幕間. PlayerKiller


 "リレイル地方"西部――とある木立。


 草原に面した森の入り口に、穏やかな午後の日差しが降り注ぐ。


 吹き抜ける涼やかな風。さわ、さわと音を立てて木漏れ日が揺れ、小鳥たちがさえずり、木陰には鹿の親子が体を休める。


 平和で、静かな空間。


 しかし、ピクリと耳を震わせた子鹿が、何かに怯えたように、森の方を向いた。


 異音。


 それは最初、振動として知覚された。


 だが徐々に大きくなる。ドドドッ、ドドドドッと――まるで地鳴りのように。


 身の危険を感じた鹿の親子が逃げ始め、木々の鳥たちが一斉に飛び立った。


 果たして、森の奥から、その一団が姿を現す。


「ブルルゥオッッ!」


 いななきとともに、茂みを突き破って疾走する騎馬。


 一、二、三――次々増える。その数、おおよそ二十。


 よくよく見れば一つのまとまった集団ではなく、先頭の三騎とそれを追う残りのグループで構成されていることが分かる。


「待ちやがれッ!」

「逃げられると思うなよ!」

「ドグサレどもがッ、今日こそブッ殺してやるッ!!」


 口汚く罵りながら、追いかける十数騎。手に手に武器を振り上げ、額に青筋を立てる様はお世辞にも上品とは言い難いが、全員が白馬に跨り、黒の十字架が描かれた白いマントを羽織っているあたり、概ね統一感のある集団だった。


 それに対し、追われる側の三人は、『珍妙』としか言い様がない。


 いや、そもそもそれを三"人"と形容してもよいものか。 


「ヴァーハッハッハ、諦めの悪ィ野郎どもだァ!」


 三人のうち、だみ声で笑う先頭の一騎。まだら模様の馬を駆り、時折、追跡者たちを振り返っては挑発的に中指を立てている。


 そしてその姿は――"異形"の一言。


 服装は、くたびれた革鎧と申し訳程度に体を覆うボロ布だ。左手には錆付いた戦棍メイスを握り、腰にはもう一本、予備の棍棒が差してある。


 何よりも特徴的なのは、手から長く伸びる爪。そして皮膚を隙間なく覆う、こげ茶色のまだら模様の鱗だ。まるで裂け目のような赤い口からは、牙と長い舌がちらちらと覗き、ぎょろりとした金色の瞳は瞳孔が縦に割れている。


 "竜人ドラゴニア"。


 人類とは敵対状態にある、人型モンスター。人類を凌駕する身体能力や特殊能力を持つ代わりに、知能が遥かに劣る――はずだが、この個体は人語を解している上、馬にまで乗っている。


「しつこい男は嫌われるわよ~?」


 その隣、黒毛の馬の背にしがみつくようにして跨る影が、せせら笑う。


 こちらもまた異形。しなやかな肢体、メリハリのきいた体型――そのフォルムはグラマラスな女性のそれだ。しかし胸部と局所を守る革鎧を身につける他は、全身が真っ黒の毛むくじゃら。当然のように毛に覆われた顔には、頬から飛び出る細いヒゲと、深緑の瞳。長い黒髪が風になびき、頭頂部には三角形の耳がぴょっこりと生えている。


 "豹人パンサニア"。


 竜人と同様、人類と敵対状態にある人型モンスターだ。知覚に優れ、極めて瞬発力が高く、また雌の方が雄よりも筋力に優れるという種族的な特徴がある。


 豹人の女は、両手に厚手の黒い布を巻いていた。その他には特に、武器らしい武器も身に着けていない。無手か、何かを隠し持っているのか、――あるいは。


「…………」


 逃げる三人のうち、最後尾。殿しんがりを務めるのはボロボロのローブをまとった男だ。こちらは何の変哲もない人族の老人で、灰色の立派なあごひげを蓄えている。目深にかぶったフードのせいで表情は窺い知れず、追っ手が放つ矢を、その手に携えた杖で淡々といなしていた。


 自分だけでなく馬も守り、さらに先行する二人を狙う矢までも察知して、漏れなく弾き飛ばしていく。並々ならぬ技量。煽るでも毒づくでもなく終始無言なあたり、不気味な貫禄が滲み出ている。


「クソッ、埒が明かん!」


 まるで効果のない矢に痺れを切らしたか、追っ手のうち、赤毛の壮年の男が懐から真紅の宝玉を取り出した。


 ぎらりと不穏な光を宿す宝玉。それを高らかに掲げた男は叫ぶ。


Incendiu焼き払え!!】


 その瞬間、一同は空中に、燃え盛る蜥蜴の姿を幻視した。


 宝玉から真っ赤な炎がほとばしり、渦巻いて杖使いの老人に迫る。


 対する老人は――動じなかった。懐に手を突っ込み、粉末状の白い何かを掴んで後方へと撒き散らした。


 塩の結晶だ。


【 Aubine. Arto, Hyo-Heki.】


 間髪いれずに老人は"宣之言スクリプト"を呟いた。散布された塩の結晶が一瞬にして気化し、きらきらと光が乱反射する。


 その歪な煌めきの中に、一同は冷笑を浮かべる長衣の乙女の姿を幻視した。


 バキンッ、と鈍い音とともに、空中に氷の壁が出現する。追う側と逃げる側の中間。それはつつけば簡単に崩壊するようなごく薄いものであったが、赤毛の男の火炎を相殺するには充分すぎた。


 氷と炎がぶつかり合い、爆発する水蒸気。氷の壁は呆気なく融解してしまったが、逃げる三人組は無傷であった。


「何ィ!?」

「氷の精霊だと!? 聞いてねえぞ!」

 

 追っ手たちが、特に炎を放った赤毛の男が動揺の色を浮かべる。


「あっはは、見なさいよバーナード、アイツらの間抜け面!」


 けらけらと笑いながら、豹人の女が隣の竜人に話しかけた。


「ヴァッハハ、ひでぇもんだ! おい、テメェら! 火は好きかァ!?」


 バーナードと呼ばれた竜人が、馬の足を緩めて最後尾まで下がる。すぅぅぅ、と大きく息を吸い込むと、その胸部と首が異常なまでに膨れ上がった。


「! まずい!」

「いかん、散れ!」


 先頭の追跡者たちがそれに気付き、方向転換しようとするも、遅い。


「ヴァアアアアアアァァァァッッ!」


 咆哮とともに、バーナードの口からオレンジ色の光が噴き出した。


 炎の吐息ブレス――"飛竜ワイバーン"のそれに似た、可燃性のゲルの奔流。灼熱の舌が追跡者たちを舐め、自ら炎に突っ込む形となった先頭の男が火達磨になって落馬した。


「がああぁぁ畜生ォォォッッ!」


 地面を転がって火を消そうと躍起になる男であったが、止まりきれなかった後続の騎馬に首を踏み抜かれ、呆気なく『肉塊』へと変わる。


「あっヤベ踏んじゃった」

「うわああこっちにも火がッ」

「クソッこの馬はもうダメだ殺せッ!」


 燃え移ろうとする火を慌てて消し止めたり、火達磨になって暴れる馬を弓で射殺したりと、追跡者たちはにわかに大混乱の様相を呈していた。


「ヴァッハハハ、ザマァねえな!!」


 その隙に距離を取りながら、ちろちろと舌先に炎を揺らし大笑いするバーナード。隣で馬を駆る氷の精霊使いの老魔術師は無言で腰を浮かせ、ぺんぺんと尻を叩いておちょくっている。


「――ッッッッ!! クソがッ、舐めやがって!」


 ビチミキミチッと額に青筋を浮かべ、馬の腹を蹴り上げて加速させる赤毛の男。逃がしてなるものかとそれに仲間が続く傍ら、再び真紅の宝玉を掲げた。


【 Sigismund!! Mi dedicxas al vi――】


 ボヒュッバギンという破砕音、腕に衝撃。男の"宣之言スクリプト"が止まる。


 見れば、握っていた宝玉が、右手ごと粉々に砕け散っていた。


「あ、……あああ!」

「あ~ら、御免あそばせ。顔を吹き飛ばすつもりだったんだけど、外しちゃった」


 揺れる馬上、希少な魔道具が粉砕され、手を掲げた姿のまま愕然とする男。悪びれる様子もなくテヘッと赤い舌を出すのは、黒馬を駆る豹人の女だ。その手には細長い黒い布をひらひらと風にたなびかせている。


 いや。それはただの布きれではない。折り返せばちょうど真ん中にあたるところに革製の受け皿のようなものが付いている――投石紐スリングだ。


 再びスリングの両端を握った豹女は、腰のポーチから取り出した丸石を受け皿に載せ、ヒュンヒュンと勢いよく回し始める。


「――と、いうわけで。今度こそ、ちゃんと受け取って、ねッ!」


 ボッ、と腕がブレた。投擲。一切の殺気を感じさせずに丸石が唸る。


 それは茫然とする男にとって、視界に生まれた小さな黒点に過ぎなかった。


 瞬く間に、着弾。ぐしゃりと鈍い音、顎から上が丸ごと吹き飛ばされる。


「ヒューッ! いつ見ても、イリスの投石はおっかねえなァ!」

「アンタの吐息ブレスほどじゃないけどね」


 バーナードの歓声に、『イリス』と呼ばれた豹女は小さく肩をすくめる。


「さぁて、ズラかろうぜェ! あんなザコでも囲まれたら鬱陶しいからなァ!」

「コウ、魔術もお披露目したことだし、足止めヨロシクね」

「…………」


 イリスにウィンクされ、ビッ、と無言のまま親指を立ててみせる老魔術師。どうやら、『コウ』という呼び名らしい。


 一目散に駆け始める三人組に、ブレスの混乱から立ち直った追跡者たちが怒りの声を上げる。


「なにが『ズラかる』だ! 逃がさねぇぞ!」

「追え、追え――ッ!」


 ドドドド、と地鳴りの如き蹄の音を響かせながら、騎兵たちは駆けていく。その場に元仲間であった『肉塊』を放置したまま――




          †††




 "Player Killer"という言葉が存在する。


 その字面通り、MMORPGなどの多人数参加型ゲームにおいて、他のプレイヤーを攻撃するプレイヤーのことだ。その行為そのものは"Player Killing"と言われ、略して"PKer"、"PKing"などと表記されることもある。


 相手の了解も取らずに襲い掛かり、キャラクターの殺害キルやアイテムの略奪を目的としている点で、ルールの定められた対人戦闘PvPとは厳密に区別される。


 初心者狩りに繋がりかねない。


 自分がやられたら困る。


 理由は様々だが、基本的にはゲーム内で忌み嫌われる行為とされることが多い。


 勿論それは、中世ファンタジー風リアル系VRMMORPG【DEMONDAL】においても、例外ではない。


 全フィールド無制限対人戦闘Free PvPを謳うこのゲームは、実質的に何処でも彼処でもPKが可能であることに等しい。しかも死亡時にはキャラクターの肉体を含む全てのアイテムがその場にドロップする――PKerたちからすれば、まさに天国のような環境。


 そしてバーナード・イリス・コウの三人組は、そんな下劣な行為に喜びを見出す筋金入りのプレイヤーキラーだ。


 金品の強奪よりも誰彼構わずキルすることに重点を置き、また積極的に『悪人』を演じているあたり、PK原理主義者とでも呼ぶべき存在かもしれない。今日も今日とて、PK行為を取り締まる傭兵団クラン"Crusaders"にちょっかいをかけて追い回されているところだった。


「あーあ、それにしても最近つまんねぇなァ」


 揺れる馬上。細長い舌をチロチロとさせながら、ぼやくのはバーナードだ。先ほどの戦闘から数分、バーナードたちは相変わらず"Crusaders"の追跡をのらりくらりといなしながら、木立の中を北上し続けていた。


「あら、どうしたのよ急に」


 投石紐に丸石をセットしつつ、隣のイリスがきょとんとした顔をする。


「んー。なんつーか、張り合いがねぇっつーかよォ」


 冷めた目で後方を見やれば、「待てやコラーッ!」などと叫びながら追いかけてくる、"Crusaders"所属の十数騎。先ほどに比べ明らかに頭数が減っているが、その原因は明らかだ。


【 Aubine. Arto, To-Ketsu.】

【 Darlan. Arto, Gen-mu.】


 殿のコウが塩をばら撒けば地面に霜が張り、懐から花びらを取り出して振りまけば、何処からともなく妖しげな虹色の霧が湧き出す。


 霧の目眩ましにやられ、氷結した地面には気付かないまま、トップスピードで突っ込んできた騎馬が足を滑らせて転倒した。鞍から放り出された騎手がそのまま地面に叩きつけられ、首を妙な方向に捻じ曲げる。おそらく、即死。


 馬上で後方を窺いながら油断なく杖を構えるコウの傍らには、羽の生えた小人と長衣をまとった乙女の姿が薄く透けて見えていた。


 夢幻の精"ダルラン"と、氷雪の乙女"オービーヌ"だ。


 普段から"昏睡の風"や"幻惑の霧"などの魔術を多用しており、下位精霊の一種である"妖精"との契約者として広く知られているコウであったが、先日、さらに氷の精霊と契約に成功し今回はそのお披露目もかねて魔術の大盤振る舞いをしていた。


 バーナードがブレスで火の壁を作り、イリスが断続的に投石し、殿のコウが魔術で足止めする――三人組のいつもの手だ。


 しかし。


 プレイヤーの中には、そんな『いつもの手』が通じない者もいる。


「やっぱりよォ、"死神日本人ジャップザリーパー"くらいの相手じゃねえとスリルがないんだよなァ」


 後方から飛んできた矢をメイスで叩き落しながら、バーナードは嘆息した。


 "死神日本人ジャップザリーパー"――弓使いのケイ。


 "Crusaders"の本拠地、要塞村ウルヴァーンの界隈では名うてのプレイヤーだ。騎射の達人で、馬上で扱いづらい大弓を難なく使いこなし、木立の中であっても多少の障害物はものともせず、針の穴を通すような正確な射撃を叩き込んでくる、まさに死神。


 バーナードたちが幾度となく辛酸を嘗めさせられてきた宿敵だ。"隠密殺気ステルスセンス"に長けているため初撃を防ぐのが非常に難しく、また、たとえ一矢しのいだところで、即死級の威力を秘めた矢が次々に飛んでくる。バーナードは勿論、杖術に長けたコウであっても、それらの攻撃を捌き続けるのは容易ではない。


 それに加えてバウザーホースの性能に物を言わせ、近づけば退避、逃げれば追撃と、騎兵のお手本のような動きをするのも厭らしいところだ。会敵すれば苦戦は必至――下手すれば、三人がかりでもやられかねない、そんな相手。


「でもアイツと遣り合うのが、何だかんだで一番楽しいんだよなァ」

「そうねえ~」


 首を傾けて後方からの矢を避けながらイリス。三人組の中で唯一物理的な飛び道具スリングを使う彼女だが、何だかんだで彼女もケイとの戦いを楽しみにしている節がある。


 しかし、ここのところバーナードたちは退屈していた。


「あ~~~もう! 何でログインしねぇんだよケイよォ!!」


 ガシガシと後頭部をかきむしり、天を仰いで吼えるバーナード。


 その卓越した弓の技量から"死神"の呼び名を欲しいままにするケイではあるが、同時にVRMMORPG【DEMONDAL】のプレイヤーの中でも、指折りの廃人として知られている。サーバーのメンテナンス時以外は常にログインし続けている猛者で、フォーラムでも度々名指しで話題に上がっており、「最早ゲームの中に住んでいる」「よく出来た強NPC」とまで呼ばれているほどだ。


 が、そんなケイが、ここしばらく姿を見せていない。


 オープンβのときから毎日欠かさず、24時間ログインし続けていた、ケイがだ。


 話によると、要塞村ウルヴァーンのケイのホームで、自主トレモードに設定されているケイのサブキャラたちに話しかけても、「今、ケイは居ないよ」としか答えないという。それはすなわち、ケイが【DEMONDAL】の何処かに姿を隠しているわけではなく、正真正銘ログインしていないことを示す。


 何が起きたのか――プレイヤー界隈もネットのフォーラムも、今はこの話題でもちきりだ。引き篭もりが家から叩き出された、ケイの自宅のネット環境にトラブルが発生した、単純に飽きて引退した――などなど様々な憶測が飛び交っている。


 そのログイン時間があまりに長いことから、実は寝たきりの病人だったのではという声もあり、症状の悪化なり何なりで死んでしまったのだ、とする者さえ現れる始末だ。


 また、ケイとよくつるんでいた有名プレイヤー"NINJA"アンドレイも同時期から姿が見られなくなっており、こちらも騒ぎになっている。


 ケイの"失踪"との関連性を疑う声もあるが――、真偽は定かでない。


「……案外、あの二人がデキてたりしてね」

「はァ?」


 しばらく真剣な顔で考え込んでいたが、ふと顔を上げたイリスに、バーナードが目を点にする。


「……そうよ、そう考えれば辻褄が合うわ。きっと二人とも時間を忘れて、VRルームで互いの体を貪るのに夢中なのよ。それなら【DEMONDALこっち】にログインしないのも、説明つくでしょ?」

「はァァ? ないわーそれはないわァー」


 ぐへへ、と涎を垂らしそうな表情のイリス。呆れた顔のバーナードは、ぶんぶんと手を振った。


「ええぇ~アタシ名推理だと思ったんだけど? アンドレイの美貌に見惚れ、遂に耐えられなくなってしまったケイ! 男同士、禁断の愛――! うへへ」

「ないないない。それに仮に、仮にだァ。ケイとあのオカマNINJA野郎がデキてたとして、それでVRルームでファックしまくってたとしてもだ……。長すぎるだろォ!! アイツらがログインしなくなってから今日で何日だァ!?」

「……それもそうね。いや、逢瀬を重ねてるのかも……! 二人だけの世界……?!」

「ないないない、それだけはない!」


 ぶんぶんと、手だけではなく今度は尻尾まで振り始めるバーナード。


 ちなみにバーナードとイリスがお喋りする後ろで、コウは黙々と"Crusaders"への妨害を続けている。


「……あ、」


 と、そのとき、イリスがふと気付いた。


「ねぇ二人とも、あんなところに村があるわ。この間までなかったのに」


 そう言って、木立の奥を指差す。指先を辿って視線をやれば、成る程、森の中に小さなログハウスが何軒も建っているのが見えた。


「おっ! これは立ち寄るしかねえな!」

「プレイヤーメイドの入植村かしら?」

「…………」


 バーナードが村の方に馬首を巡らせ、イリスとコウが自然にそれに付いていく。背後から"Crusaders"の追撃を受けながらも、茂みを掻き分けてバーナードたちは木立を突き進んだ。


 近づけば近づくほどに、村の全貌が見えてくる。森を切り開いた開拓村。質素な衣に身を包んだNPCたちが木を切り、畑を耕していた。


 村の入り口まで残り数十メートルといったところで、向こうもバーナードたちの姿に気付く。


「化け物だー!」

「うわあー、化け物だ!」

衛兵ガード! 衛兵ガード!」


 馬上でメイスを構えて突撃する竜人と、笑顔で投石紐を回す豹人の姿に、NPCたちがにわかに慌てだす。


 【DEMONDAL】のパッケージ版を購入することで、特典として付いてくる"竜人""豹人"といったモンスター種族だが、身体能力や特殊能力の面で人族よりもアドバンテージがある代わりに、全てのNPCが自動的に敵対状態となり、街や村などの施設が一切利用できないというデメリットがある。


 尤も、バーナードとイリスには関係のないことだったが。


「お邪魔しまァ――す!」


 ドドドドッと蹄の音もけたたましく、村に入り込んだバーナードは、


「ヴァアアアアァァアァァッ!!」


 早速、手近な納屋にブレスで火をつける。


「うわあー」


 燃え盛る納屋から、慌てた様子で飛び出してくる子供のNPC。服に燃え移った火を消し止めようとしていたが、すぐそばに竜人バーナードの姿を認めて「うわあー!」と再び悲鳴を上げる。


「こんにちは! 死ねクソガキィ!!」


 馬上からバーナードは容赦なくメイスを振り下ろした。メゴンッと子供NPCの頭が陥没し、赤い血飛沫エフェクトとともに目玉が飛び出る。


「ヴァッハハハハ!」

「化け物め! 何をしている、化け物め!」


 村の奥の方から、全身金属鎧に斧槍ハルバード、赤いマントを装備した屈強な男が走ってきて叫ぶ。どんなに小さな村にでも最低一人はいる衛兵ガードだ。筋力・体格に優れ、下手なプレイヤーよりは余程強いが――


「ふッ」


 ボッ、とイリスの腕がブレる。砲弾と化した丸石が直撃、兜ごと頭部を吹き飛ばされ衛兵はあえなく肉塊となった。


「なんだァNPCだらけかここはァ! つまんねえなァ!」


 言葉の割には実に楽しげに、次々と家屋にブレスを浴びせかけるバーナード。その隣ではイリスが「まるで鴨撃ちダック・ハンティングね」などと言いながらニコニコと投石を続けていた。コウは相変わらず妨害の魔術をぶっ放す傍ら、近くに逃げてきた村人の頭を杖で叩き潰している。


 "Crusaders"の面々が村に辿り着く頃には、ほとんどの家屋は轟々と燃え盛り、元NPCの肉塊が山積みになっている有様だった。そして当の下手人たちは、煙に紛れて既に遁走している。


 あまりの惨状に、"Crusaders"のプレイヤーたちも一瞬呆気に取られていた。

 

「ひでぇ……よくもまぁ短時間でここまで壊すもんだ……」

「ここ傭兵団クラン"Tester's Camp"さんのトコの入植村だよな……」

「"Tester's"にも連絡しよう、このまま逃げられたら最悪俺たちのせいにされるぞ」

「そいつは勘弁」


 肩をすくめたプレイヤーの一人が、背負っていた大きな籠の中から一羽の鴉を取り出し、放つ。


 バサバサと羽ばたきながら、飛び立っていく黒い鳥。


「……行こう」


 それを見届け、"Crusaders"の団員たちはPKたちの追跡を再開した。




 木立を抜け、右手に草原を望みながら、バーナードたちは駆け続ける。


「いやーなかなか楽しかったなァ」

「ついでにお金もちょっと稼げたわよ。あとで山分けしましょう」

「そいつァいいや! おっと安心しろよコウ、触媒分は多めに出すぜェ!」

「…………」


 ビッ、と無言でサムズアップするコウ。ヒゲとフードのせいで表情は分からないが、ニヤついているような雰囲気もある。


 が、ぴりりと鋭い殺気を放ち、コウは天を仰ぎ見た。つられてバーナードとイリスも空を見上げる。


 遥か高空、小さな黒点――鴉だ。黒々とした翼を広げ、気流に乗って滑空している。


 咄嗟にコウが懐に手を突っ込み、一掴みの塩を空へと投げた。


【 Aubine. Rigardu supren al la cxielo, tie estas korvo, vi faru glacikonuso , kaj vi pafu lin mortigi la birdon.】


 半透明の長衣の乙女が浮かび上がる。塩の結晶が霧散し、ガラスが軋むような音を立てて空中に研ぎ澄まされた氷の杭が出現した。


Ekzekuciu執行せよ.】


 ギンッ、と氷の杭が一条の光となり、空を引き裂きつんざいていく。


 上空を旋回していた鴉が氷の杭に貫かれ、羽を散らす。そのままキラキラと血飛沫エフェクトを撒き散らしながら、力なく落下していった。


「……見ツカッタ」


 片言じみた口調で、コウ。


「あらら。じゃあこのままアジトには直帰できないわね」

「ならしばらくハイキングと洒落込もうじゃねえかァ」


 気楽に笑いながらバーナード、しかし弾かれたように体を逸らす。


 一瞬前まで体のあった空間を、銀閃が貫いていった。


「噂をすれば、また連中だァ」


 口の端を獰猛につり上げ、チロチロと舌を出す。後方、白マントに黒の十字架の一団。先頭のクロスボウを構えたプレイヤーが、悔しそうに顔を歪めていた。


「あら、数が増えてるわね。応援呼んだのかしら」

「囲まれても面白くねえなァ。コウ、頼んだぞ」

「…………」


 先ほどまでと同じように逃げ始める。増援によって勢いを増した"Crusaders"たちは、後方から真っ直ぐ追い上げてきつつ、別働隊を草原に展開し半包囲網を敷いていた。


 その包囲網の圧力を避けるように、バーナードたちは西へ西へと追いやられていく。走り続けること十数分、周囲の景色は徐々に草原から疎林地帯へと変わりつつあった。


「こりゃあ本拠地の方にまで誘い込まれてんなァ」

「ウルヴァーンの近くまで来ちゃったわね」

「……二人トモ、見ル。様子、オカシイ」


 コウが前方を指差して言う。


「はァ? なんだありゃ」


 バーナードが、ぎょろりとした黄色の目を瞬かせて、気の抜けた声を上げた。



 前方、切り立った崖に挟まれた谷。


 そこを覆い尽くす――白い霧。



「……随分と濃い霧ね。罠かしら?」

「魔術かァ?」

「……殺気、感ジナイ。魔術、チガウ」


 馬の足を止め、霧の前で立ち尽くすバーナードたち。しかしその背後から追跡者たちの蹄の音が迫る。


 前方は霧、左手には岩山、後方と右手には包囲網。


「……ええい、ヤケクソだ! 突っ込め突っ込めェ!」

「まあ、ここでやられるよりマシかしらね」

「…………」


 無言でサムズアップし、賛成の意を示すコウ。



 再び馬を加速させたプレイヤーキラーたちは、霧の中へと突撃していく。



 その姿が、濃霧の向こう側へと。



 呑み込まれて、――消える。



 果たして、"Crusaders"がその場に到着する頃には――



 一面を覆い尽くしていたはずの霧は、影も形もなく消えうせていた。







 この日以来、バーナードたちの姿を見た者はいない。 



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