46. 剣閃
馬に罪はない。
だが無慈悲なサーベルが唸る。
褐色の騎馬の首に、びしりと赤い線が走った。
撒き散らされる鮮血、悲鳴のようないななきを聞き流しアイリーンは駆ける。突進の勢いもそのままに転倒する騎馬――大質量の肉体が大地に叩きつけられる衝撃をブーツ越しに感じ取る。
騎乗していた馬賊も何かを喚き散らしながら鞍から放り出され、どしゃりと地に落ちた。それに一瞥もくれることなく、アイリーンは眼前を睨む。
迫る銀色の刃。
続く一騎が、アイリーン目掛けて容赦なく槍を繰り出す。
身体を仰け反らせ、紙一重での回避。空を抉る穂先、風圧が髪を揺らす。
そしてただ避けるだけでなく、槍の柄に左手を添えて思い切り引いた。引き込む動きは、アイリーンに更なる加速を。逆に使い手の馬上での体勢を大きく崩す。
「うわ――」
ぐらりと倒れ込む馬賊の顔面に、右手のサーベルの柄を叩き込んだ。
ゴリュンッという嫌な感触。砕けた歯の破片が混じるどす黒い血を吐き出し、地面に転がる馬賊。その体を踏みつけて、がら空きになった鞍に飛び乗る。
「どう、どう!」
突然主が入れ替わり混乱する馬を宥めようと、アイリーンは手綱を引いてその制御を試みた。が、すぐに露骨な殺気を感じ取り、鐙に全体重を預けて曲芸師のように馬の左側面にぶら下がる。
ドッ、ドスッと鈍い音を立て、騎馬の右胴体に矢が突き立つ。ぐらりと倒れる騎馬の下敷きになる前に、アイリーンは素早く飛び下がり距離を取った。
容赦のない射撃。
新たに数騎が、複合弓に矢をつがえこちらを狙っている。
舌打ちしたアイリーンは、さらに駆ける。
敵の只中に一人。動きを止めることは即ち死を意味する。
飛来する矢をサーベルで叩き落とし、ちらりとケイの方を見やった。自分と同じように弓騎兵に囲まれ、攻撃されている。アイリーンとの決定的な違いはケイ自身にはそれほど機動力がないことだ。サスケは既に逃がしたらしく、その姿はない。
しかし遠目にも。
ケイの身体に幾本かの矢が突き立っているのが、わかった。
「――――!!」
目の前が、真っ赤に染まるような錯覚。
「――ああアアアアァァッッッ!」
雑兵に囲まれ思うように動きがとれない現状、それに対する怒り、苛立ち、ケイを心配する気持ち、悲しみ、全てが混ざり合い獣のような叫びが口を衝いて出る。
「テメェらァッ、邪魔なんだよォォッッ!!」
吠える。しかし構うことなく、アイリーンを押し潰そうとするかのように、馬賊が並んで突撃してきた。その間をすり抜けアイリーンは怒りのままに刃を振るう。脚を切り飛ばされた騎馬が地面に転がり、騎手たちがすっ飛んでいく。
だが、きりがない。
次から次に騎兵が寄ってくる上に、落馬した馬賊たちもそれぞれの武器を手に、続々と周囲に集まりつつある。
四方八方から飛来する矢を、まるで剣舞のように回避し、叩き落とし、アイリーンは首を巡らせて戦況を把握しようと努めた。
馬賊は数を減らしているが、それは隊商側も同じだった。幾つもの馬車が松明のように燃え上がり、矢が突き立ってハリネズミのようになった死体がそこら中に転がっている。護衛の戦士たちも奮闘しているようだが、死兵と化した馬賊の斬り込み要員の気迫も凄まじい。
――このまま走るか。
そんな考えも頭をよぎったが即座に打ち消す。確かにアイリーンの全力疾走は下手な馬より速い。だがそれではケイの元に辿り着く頃にはへとへとになっているだろうし、何より敵をそのまま引きつけていくことになる。
ならば、どうするか。
――決まっている。
いつの間にか、矢の雨が止んでいた。アイリーンの四方を取り囲む
つまり、そういうことだ。
次々に抜刀する草原の民の戦士。
白日の下で、曲刀がぎらりと輝く。
アイリーンは、ぎり、と歯を噛み締めた。
「……テメェらが選んだことだ」
そう、これは天秤だった。
片方には馬賊たちの命。もう片方にはケイの命。
――比べるまでもない。
「――邪魔をするなら」
サーベルを握る手に力が篭もる。
びしりと空気が凍りつくような錯覚。
アイリーンを取り囲む馬賊たちは一様に顔を強張らせた。
先ほどからの立ち回りで、目の前の少女が只者でないことはわかっている。
だが、それでも。
ただの手強い敵という存在から、もう一段階、踏み込んだような感覚が――
「――死ね」
氷のような蒼い瞳が、見据える。
足元の泥が爆ぜる。
ひゅぅん、と。
銀色の光。
――断ち切る。
草原の民の戦士、そのうちの一人の首が、刎ね飛ばされた。
「!!」
何の予備動作もなかった。ただ、黒衣と長い金髪が翻ったように見えた。殺気すら感じさせずに、ただ、ゆっくりと傾いていく首無しの体の前で、サーベルを携えた少女の姿だけが、何が起きたかを如実に物語る。
ぴぃん、と――張り詰めた空気。
それは、本当に一瞬のこと。
澄んだ水に一滴、墨を垂らしたかのように僅かな殺気が滲み、
「速い!」
愕然とする傍らの戦士、それが遺言となった。
再び吹き抜ける黒い風に首を刎ねられる。血飛沫が噴き上がるより速く、アイリーンは次なる獲物を狙う。
「こいつッ!」
アイリーンの前に立ちはだかった若い戦士が、曲刀で一撃を受けようと試みる。だが刃と刃が打ち合わされようとする直前、サーベルの軌道がねじ曲がる。細かな光が目の前で瞬いた。
曲刀が、宙を舞う。
――何が起きた。
まさか、打ち負けたか、と思う。それにしては妙だ。刃と刃が打ち合ったような感覚が、手にない。
――いや、違う。
手がない。
からんからんと地面に転がる曲刀の柄には、それをしかと握る自分の手が。
呆気に取られる間に、黒衣の少女は眼前にまで迫っていた。痛みすら間に合わない、我に返り予備の短剣に左手を伸ばすが、そこには何もない。何故だ。混乱の局地。ふと見れば、いつの間にかアイリーンの手に収まったそれが、喉元に――
ぐじゅりと、抉る音。
水気の混じった呻き声を上げ、若者は喉を無事な手で押さえながら泥土に沈む。それでもアイリーンは止まらない。倒れる者に一瞥をくれることさえない。ただひたすらに、速さを、効率を求める。
さながら、【DEMONDAL】の世界にいた時のように。
ただあの頃とは、決定的に異なる、必死な形相をその顔に。
「
アイリーンの叫びは、もはや悲鳴のようであった。
吹き荒れる銀と赤の旋風。
首を切断され、腹を裂かれ、心臓を抉られ――戦士たちは血風の中で散る。
アイリーンは走る。一度たりとて止まらない、止められない。常に動き、翻弄し、目の前の敵をただ置物か何かのように、無造作に刈り取っていく。
一瞬で戦士たちの包囲を突破したアイリーンは、ケイの方へ向けてひた走る。
「待てェ!」
「この小娘がァ!」
前方から二騎、突っ込んでくる。槍を手にした一騎と弓を構える一騎。
鈍い殺気。サーベルを振るい、飛来する矢を叩き落とす。
――自分なら大丈夫だと思ってるのか。
何の根拠もなく? まだわからないの、とアイリーンの口の端に冷たい、そしてあまりにシニカルな笑みが浮かんだ。
ばしゃっと泥を跳ね上げながら、逆に加速したアイリーンは真正面から突っ込んだ。血塗れのサーベルを躊躇うことなく口に咥え、両手で腰のベルトから投げナイフを抜き取る。
投擲。
飛来する銀色の光が、寸分違うことなく二頭の騎馬の額に突き立つ。
悲鳴もなく倒れる騎馬と、空中に投げ出される騎乗の二人。
アイリーンはすれ違いざま、くるくると空中に舞う。投げ出された二人をまとめて叩き切り、そのまま減速することなく駆け抜ける。
背後からは蹄の音と、複数の足音。性懲りもなく追い縋ろうとしているらしい。
苛立ちは、頂点に達しつつあった。
視界の果てでは、騎馬に取り囲まれたケイが矢を受けながらも奮闘しているのが見える。どうやら敵の複合弓を奪い戦っているようだ。なぜ"竜鱗通し"を使わないのか。
いや。
今はそんなことはどうでもいい。
一刻も速く、ただ速く――
「!? あれはッ」
しかし、それ以上、アイリーンが走る必要性はなくなりそうだった。
前方から、褐色の毛並みの騎馬。
空馬だ。誰も乗せていない。
主を失った馬賊のものかと思ったが、違う。特徴的な額当て。
「サスケ!!」
ぱっかぱっかと駆けてくるのは何を隠そうサスケだった。「ぼくの力が必要だね!」と言わんばかりの様子だが、ふとその顔色が曇ったように感じられる。
「逃がさんッ!」
「弟の仇ッ!」
背後から追い縋る馬賊たちのせいだ。「飛び道具はちょっと……」と弱気なサスケを尻目に、アイリーンは急停止して迎撃の構えを取る。
追手は三騎の弓騎兵と、徒歩の戦士が五名ほど。少々手間が掛かるがやれない相手ではない――と表情を引き締めるアイリーンだったが、ふと、そのさらに背後を見やり苦い笑みを浮かべた。
「――遅いぜ、まったく」
重い、蹄の音。そして馬賊たちの悲鳴。
「なんだッ!? ぐおッ」
追手の弓騎兵、最後尾の一騎が振り返ろうとした矢先、その胸に突然槍が
『――済まないな、準備に手間取った!』
アイリーンを追うように後方から駆けてくるのは――数騎の重装騎兵。
ピョートルと、その仲間たちだった。
それぞれが跨る乗騎は胴体のほとんどが
ピョートルの馬上槍と仲間たちの追撃により、アイリーンを追いかけてきていた馬賊たちは瞬く間に殲滅された。
『ありがとう、助かる!』
サスケに飛び乗りながら、礼もそこそこにアイリーンはケイの方へと駆ける。まさに一刻一秒が惜しい。そんな状況。それをわかっているだけに、ピョートルも小さく頷いただけだった。
――ただ、やかましくなる周囲に表情を険しくする。
『お前たちも行け。ここは俺が抑える』
馬上槍を構え、周囲の戦士たちにアイリーンを示す。隊商から飛び出した重装騎兵と腕利きの軽戦士。それが別働隊を殲滅した異邦の弓騎兵を援護しに行くとなれば、馬賊たちが黙って見送る道理はない。
『おう! お前も死ぬなよ!』
『嬢ちゃんだけ放っとくわけにはいかんわなァ!』
『あれだけ活躍した
ピョートルについてきたのは、奇しくも数日前、ケイがハウンドウルフを仕留めたと主張した際に検分に同行した三人組だった。
アイリーンの後を追って駆ける三騎を見送り、ピョートルもまた走り出す。
飛来した矢を槍ではたき落とし、睨むは前方。先ほどから散発的に矢が飛んでくるが、馬賊の複合弓ではよほど当たりどころが良くない限り馬の鎖帷子を貫通できないようだ。
『ふん……貴様ら、生かして通さんぞ』
馬上、次々に抜刀する馬賊たちを見て、ピョートルは不敵に笑う。
ケイの援護に向かうアイリーンたちを背に、ピョートルの雄叫びは金属が打ち合わされる激しい音にかき消された。
†††
「クッ、ソッがァ」
ぜえ、ぜえと肩で息をしながらケイはふらふらと足元もおぼつかない様子だった。敵の死体から奪った複合弓を手に、周りを取り囲む馬賊たちを睨む。
既に、全身には何本もの矢が突き立っている。背中に数本、太腿に三本、胸に二本、両腕にそれぞれ二本ずつ。包囲する馬賊たちも、「なんでコイツ倒れないんだ」と言わんばかりに引き攣った顔をしていた。
それもそうだろう。普通ならば倒れるどころか死んでいる傷だ。ケイが死なずに済んでいるのは、致命的な箇所をかばっていることもあるが、ひとえに
突然、身体が動かなくなってサスケから落ちてしまった直後。馬賊たちの追撃を予想したケイは、あらかじめある程度のポーションを口に含んでおいたのだ。
倒れたケイに数本矢を打ち込み、止めに槍を突き刺そうとした馬賊だったが――ケイは逆にこれを利用した。刺される寸前で無理やり身体を起こし、逆に槍を引っ張って落馬させ長剣で逆襲。ついでに付近の馬賊数名も弓矢の餌食とした。
そこからは、ケイ一人に対して四方八方からの矢の雨だ。幸いなのは、ケイが仕掛けた騎射戦のせいで、馬賊たちが既にかなりの矢を使い切っていたことだろう。
外傷に対して経口摂取のポーションがどれほど有効かは不明だったが、土壇場で試す羽目になってしまった。結論としては、悪くない。少々治りが遅いが肉体の損傷はじわじわと修復されつつある。少なくとも、
今は傷が完全に治らないのを承知で、敵を不気味がらせるために矢が身体に刺さったまま放置している。背中の矢に関しては、自力だと抜けないということもあるが。
(しかし、困った)
身体が思うように動かない。まるで熱病にでも冒されたかのようだ。
小さい頃、院内感染で患った肺炎を思い出す。体を蝕むだるさ、熱っぽさ、そしてズキズキと体全体が痛む感じ――全てがアレに似ている。かかったことはないが、インフルエンザもこういった感じなのだろうか。
原因は推測できる。おそらく
身体の不調は身体能力を低下させる
幸いなことに、
その後はケイが失血死することを期待して、ぐるぐると周囲を回りながらひたすら矢を打ち込んでくるだけだ。リーダーシップが取れる者も勇敢な者も、ケイに粗方狩られている。そんな消極的な戦法しか取れない、臆病な連中だけが残されていた。
(だが、ジリ貧だ)
ポーションも残り少ないし、流石に背中の矢傷が洒落にならないことになっている。幾ら傷が治ると言っても矢が刺さったままでは限界があった。さらにマントでどうにか隠しているが、ケイも残りの矢が心許なくなりつつあり――このまま敵も弾切れになり、白兵戦を挑まれればかなり不味いことになる。多勢に無勢だ。
先んじて、まだ元気があるうちに接近戦を仕掛けてきた相手を斬殺したので、それを恐れて近づくことに抵抗があるらしいが――と、ケイは傍らに転がる死体を見やった。
と、再び射撃。
一本の矢は頭突きのようにして兜で弾き、数本は篭手と弓で逸し、最後の一本は胸で受ける。胸板の部分の厚い革が大幅に勢いを殺し、その下の鎖帷子に食い込むが、貫通するほどの威力はない。ただドスンッという衝撃のせいで、「ぐうぅ」といかにも苦しげな声が漏れた。
「いい加減に死ねええええッッ!」
それを好機と見たか、背後から曲刀を抜いた馬賊が仕掛けようとするが、ケイが複合弓を構えると慌てて反転していく。
反転しようがしまいが弓の射程範囲内ではあったのだが、矢傷よりも先に邪眼のせいでダメージの蓄積が危険な領域にまで達しつつある。視界がぼやけて腕が震えるせいで、ろくに狙いを合わせることもできない。
(いかん……このままだと、呪いに削り殺される……)
意識が薄れていく。馬賊の浴びせかけてきた矢にもロクに対処できず、太腿や肩に鋭い痛みが走る。
だが、そのとき、新たな蹄の音が徐々に大きくなるのを、ケイは感じ取った。
「ケ――――イッッ!」
そして、そこに聞き慣れた声も混じる。ハッと顔を上げれば、サスケに跨がったアイリーンと、その後ろを追随する重装騎兵の姿が目に入った。
ああ――と。心の奥底が、否応なくほぐれるのを感じる。安堵の溜息。
が、対するアイリーンは安堵と程遠いところにあった。矢が刺さってボロボロのケイを見て、アイリーンの眼尻が吊り上がる。それはまさしく悪魔か鬼かという形相で――少なくとも今までケイが見てきた表情の中で、一番おっかないものだった。
「貴ッ様ッらァァァァアァッッ!」
激昂したアイリーンが、サスケの鞍の上に立ったかと思うとそのまま跳躍する。
軽業、と呼ぶにはあまりにもアグレッシブな動きで馬賊の馬に飛び移ったアイリーンは、そのまま容赦なく騎手の首をサーベルで刎ね飛ばした。
それを見て、顔を強張らせたのはケイだ。
あまりの躊躇いのなさに――察する。既にもう、彼女は何人か斬っているのだと。
そして、愛しの人にそれを強いた状況に、馬賊に――ふつふつと暗い怒りが湧き出てくるのを、ケイは感じた。
『よぉ、英雄。生きてるか?』
『そう簡単にはくたばらねえようだな!』
『助太刀にきたぜェ!』
少し遅れて駆けつけた重装騎兵の三人組が、笑顔で何事か話しかけてきたがロシア語なのでわからない。しかし悪い内容ではないだろうと思ったケイは、疲れた笑みで「スパスィーバ」とだけ返した。気持ちは伝わったらしく、三人組はガハハと笑いながら残り少なくなった馬賊たちを追い散らしていく。複合弓から放たれる矢を物ともせず、得物で払い落とし、あるいは鎖帷子や鎧で弾き飛ばしながら突撃する様は、今のケイからすれば軍神のように頼もしかった。
「ケイ! 大丈夫か!」
血塗れのサーベルを片手に、サスケから飛び降りたアイリーンが駆け寄ってくる。
「どうにか、な」
「ひどい怪我だ……ごめん、ごめんよケイ」
先ほどまでの般若のような表情から一転、泣きそうな顔をするアイリーンにケイは思わず苦笑した。
だが、何よりもありがたかった。色々と思うところや、言いたいことはあったが。
「助かった、アイリーン。ありがとう」
「これ、ポーション飲んでんのか? とりあえず、背中の矢抜くぞ」
「頼む。……ンぐッ」
ズチュッ、と矢を引き抜かれる痛みに、思わず顔をしかめる。アイリーンは至極申し訳無さそうだったが、ゆっくりやっても痛いだけなので、手早くケイの全身から矢を引き抜いていった。
腰のポーチからポーションの瓶を取り出し、さらに飲み込んで体力の回復を図る。
「しかし、まだ厄介な敵がいるぞ」
ケイは木立を睨む。安心するにはまだ早い。この期に及んでも邪眼の
現に、マントを掲げることでかなり呪いを軽減はできているが、マントもケイの装備品の一つなので呪いを遮断する効果としては今ひとつだ。せめて衝立なり大盾なりを壁にできれば、ほぼ完全に視線をブロックできるのだが。
「厄介な敵?」
「告死鳥だ。それもかなり高位の」
デバフのせいで"竜鱗通し"が使えない、と言うとアイリーンはそれで全てを理解したようだった。
「どこからだ?」
「あの木立だ」
「オレが片付けるッ」
ピィーゥィッと指笛を鳴らしたアイリーンが、サスケを呼んで駆け出そうとするも、不意にその場でガクッと膝をついた。
代わりに、スッとケイの身体が軽くなる。
「ぐっ、あっ、クッソ、キツい……!」
ふらふらと立ち上がるアイリーン。どうやら敵は呪いの対象をケイからアイリーンに変更したらしい。咄嗟に足元に転がる"竜鱗通し"を拾い上げるケイだったが、その瞬間今度はケイに呪いが飛んで来る。
「ぐっ……」
「チクショウ、あの木立だな!? それはわかるのに……!」
入れ替わりで呪いから解放されたアイリーンが、悔しげな声を漏らす。
「オレたちの魔術耐性を完全に貫通するなんて……」
胸元の
「バリア型じゃないのが裏目に出たな」
唸るようにして、ケイも答える。タリスマンには、『バリア型』と呼ばれる一定のダメージを防ぐ使い捨てタイプと、持ち主の魔術耐性そのものを高める永続型の二つが存在する。ケイとアイリーンが使っているのは、後者だ。バリア型よりも永続型の方が貴重で高価だが、そもそもケイたちは
だが、今相手にしているような、自分たちよりはるかに高位の魔術師に対しては、効き目が薄い。
「くっ、どうするケイ!?」
アイリーンがケイを見やる。先ほどから、邪眼は重点的にケイに向けられているが、アイリーンが動こうとした瞬間にそちらへ切り替えられている。幸いなことに邪眼の性質上、同時に二人は『視れない』ようだが。
「……アイリーン、真っ直ぐ突っ込むんじゃなくて、横から行くのはどうだ」
胸元をごそごそと漁りながら、ケイは顎で円を描くようにルートを示してみせる。
「……なるほど、視線を戻すのに時間がかかるように……だな?」
「俺が矢を打ち込むのが先か、アイリーンが斬り込むのが先か、だ」
「ケイの矢が本命だろう?」
「まあな」
首のチェーンを引っ張り、自前のタリスマンを出したケイは、ニヤリと笑う。
「どうせ役に立たないんだ。一発お見舞いしてやるさ」
タリスマンは、優れた魔術触媒にもなるのだ。
木立までは遠い。ここから視線の主を精確に射抜くのは、流石のケイでも不可能だが――魔術の補佐があれば、話は別だった。
「手伝ってくれるか? アイリーン」
「言われるまでもねえ、よッ!」
ケイが矢筒に手を伸ばすと同時、アイリーンが地を蹴り風のように駆け出す。
木立から注がれる邪眼が、当惑したように、アイリーンと自分との間でブレるのを確かに感じ取り――
ケイはより一層、獰猛な笑みを濃くした。
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