第2話 GWから始まるポンコツ物語 Ⅱ

 整備されていない街道を走り続けるトレーラーの揺れは激しい。

 サスペンションが超電磁マグネット球体ジョイント、通称SMBジョイントと呼ばれる、ハイクオリティな技術のおかげで衝撃こそないものの、それでも慣れてなければ酔ってしまう。


 そもそも馬車等の為に用意された大雑把な造りの街道であったとしても、トレーラーが走れる道ではないのだが。

 測量技術云々もそうだが、この世界のこの時代の街道とは大きな木製のハンマーで土をバンバン叩いて固めたような緩い道である。

 雨が降れば馬車のせいでわだちが出来るし雑草もたくましくもなる。


 それ故に整備された街道と聞けば、雑草も何もない土の道を思い浮かべがちだが、実際に見てみれば現実は雑草がちらほらどころの騒ぎじゃないほど生えているものだ。


 全く雑草が無い道というのは轍が酷すぎて手直しした、金を持っている貴族の領地の道か、新しく領土を与えられて最初だけ気合を入れた貴族の領地の街道だけである。


 それでも、調整を終えて一息がてらにトレーラーの窓の外を眺めていた楓にとって、暇つぶしになるほどの光景であった。


 こういったものでさえも暇つぶしに出来るのは楓の思考が少々特殊だからかもしれないのだが、本人はそれを自覚することはない。

 何せ本人はそれが普通だと思えてしまう。


「これって本当整備しがいがありそうだよなぁ」


 街道から外れて緑色の雑草地帯を走るトレーラー。上から見れば道路建造車両になっていなくもないそんな鉄の塊の中で、楽し気に語る楓にヴェロニカは尋ねた。


「楽しそうね」

「ああ。こういった未発達の部分を最適化する妄想って楽しいんだぜ。何せ自分の頭の中では金も労力もかからない。それでいて近代化していくんだ」

「確かに貴方の世界の技術を知れば、あの街道も私ならこう整備するとか思い浮かべちゃうかしら。・・・・・・確かに楽しいかも」


「だろ?」

「おいおい、聖女様の純真無垢な思考をお前の変態的思考に染め上げようとすんなよ。帰ってから九里坂にどやされるぜ」


「崇高な科学思考と言え」

「数学は万年赤点だけどな。むしろ聖女様に数学の点数で負けてるってどういう事よ」


 嵐の最もな意見に反論できずにお口にチャック。

 まるで犯罪者が黙秘権を行使したみたいに押し黙る楓に、ヴェロニカは持ってきていた冊子を渡してきた。


「使う? 参考書」

「ここまで来て勉強できるかぁ! むしろ何で持ってきてるんだよ!」

「楽しいわよ? 勉強」


 自分の世界の学問を自分以上に楽しんで学ぶヴェロニカを見て、それでも勉強が楽しいものだと想像できない楓。

 むしろヴェロニカが嬉々として掲げる(楓にそう見える)数学の参考書を見て、体のあちこちが痒くなるようなアレルギー反応を見せた。



「つうかそろそろドラゴンの目撃情報があたりじゃねえのか?」


 嵐に促されて地図を確認した楓はトレーラーの天井ハッチを開いて上半身を外に出した。

 

 心地よい風が吹きつける中、空を見上げると上空を飛んでいる無人偵察機が赤い信号を発しているのが見えた。


 GPSの為の衛星がこの世界で打ち上げられていない以上、各種センサーや解析装置をがばがば搭載した無人偵察機が頼り。


 それが正常に動作しているのを確認して、楓は手持ちの手書きされた地図と端末の地形マップを見比べてみた。


「おおよその誤差は気にしないとして、多分数キロ先が目標地点だ」

「多分かよ! 大雑把すぎるなぁおい。測量座学寝てたのか?」

「お前が言うな。AJを起動して無人偵察機とリンクさせる」


「あの旧式にんなもん搭載してたのか?」

「お前こそAJ座学寝てたのか? 第三世代でもOSはバージョンアップさせてるんだからアプリケーションとかソフトが対応して使えて当たり前だろ」

「ああそうかいAJ馬鹿。じゃあさっさと乗り込んでくれ」


 言われるまでもなくすぐに連結通路を通ってカーゴに移動した楓は、教官が見たらセキュリティーの面で激怒しお説教コース間違いない、開きっぱなしのコックピットに即座に乗り込む。


 誰も見てなければいいやと思わずに、コックピットから降りたらハッチは閉めましょう。

 

「バッテリー残量OK。燃料チェックモニターOK。各種コンディションオールグリーンっと。安全に関わることのチェック入念にしないとな」


 律儀に確認するのが楓で、律儀に確認しないのが嵐。


 そんなAJ取り扱いの違いがちょっとした所でも現れるのは兎も角として。


 人間工学に基づいた配置がされてる両手を添える位置に存在する円筒形に、そっと手を入れるとセンサーが反応してシステムが起動画面に移行する。


 中の二つの円筒の中のグリップを握り軽く上下に動かすと、未だロックがされていることがわかった。

 パワーグリップと呼ばれる操縦桿は、完全に起動すると軽くなるのだが、今はまだ重い状態であった。


「さてさて感触を楽しんだところで起動」


 音声登録された楓の声に反応し、網膜が自動でスキャニングされセキュリティー解除され、うっすらと壁全体に浮かんでいたカーゴ内の景色が明るく表示される。


 輝度調整センサーが働いたのだが、なるべく人間の目を傷めない配慮をされていた。


 遠隔操作で開いたカーゴの後方扉を前に、機体がゆっくりとアームで固定され、カードの後方扉のカタパルトがスライドして機体はカーゴの外へと露出する。


「スピード落してくれ」

『あいよ。つうか後輪重!』


 嵐のぼやきを無視して楓は機体頭部に設置されたアンテナが無人偵察機のデータを拾ったことをサブモニターの情報ウィンドウで確認し、カーゴの固定用アームの解除を行う。


「さあて、出撃しますか」


 軽く跳躍してカーゴのカタパルトから外れた機体は、みるみるウチにトレーラーから放されていく。


『おい。何するんだよ』

「慣らし運転ついでに周辺警戒だよ。いきなりドラゴンと鉢合わせして丸焼きにされたくないだろ?」


『武器も持たずにかよ』

「あ」


 うっかりを発動した楓の目には、コンディションモニターの項目内の兵装部分が、各種エンプティになっているのが映る。


 主人公系にそんな属性があっても可愛げは一切感じられないのが当たり前の世の中だけに、嵐の蔑みの態度は最もと言えよう。


 結局トレーラーの足を止めることになってしまったのだが、ヴェロニカが一度休憩しましょうと提案したことで、水場のある場所で装備の再確認が行われることとなったのだった。







「それにしても本格的に動いているところを初めてみたのだけれど、やっぱり魔導騎兵より凄いわね」


 休憩場所が森の近くということもあって、倒木を壁にしてトレーラーを止めた一同。

 気休め程度だがトレーラーやカーゴは、楓が操作するAJによってもぎ取られた木の枝で覆われている。


 その近くでカセットコンロの火で温められたコーヒーを口にしながら、ヴェロニカはAJを眺めていた。


『警告高速で熱源体が接近。至急戦闘配置についてください』


 電子音声によるガイダンスを聞く前にAJに乗り込む楓に合わせ、嵐とヴェロニカもその場を片付けてトレーラーに乗り込んだ。


「一体休憩時間に誰だよ」


『聞こえるか楓』


 通信回線を開いてきたのは嵐ではなく九里坂だった。


「何でしょう。現在、高速熱源体が接近中でして、定時連絡の最速でしたらヴェロニカに回してくれませんか?」


『そうじゃない。緊急事態だ。ブランベルク王国の使者がゲート拠点にやってきた』


 その意味を理解する間もなく楓はフォーカスウィンドウの拡大映像を確認し絶句する。



 それと同時に発せられた九里坂の言葉。



『王国が戦争を仕掛けられた。相手国は軍事国家エルテミナだ』



 拡大映像に映し出された巨大なドラゴンは、明確な敵意を持ってこちらに接近をしていたのだった。







 有事の際の作戦指揮官としての役割も与えられている九里坂は、GW中であるにも関わらずパンツスーツという教師の恰好から一変し、軍服に身を包んで異世界側ゲート拠点へと赴いていた。


 拠点の中に設けられた応接間に足を運ぶと、身なりのいい上等な服を纏った貴族が立ち上がり、ブランベルク王国流である、右手を真っすぐに伸ばし左肩の前に添えるという挨拶で出迎えられる。


「遠方からはるばる大変であったでしょう。私は日本国政府の代表であり、嵯峨財閥から出向しているこの場の責任者の九里坂悦子です。部下からは緊急の案件だとお伺いしております」


「突然の訪問をお許しくださりありがとうございます。私は王国軍東方方面のスラット砦の守護をしている東邦部隊の部隊指揮補佐を務めているルバナ=バーデンと申します。階級は兵士長です。本来であればもっと上の者が礼としてお伺いするべきでしょうが・・・・・・・単刀直入に申し上げます。我が王国軍は現在エルテミナ帝国から攻撃を受けております。現在、東方方面のスラッタ砦は攻撃を受けておりまして」

「防衛戦に協力しろと?」


 九里坂の質問にルバナは意外にも首を横に振る。


「いえ。恐らく私がここに到着する頃には陥落しているでしょう。私が夜通し馬を走らせ一日かかりましたが、敵の軍勢はドラゴンを投入しておりましたので」


 一繋ぎの大きな大陸であるブランベルク大陸に広く知られるドラゴンの脅威。

 野生であれば山でひっそりと休眠している個体が多く、その多くは幼体であるものも多い。


 越冬期と呼ばれる、大陸独特の長期大寒冷期に多くの巨大生物が休眠するが、生態で休眠期に重なってなければ、そんな越冬の季節関係なく活発に活動するのもドラゴンの習性。

 生態が詳しく調査されていない中で各国が躍起になってドラゴンを追いかけ回し、捕獲してあらゆる手段を用いて制御して手なずける。

 

 投入後に襲撃した街が火の海や大破壊の惨劇に見舞われ、奴隷や食料が調達できるような状態じゃなくなろうと、確実に勝てる方法として用いられるのがドラゴンである。


 歴史上ドラゴンが討伐されたことなどを記される文献は存在せず、口伝すらあるかどうかも知られていない。

 実質ドラゴンが投入されたらドラゴンで対抗するしかないと言われているのがこの世界だ。


 それ故にブランベルク王国は世界で最も不利な立場にあった。


 人道的な立場からドラゴンを捕獲し洗脳紛いの方法で手なずけることを良しとせず、またドラゴンを戦場に投入し虐殺する手段を毛嫌いし、唯一ドラゴン非保有国として知られている。



「ドラゴンか」


 九里坂はドラゴンという単語に心中頭を抱えたくなった。何せ強力な個体であれば、過去の戦闘データでは理論上核爆弾にさえ何とか絶えてしまう化け物である。


 向こうはこちらよりはるかに軍事力が劣っていても、そんな化け物を手なずけて使役する手段があるのだ。


 おいそれと二つ返事で支援を申し出ることは指揮官の九里坂であっても出来やしない。


 それを察してかルバナは小さく自嘲めいた笑みを浮かべた。


「私は王国の使者でありますが、わざわざ王国へ戻って判断を仰いだわけではありません。こういった場合を想定して我々は予め命令されております。あなた方に国民の保護を求めるようにと」


「それは構いません。日本国政府は有効国の窮地にはそう言った緊急事案に対応するよう、現場指揮官に権限を与えられておりますから。ですが全ての国民を受け入れることは不可能です」

「理解しております。なので一先ず東方方面に存在する街にいる人々の受け入れをお願いしたいのです」


 だが今以上に気がかりなことが九里坂にはあった。

 王国の言う東方方面には、確か三人の生徒がドラゴン調査に向かっていたと。


 もしその三人が件のドラゴンと鉢合わせしたら一体どうなるか?


 冗談でドラゴンを討伐しろとは言ったものの、本気でドラゴンに真っ向勝負を挑むような馬鹿なことはしないだろう。

「いや、冗談を本気で捉えるポンコツでもあるか」


 九里坂の中での評価は相変わらずで、あの二人を止めなければ戦争に人知れず首を突っ込むかもしれない。

 そうなれば、時に財閥当主の代理や補佐官を務める、現防衛局相談役の“親友”から大目玉食らうことになるだろう。

 面倒くさい。


 無性に煙草を吸いたくなるのを客人の前で我慢しつつ、九里坂は作り笑顔を浮かべた。



「お話は分かりました。私はこれにて緊急事態の発令と共に、部隊指揮を行わねばなりませんので失礼させて頂きます。詳しい街の情報と、敵の情報に関してはそこにいる霧島瑠衣きりしまるい中尉にお伝えください」

「ありがとうございます!」


 深々と日本式のあいさつで頭を下げてくるルバナに背を向け、九里坂は早速司令所へと足を運んでオペレーターに回線を開かせたのだった。








『君達は即座に任務を放棄しその場から離脱しろ。ここから先はプロフェッショナルの仕事だ』

「それはありがたい申し出だが、データでは近くに街があるんだろ? 俺達は今ここを離脱すれば逃げ切れるかもしれない。でもそれは一か八かの賭けだ。何せ向こうは音速で空を飛び回る要塞クラスのデカブツだ。こっちがペダルべた踏みしてちまちま逃げたところで追いつかれる。だが同時にだ。逃げ切れようが逃げ切れまいがこの際置いとくとして、万が一俺達の次に街が狙われる可能性があるのなら、ここは逃げるよりもどうにかするべきじゃないのか?」


 こういう時だけ変に頭が回転するポンコツの楓に若干の苛立ちを感じつつも、九里坂は、


『正直な話をしよう。現実な話、君達が確実にドラゴンをどうにか出来るか兎も角として、これは既に戦争であり、日本国が未曽有の被害を受けて徴兵を発令しない限り、一般学生が戦争に介入することは法令違反となる。政財界のお歴々が考えることは、現場の正義よりも自分達の保身。どんなに綺麗ごとをお題目に翳したところで、一生徒の犠牲前提で作戦行動を起こしたとなれば、たとえそれが現場に居合わせた生徒の独断であろうと、世論という国民集団の声を武器を突き付けて野党がここぞとばかりに現政府を糾弾し引きずりおろしにかかるだろう』


 九里坂の突きつける生々しい現実を耳にして、苦虫をかみつぶすように顔を歪める楓。一方別回線に映る嵐の様子もまた、やってられないとばかりに肩を竦めていた。


 ただ一人ヴェロニカだけは一身に楓を見つめている。



「それでもだ。誰もかれもが同じ方向を向いていて、たった少しの可能性に目を瞑る世の中だとしてもだ。一つの街を犠牲にして自国民が生き残ったことを喜ぶ国民でありたいと俺は思わない! 通信ログを消し、GPS記録も消してしまえばいい。何なら偽装してしまえ。俺達が最初から現場に居合わせたことにすればお題目が立つだろう。聖女様の安全が絶対だというなら嵐に今すぐ連れ帰って貰う。だけどなぁ、誰よりもロボットが大好きな俺は、こいつが何もできないポンコツのまま扱われるのが我慢ならない! 俺はこいつと一緒に街へ行く」


 楓はグリップを操作してカーゴ内に用意された武器を次々と換装させていくと、カーゴから機体を下ろした。



「マジで行くのかよ! お前馬鹿だろ!」


 慌ててトレーラーから飛び出して来る嵐に、楓はコックピットを開けて姿を見せた。


「馬鹿だよ。でもよう、正義感抜きにしてお前はこのままでいいのか? 俺だったら嫌だ。一生罪悪感を背負っていくんだ。だったらこの中で唯一旧型第三世代AJポンコツを動かせる俺が行くべきだ。お前は聖女様をゲートに連れて行ってくれ」


「・・・・・・ったくよぉ。お前九里坂の冗談を真に受けるなよ! 九里坂が本気で聖女だけ生き残ればいいなんて思ってねえよ」

「知ってるよ。それくらい考えられないほど鈍感でも馬鹿でもない」

「数学赤点の癖にそれくらい計算できてますってみたいなこと言ってんじゃねえ! 何の作戦もないなら行くんじゃねえ! お姫様だけに逃げて貰う! トレーラーかっ飛ばせば何とかなるかもしれないからな!」


「いいえ。逃げる必要ないわ」


 トレーラーから出て来たヴェロニカは、楓と嵐にそう告げると、AJのカメラを真っすぐ見上げる。


「ああ。やれることがある」



 楓は両手の操縦桿を力強く握り、機体をトレーラーから離すと惹きつけるための威嚇射撃を行う。


 ドラゴンの機動がモニター上でわずかにこちらへ向いたことを確認すると、一斉に前面にブースターを逆噴射させて後ろに下がる。


『馬鹿やろー! もう少し離れてから噴射しやがれ!』


 数十メートル離れているとはいえ、舞い上がる砂埃のせいでゲホゲホしている嵐は、ヴェロニカと共にトレーラーへ乗り込んで走り出す。


 それを確認して今まさにドラゴンが急降下を開始した直後に、楓は信号弾へと切り替えて銃口をドラゴンへと向けた。


「核兵器とかレールガンは防げても、こいつはどうだ?」


 バシュ! っと盛大な音を響かせる信号弾は、ドラゴンの顔面に直撃した直後に眩い光を放ってその瞳へとダメージを与える。



 その結果、盲目状態に陥ったドラゴンは混乱の中、誰もいない平原と頭から地面に突っ込んで地面に埋もれたのだった。





 


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