第3話 GWから始まるポンコツ物語 Ⅲ
一体どうしてこうなった。そんなボヤキが口をついて出てきそうな顔を浮べながら、別のことを口にする嵐。
「くそ。
「GWっていいわよね。ブランベルク王国でも導入されたらいいかもしれないけど、きっともっと国が豊かにならないと意味が無いわ。むしろそんなものを制定したら国王が無能扱いされちゃうわ」
「聞きたくねえし知りたくもねえお国事情だなオイ」
日本のように豊かな国であればシステム上国民の為になるかもしれないが、国民の仕事の大半が自営業であったり農業であったりする王国で、祝日制度で喜ぶのは一部の国家直属組織の者である。
国民が五連休でもしたらたちまち国民の生活は干上がってしまうばかりか、連休で人員が減った騎士団や憲兵の稼働率が落ちることで治安も悪くなる。
さらに言うならば日本の様に保証が安定していればいいが、いくら国勤めしている者でも、末端の者達は休めば給料が減ってしまうので、連休制度が制定されたところで国民感情が高まることはない。
それ故に日本での生活を一度覚えてしまうと、異世界人の中で移民生活支援で来日している者の大半は自分達の国に戻りたがらない。
勿論日本は王国との取り決めで人数制限を設けているのだが、王国の貴族さえ様々な理由を付けては日本に来ようとするので、移民生活支援制度のチケットは、今や空き待ち状態であり、数年先まで埋まっているとも言われている。
『そんなにGWに休みたかったらお前の親父さんに頼んでみろよ』
「お前は俺に勘当されろといいたいのか?」
嵯峨財閥に古くから仕える清木場家だが、嵐が楓の傍にいるのも清木場家当主である嵐の父親からの命令である。
幼馴染である気心しれた間柄もあって、警護役として認められたのは事実だが、その結果一般男子高校生と同じように青春を犠牲にしたのもまた事実。
それでもGWに夢をみることを諦められないのが嵐だ。
まあそんな御家事情を知っている九里坂だから、特別課題に嵐を同行させたわけだが、根本的な話で言えば、楓のような事情を持つ者をこの特別課題という名の任務に送り込むことが不自然である。
その事実にようやくたどり着いた楓は改めて九里坂に尋ねてみると、
『可愛くない子は旅させろということだ』
何のことはない、九里坂の更に上にいる財閥トップからの命令だったことが判明。
楓や嵐の正体を知る者は学校では九里坂とほんの一部。
表ざたにすれば楓と嵐のポンコツ疑惑は一変し、お近づきになりたいものが続出するだろうが、そうならないのは本当に二人のポンコツぶりが真に迫っているということだろう。
ある意味才能と褒めたたえてもいいくらいであるが、そんなものを褒める奴はどちらの世界にもいないのが現実だ。
ヴェロニカに正体を打ち明けたのは、少なからず二人が問題ないと判断してのことなのだが、ヴェロニカからすればこいつら本当に大丈夫かと思っているのが本音であり、それを口にせず秘密はちゃんと内に秘めておこうとするあたり、彼女なりの優しさと誠意であるのだが二人が理解しているかどうかは不明。
それはさておき、AJと別で行動している嵐は、トレーラーをオートパイロットで元来た道を走らせ、ヴェロニカの意見に従いしこたまの装備をパワージャケットに載せて移動していた。
パワージャケットとは関節部分等にパワーモーターが装着された、ロボットスーツのようなもので、現在の陸戦歩兵の一部に支給されている強襲装備である。
「今頃トレーラーが囮になってくれていればいいんだけどな」
「ドラゴンは鼻と目がいいから気休めよ」
即座に嵐の希望を打ち砕いたヴェロニカは、街から少し離れた砦へと双眼鏡を向ける。
「いたわ。エルテミナ帝国軍ね。ローブ姿の人が結構いるわ。あれが魔導士部隊よ」
ヴェロニカに言われゴーグル越しに砦を見た嵐は、疲れたようなため息を吐いた。
「魔法使いかよ。おっかねえ。あんな集団とまともに戦えるかどうかもわからねえのに突っ込むの?」
「だったら今すぐ楓と交換してドラゴンに挑む? 私はどっちでもいいけど、そっちの方が建設的ではないと思うのだけれど」
「わーったよ。こっちでいう聖女様ってのは好戦的なのが当たり前なのかねぇ」
「好戦的なんて失礼ね。聖女になれば巡礼というものがあるの。巡礼は野盗に襲われることもあれば魔物に襲われる危険性があるの。だから戦闘面においても騎士団長クラスの人物に手ほどきを受けて訓練するわ。魔法だって宮廷魔導士長クラスに手ほどきを受けるし」
「武闘派聖女って流行ればいいな。くそ! 俺の
※
嵐とヴェロニカがトレーラーを囮にして砦付近に向かっている頃、楓は鬼ごっこをしていた。
この場合誰が鬼かなんて野暮なことは無しだ。
「GUGAAOOOOOOOO!!」
空の王者が翼と巨体で大気を切り裂き風を纏って、咆哮で大気を揺るがして獲物となったAJを追いかけ回しているのである。
最も逃げると言っても直線ダッシュとかそんなスポーツ的なものではない。そんなものをしたところで音速の貴公子となった爬虫類相手に逃げ切れるわけではない。
行ってしまえばドッヂボールの球を避けるような光景である。
「急速旋回に急制動は苦手らしいな。さすが体はデカくても爬虫類並みの頭だな」
グラファイト電磁駆動システムと呼ばれる、噴射機構を搭載した第三世代の機体は、陸戦特化型の陸上高速機動よりは劣るものの、航空ユニットに換装して空での戦闘にも対応できる分、関節は長時間繰り返しの急速旋回や急制動に耐えられる設計になっている。
その利点を生かしての足止めを行っているのだ。
忙しなく円筒一体型のグリップを車のハンドルの如く左右に動かし、機体を機敏に操作しながらドラゴンの猛攻を交わし続ける光景。
もしこれをベテランのパイロットが傍目から見たら驚くことは間違いない。
何せこの楓が乗っている第三世代モデルは生産台数が少ない。
その理由は第四世代や同時期に造られた別種の第三世代と比べて操縦機構が複雑で、更に言ってしまえば癖が強くピーキーなのだ。
そんな変わり種の機体は、とある機動戦士シリーズのVを冠したロボットの操縦機構システムをオマージュしている。
正確にはリスペクトというべきか。
何にしても楓はそれが大好きである為にわざわざシミュレーターを用意し、操縦を極めて今に至っている。
それが今現在楓の生存確率を底上げしていた。
「くそ! アサルトライフルの狙いがつけられねえ」
あまりにも早いドラゴンは
防戦一方の現状が続けば続くほど楓の振りになるのは明らかだ。何せこっちは燃料で動いているし、向こうは腹を空かせても動き続けることができる生物。
まだ燃料枯渇を心配するレベルではないが、現状を踏まえ先を考えてしまえば最悪の可能性はおのずと見えてくる。
歯がゆさが楓の焦りに直結するのは時間の問題だった。
何度目かのドラゴンの攻撃が行われてから、変化が起こり始めた。
まるでしびれを切らしたかのように、ドラゴンの挙動が徐々に荒く暴力性が増してきたのが目に見える形になってきたのである。
同時に同じタイミングで嵐からの通信が入って来る。
『こちら嵐。たった今砦に居座ってる地上げ屋への攻撃を開始した。そんでもって最悪なお知らせだ。砦付近に陣地を展開していた本体が移動し始めたぞ。進路はお前がいる場所の先、メイルスラッタの街だ!』
※
エレナ=マクスウェルは、築かれた陣地の中にある天幕の中で、リラックスした姿で机に置かれた地図を眺めていた。
ブランベルク王国侵攻作戦の司令官として任命され、この地へ足を運んだセレナにとって、今回の作戦は退屈なものである。
そんな勝ち目の見えた戦いにどうやって楽しみを見出せと言うのか、セレナは心底うんざりしたような顔を浮かべる。
根っからの騎士というわけではないが、やはり騎士として取り立てられた以上、己も戦場で戦って大将首をとり武勲を上げたい。
だが同時に帝国重鎮のお歴々の気持ちも理解していた。
商売人が、増える金貨や銀貨、紙幣を数えるのが大好きなように、戦争屋どもは地図上の帝国色が増えることに快感を見出している。
無論セレナもその一人だ。様々な戦略や戦術を練って侵攻作戦を行い、拡大化された地図が細々と区分けされた中で、一つずつ帝国の色を塗っていくのがたまらなく楽しい。
でもそれは兵士という人間集団を用い、自分の指示を行き渡らせて、時には思わぬ反撃を受けながらもそれを覆して領土を奪った結果の上での話だ。
ドラゴンなど用いればそんな過程をすっ飛ばして楽々と領土は手に入る。
そんなものに何の快感が得られようか。
今ではブランベルク王国以外のほとんどが、野生のドラゴンを何とか捕獲して飼いならし、産めよ増やせよと心血注いで数を増やしている。
それは楓達のような異世界人からすれば、核兵器の製造をしているようなものだが、事実それがこの世界においての核兵器に匹敵する戦術兵器と化していた。
一発の核兵器ならぬ一匹のドラゴン。
たった一匹で戦況を覆すのだから、最初から投入すれば戦果など目に見えている。
今頃は街の一つを廃墟に変えていることだろう。
強力な分核兵器と同じで、ドラゴンが襲撃した場所は血肉のかけらすら残らない。
食料や奴隷を欲するのであれば、ドラゴンは脅しに使い早々と降伏させるのが望ましい。
だが最初からそれを行ってしまえば、相手方に与える恐怖が半減してしまう。
それ故に一つは街を壊滅させ、絶対的な力を見せつけた上で降伏させ、統治後に下手な反乱を企てさせないようにするのがセレナの考えた作戦であった。
「さて、砦を落したことで王国は王都の防備を固め始めた頃だろう。それが無駄であることがわかっていてもやってしまうのが王族や貴族だ。フルック。本体を王都付近まで移動させるぞ。手始めに街へ行き、生き残りの殲滅と食料の調達を行う」
「たった今砦が襲撃されたという報告が参りました。どうされますか?」
「たかが残党による悪あがきだろう。王都を占拠するまでの間に片付く話だ。砦にいる連中だけで対応させろ。それとドラゴンは制御されているとは言え、何かしらの問題が起こった場合を想定し、部隊は分けて移動させろ」
「畏まりました」
※
ヴェロニカの世界において、ドラゴンの次に優位に立てる手段として魔法が存在する。
小難しい詠唱やらなにやら必要なものだが、遠距離から適当に狙いを付けて攻撃するだけならば、さほど詠唱時間を要さずに魔力の分だけバカスカ打てる。
更に投石や弓矢の様に残数をさほど気にする必要が無い。
それは心理的な面でも良い方向に影響していると言えた。
弓矢や石は目に見える分、少なくなって来れば不安にもなるが、魔法であればちょっと疲れたら休憩をとり魔力を回復させるだけでいい。
木を削って矢じりを加工して取り付けるという手間暇も必要ないことを考えれば、魔導士を大量に投入することは戦場で優位に働く。
それ故にドラゴンがいない戦いにおいても魔導士の数だけで勝敗は決すると言ってもいい。
セレナの戦略はこの戦場において理に適っている。そしてその結果がスラッタ砦の早期制圧に繋がり、計画を早い段階で移せたばかりか、兵士達の士気は最高潮に上がっていた。
が、それに変化が起きたのは、約1万の本体が三部隊に分かれて、セレナの率いる最後の部隊が砦を離れた後のことだった。
最初は砦の見張り台に立っていた兵士が、額に穴を空けて不自然な死んだことから始まった。
火薬を使った武器などこの方見たことが無いエルテミナ帝国兵にとって、それが何を意味しているのか理解できず、王国側の残党兵の中に奇妙な魔法を使う奴がいて、その攻撃を受けたせいだろうと安易に考えていた。
どうせ砦周辺を探せばすぐに見つかり問題は解決する。
砦の守備隊を任されていた隊長は、それをただの悪あがきで足止めを目的にしたものだと考え、ただの襲撃であると報告するにとどめた。
もし死因などを詳しく説明していれば、頭脳明晰なセレナはすぐさま死体を調べさせ、この事態に違う対応をとっていただろう。
だがそうはならなかった。
その行動が一つの分岐点となり、そして嵐とヴェロニカに有利な方向へ流れが傾いた。
実際の所、エルテミナ兵が考えている砦周辺ではなく、そこから数百メートル離れた森の中からの狙撃であった。
しかも弓矢とか魔法での攻撃ではないので、銃というものを知らないエルテミナ兵が射線を捉えることも、射線を捉えるという発想もないし、そもそもそれが何の攻撃かすらわかっていない。
更にエルテミナ帝国兵に悪いことが続く。
軍事大国であるエルテミナ帝国兵は、他国の軍勢を下に見る傾向がある。セレナクラスの軍人であると慎重さを持ち冷静に分析し、決して敵を下に見ることはあっても侮ったりしない。
だが下っ端は違う。
妄信的に自分達の優位性を信じる傾向があり、一種の狂信的な宗教観念みたいな思い込みがそれを助長し、よほどのことが無い限り撤退しないばかりか、状況を覆そうと躍起になる。
更にセレナの不在という状況が不幸を招くことになった。
この場においてセレナに継ぐ判断能力に優れた武官がいないのだ。
経験上砦制圧完了後の残党が戦況を覆したことなど一度もない。
それ故にセレナは致命的な采配ミスを犯してしまったことになる。この場にセレナに伺いを立てなくても判断できるフックのような武官がいたのなら、最悪な結果になる前に兵士達を撤退させていただろう。
そして再度立て直して慎重に再侵攻の計画を練っていた筈だ。
「一体何が起こってるん! 敵はどこから攻撃しているのだ!」
大気を揺るがす轟音と揺れの中で、守備隊長は各兵士に状況を報告させるのだが、返ってくるのはわからないの言葉ばかり。
現在、狙撃を行った嵐が場所移動し、そこから迫撃砲を撃ち込んできている状況だ。
迫撃砲が発射された地点を目撃した機動力のある兵士達が即座に向かうも、それっきり戻ってこないのである。
その理由は簡単で、待ち伏せしていたヴェロニカが特異体質と言っていた能力で、やってきた兵士達を次々と凍結させて物言わぬ死体へと変えているからである。
数百人いた兵士達は籠城を試みるが、次々と撃ち込まれる迫撃砲とロケットランチャーを前に数を減らし、いつの間にか頼みの綱であった魔導士達は全滅。
無論、魔導士の全滅は、ヴェロニカから予め魔導士の厄介さを教えられた嵐が狙ったものであり偶然ではない。
結局、守備隊長は己の愛国心とエルテミナ帝国兵としての誇りと共に、部下共々迫撃砲で木っ端みじんに吹き飛ばされたのだった。
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