ぶりに思うところがあったのだろう、アイリーンが頷いている。正義の魔女の二つ名を持つアイリーンだが、実は
だが、鍛えれば鍛えるほど伸びるならば。
「ここらで本格的に、魔女に転職してもいいかもな――【Kerstin, arto kage-mai】」
アイリーンがパチンと指を鳴らすと、アイリーンの影がひとりでに動き出した。
杖に封入したものと同じ術式を、自力で行使したのだ。アイリーンの影がケイの影の手を取り、いっしょにフォークダンスを踊り出す。ケルスティンがケイの影に干渉しているのだ。
が、本来想定されていなかった挙動により、ケイの魔力消費量が一気に伸びる。
「ぬごおあおあッ」
「ケイ!?」
魂を吸い取られるような声を上げたケイは、パッと杖から手を離した。スンッとケイの影が通常状態に復帰、残されたアイリーンの影が「おっと」と言わんばかりに淑女の影絵――ケルスティンの姿に戻る。
「どうした!?」
「……なんか、一気に魔力を吸われた……」
「げっ、大丈夫だった? いや生きてるから大丈夫なんだろうけど、ごめん」
なんてこった……と青い顔のアイリーン、『うっかり』でケイを枯死させたら悔やんでも悔やみきれない。
尤も、アイリーンのせいとは言い切れなかった。影に干渉したのはケルスティンだし、そもそもこんな現象も想定されていなかったのだから。
「……心配するな。思ったより勢いがあってビビっただけだ。量はそれほど大したことがなかった――」
シーヴに比べれば、という言葉は呑み込み、ケイは床に転がる杖を拾い上げる。
「……同じ術式だと干渉するのか?」
「わかんない……」
やはりゲームとは異なる点も多いようだ。いくら伸びしろがあるからといって、調子に乗って死んでしまったら意味がない。慎重に検証しなければ、と浮かれていた気分を引き締める。
「まあ、何はともあれ。気をつけて使えば安全に魔力を鍛えられそうだ」
「変なことしなけりゃ、な。……普通に使う分には安定してた?」
あっけらかんとしたケイに対し、アイリーンはまだちょっと気にしている。
「安定してた。魔力の消費もほとんどブレを感じなかったし、多分一般人に使わせても、ほんのり魔力が強い人間なら大丈夫なレベルだ。……やっぱり、バレたら、だいぶん拙いことになるな、これは」
アイリーンの不安を払拭するように、明るい口調で語るケイだったが、自動的に別の不安点も出てきてしまった。
『この世界』では、安全に、そして確実に魔力を鍛える手段が貴重なのだ。もしもこの魔道具の存在が知られれば、国に目をつけられて厄介なことになる。
「使ってみて改めて思ったが、
「う~~~~む……」
アイリーンがベッドにぽふんと倒れ込み、腕を組んで唸りだす。
悩んでいるのか、と思ったケイは、妙な空気をごまかそうと「まあ俺たちだけで使えば大丈夫だろ」と努めて軽い口調で言った。
「……なあ、ケイ」
「うん?」
それでも難しい顔のままだったアイリーンは、やがて体を起こし、改めてケイに向き直る。
「実は、ちょっと前から考えてたんだけどさ。……リリーを、その、オレの弟子にしようかと思うんだ」
「弟子?」
意表をつかれ、ケイは目をしばたかせた。
「弟子って……魔術の、か」
「うん。
ケイの手の杖を見やりながら、アイリーン。
――ケイたちは、リリーの一件を、静観することに決めた。
オズの指輪は使わない。いや、使えない。リリーは気の毒だが、この問題を解決するのに、指輪の力は強大過ぎる。だから使わない――そのかわり、リリーやモンタン一家にはできるだけ手助けを、というのが、ケイたちの結論だ。
「リリー、塾にも通えなくなっちゃったみたいだし、あの子のために何かかわりになるものを、って思ってさ」
通えなくなった、というのはリリーの精神的な問題だ。以前のように独りで出歩けなくなってしまったし、塾に通う他の子供たちとの兼ね合いもある。リリーの他は裕福な家庭の子ばかりで、もともとリリーは浮いていたのに、誘拐事件のせいでさらに好奇の視線にさらされるようになってしまったそうだ。
子供は無邪気で、正直で、残酷だ。リリーの心の傷をえぐるどころか、傷口に塩を塗り込むような言葉を平気でかけてくることもある。
そんなリリーが不憫だから――というのが、アイリーンの考えなのだろう。何かに熱中させることで、一時的にでも、辛い記憶を忘れられれば、という想いもあるに違いない。
「もちろん、リリーが望めば、なんだけどさ」
アイリーンはそう言いつつ、リリーが断らないことを確信しているような口ぶりだった。実際、ケイもそう思う。アイリーンのような優しい魔女に、弟子入りを誘われて断る人間がいようか。
「……俺も、賛成だよ」
それくらいのことはしてもいいかもしれない。
「『こっち』の魔術師も、どうせ修行法は門外不出の秘伝だろう。修行法を秘するのは別に怪しいことでもなんでもない。リリーにも絶対の秘密だとよく言いきかせれば、きちんと守ってくれるはずだ」
ケルスティンは影の精霊。影が常に見守っているとでも言えば、言いつけを破ってまで修行法を漏らす度胸があるとも思えない。もちろん、リリーを信用していないわけではないが……。
そしてリリーの弟子入りは、少し驚いたが、冷静に考えればケイたちにとってもメリットのあることだ。今から魔力を鍛えていけば、大人になる頃には今のアイリーンを凌ぐほどの魔力量に達するだろう。それで契約精霊を見つけて魔術師になるもよし。そうでなくとも、魔道具を使ったり宝石に魔力を込めたりできる、『信用できる』人材が得られる。
アイリーンが密かに構想している"影画館"計画や、今後サティナで暮らしていくことを鑑みれば、十年単位での話になるが、アイリーンを支えてくれる有能な弟子の存在は、大きなプラスになるはず。
「よかった、ケイが賛成してくれて」
アイリーンは、ホッとした顔で言った。
「明日あたり、リリーに話してみたらどうだ?」
「だな。モンタンの旦那たちにも相談する感じで」
「それがいい。モンタンたちもダメとは言わないだろう」
「よーし、となると、ますますオレたちも修行しないとな! 『師匠』と呼ばれるには、オレの魔力の扱いはまだまだ未熟だし」
ベッドの上で座禅を組んで、真面目くさって瞑想し始めるアイリーン。
ケイたちは、アルゴリズムや魔道具作成、精霊語においては『この世界』の老練な魔術師顔負けの知識を誇るが、こと『魔力の扱い、感覚』という点では、大きく遅れを取っている。
元の世界には魔力なんてなかったし、ゲーム内にも『魔力の感覚』までは実装されていなかったので、当然だ。
「ウルヴァーンのヴァルグレン氏も、ガブルロフ商会のヴァシリー氏も、オレたちの魔力を察知してきたからなぁ。あれくらいはできるようになりたいもんだ」
目をつぶったまま、唸るようにしてアイリーンが言う。
"白光の妖精"と契約する銀髪キノコヘアこと、ヴァルグレン。そして
ケイたちが今から身につけるのは容易ではないが、努力する価値はある。
「そうだな。俺も、もっと頑張らないと」
ケイも再び、影を操って魔力を消費し始めた。
これからは、この鍛錬が寝る前の日課になるだろう。
鍛えなければならない。取りうる選択肢を増やすために。
リリーの件も気になるが、『きみは死神日本人か?』の手紙も気になるのだ。
【DEMONDAL】のプレイヤーと思しき人物――友好的な存在、と信じたいが、万が一ということもある。備えはあればあるほど良い。
イグナーツ盗賊団対策にもなるし、『矢避けの護符』あたりはケイも早急に作成できるようになりたかった。
「…………」
今一度、座禅を組むアイリーンを見つめる。
――なんと言っても、アイリーンと自分の命がかかっているのだから。
その日は、ちょっと気分が悪くなるくらいまで魔力を消費してから、日が暮れて早々にケイたちは寝た。
明日はまたモンタン宅を訪ねて、弟子入りを打診することになるだろう――。
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