第1話 GWから始まるポンコツ物語 Ⅰ


 生徒相談室かけこみでらとはよく言ったもので、楓が今現在訪れている場所は、悩める生徒の相談を受け付けたり、ほんの出来心で悪さをしてしまいましたと懺悔するピュアな生徒の為の場所。


 最も、灰皿が置かれている時点で生徒の受動喫煙を一切配慮しない、ヘビースモーカーな教師の隠れ家的な場所になっているのだが、そのせいで彼女を恐れている教師や生徒からは隠語でこう呼ばれている。


重喫煙竜種の巣ベヒーモス・ゾーンとか、悦子の部屋とか。


 後者は既に隠語ですらないのだが、ウケ狙いで名前をつけられたその場所は、悲しいことにゲストとして呼ばれた者にとって笑える要素は一つもない。



 カザフの生徒ではこの部屋のBGMを決めることが流行っているらしいのだが、生徒の間で投票が行われた結果、前者のイメージではゴットファーザー、後者のイメージでは徹子の部屋OPが投票数1位で、何故か心躍らない場所なのにごちうさOPが投票されていたらしい。


 その理由はこの部屋の主が投票したらしいということが判明。


 どこでどう嗅ぎつけたのか、空き教室の一室で行われた投票イベントは池田谷事件の如き凄惨な光景に様変わりし、主犯二人組は後に呼び出されることとなる。



「私がここに呼んだ理由はわかってるな? わかってるならイエスと言えよ」


 一週間前に行われた投票結果1位のBGMとは程遠い、ごちうさOPのBGMを嬉しそうに流し、楓と嵐ポンコツ馬鹿の心臓の鼓動を恐怖でぴょんぴょん踊らせる九里坂。


「「イエス・サー!」」


 呼ばれたのは朝の時点では楓だけの筈だったが、みんなの模範の九里坂先生はしっかり一週間前の出来事を覚えており、もう一人の主犯をもれなく連行していた結果である。


 

「だが頭と察しの悪いお前達の為に、心優しい私は懇切丁寧に教えてやろう。現在私は、GWの間に行われる特別課題のプログラム内容を考えることを任されている。つまり忙しい身というわけだ。それなのにどこかのお馬鹿さんが、産休でお休みになっている冴島涼子先生に出されたロボット工学の課題を出し忘れ、忙しいながらもそれの受け取りと採点の為に貴重な時間を割いて待っていた私の時間を奪ったわけだ」


「大変心苦しく」

「ビー、クワイエット」


 口元に人差し指を充てて、穏やかに「黙れ」と英語で罵る教師。




「それでそんな楓にGWの時間を有意義に使った特別課題を与えてやろうと思ってな。時間の大切さを学ぶには丁度いい特別課題だ。嬉しいだろ? ほら喜べよ? 死にてえのか」


「物凄く嬉しいです!」


 絶対的な圧力を前に、自分の人権がプレス機に掛けられた気分に陥る楓だが、ここで嵐は致命的なミスを犯す。


「それじゃあ俺は関係ないですよね?」

「嵐。とある小説の中で、主人公と爆裂少女が屋敷の中で会話した中にこんな言葉があった。友人とは苦難を分かち合うもの。とな。実にいい言葉じゃないか? ほらそうだと言えよ」


 カザフ版池田屋事件が持ち出されなくて一瞬安堵するも、地獄なことにかわりはない。

「実にいい言葉であります!」


 何でこの鬼畜教官がそんな小説読んでるんだとか、小説の内容を覚えているんだとか一切合切思った疑問が頭から吹っ飛ぶほどの恐怖は、ただただ嵐を従順なチワワに仕立て上げる。


「さて、二人が特別課題に参加するということで話を進めよう。今回の課題は一般的な学生がこなす課題とは異なる。それ故に特別に単位と“報酬”が用意されている。だからそう悲観するようなものではない」


「マジすか!? やったぜ! GW中にバイトしようかどうか悩んだけど、それならモチベーションが上がるぜ!」

「嵐が喜んでくれて私は嬉しいよ。それこそ飴を用意した甲斐があるってものだ」


「「へ?」」


 つまるところ、飴があるというのなら鞭もある。


 揺りかごから墓場までという言葉がある様に、天国から地獄までという言葉も存在するということだ。


 最も二人はどこが天国でどこが地獄としての着地点かなど、この時点では知る由もないのだが、九里坂の態度を見て、知ることは無くても察っすることは出来てしまった。


 何せ噂に名高い鬼畜教官である。


 特別課題が過去に生易しかったことなどないし、ましてや二人は巷に溢れる小説のような鈍感系主人公ではない。


 このほど鈍感系であれたらどんなに幸せだったかなんて思ったところで後の祭り。



 地獄の釜の蓋とは得てして主人公の死角で開いているものである。






 楓と嵐は近代的なコンクリートの建造物の一階ロビーにやってきていた。


 同じ風見ヶ丘大学付属学院カザフの敷地内にある建物なのだが、校舎と比べると一段とセキュリティが厳重で何よりシステマチックなのが印象的だ。

 最もそんな光景も入学翌日から足を運んでいれば見慣れるもので、ここに移民生活支援制度を受けた異世界人がいたとしても驚くことはない。


 移民生活支援制度とは、いわゆる政府が異文化交流の名目で異世界人の為の制度であるが、実のところ異世界人が有しているこちらにない技術を取り入れる為の、実にこちらの都合の良い制度であることは公然の秘密とされている。


 その最たるものが魔法技術や魔導具やそれを製造する技術である。


 異世界同士が一つに繋がってまだ十数年の時間経過の中で、入手できたものはたかが知れているものだが、それでも少しずつ形になってきているのは確か。


 その証拠にこの施設ギルドに置かれている設備は、向こう側の魔導具技術を応用したものばかりで、生徒に配布されているギルドカードもそれで生み出されたものである。


 まだまだ未知な部分が多い中でこうして利用できていることは、向こう側の人間からすれば実に凄い事なのだが、知識や探求心に関して貪欲な日本人は、向こう側の魔法研究者を驚かせるほどの勤勉さと、寝食を惜しむほど自分の時間を削って今も研究を続けている。


 移民生活支援を受けてこちらで生活し、そしてカザフの生徒として通っているヴェロニカ=ヴァレンタインもまた、その勤勉さに心を打たれた人間である。


 最も心を打たれてもその感動を表に出せないのが彼女で、無表情で無感情な声音がデフォルトのビスクドールのようなところが特徴的と言ったところか。


 クールビューティー。そう評するものは多く、170を越える身長と大きすぎずそれでいて整った胸とくびれが織りなす美の黄金比率と、健康的な太ももが思春期男子の目をくぎ付けする美脚からなる全体的な美しさは、最早チートと言わざるを得ない。


 それ故に楓と嵐は彼女を見て首を傾げるしかなかった。


 自他ともに認めるポンコツな自分達が、何故に彼女と一緒に活動することになっているのかと。


 そもそもこれは本当に特別課題なのか?


 明らかに美女と調査活動がご褒美にしか思えない二人は、おもわず九里坂のドッキリ大作戦だったのではと思った。


「現地ガイドを任されたヴェロニカ=ヴァレンタインよ。今日からよろしく頼むわね二人とも」

「ああ。嵯峨楓だ。楓でいい」

「俺は清木場嵐。嵐でいい」


 ここに来るまでの間に抱いていた不安が、目の前の美女の姿を見て一気に吹っ飛んだ二人は、タップダンスの如く軽快に気持ちが弾む心を抑えきれないながらも、彼女に促されてギルドの外へと移動した。



 広大な面積を誇る敷地の中に存在する異世界への玄関口の一つカザフ・ゲート。


 学園都市である風見ヶ丘の中にはこうしたゲートがいくつか存在するのだが、共通しているのはゲート内外周辺は特別な防壁が築かれ、民間軍事企業によって派遣された兵士達が拠点を築いて駐留していることだ。


 要は空の玄関口の空港と一緒である。


 民間で運営している空港の入国審査を行っているのが法務局の入国管理局で国家公務員。


 昔は省庁でバラバラだったが局で統一されているのだが別の話として、カザフ・ゲートの運営は民間軍事企業が行っているが入国審査は国が行っている。


 それ故に生徒達の安全が保障されているのだが、それでも危険は残っている。

 

 なので万全を期して、日本のトップ企業が誇り特許が独占されている兵器、AJこと人型機動兵器アームジャケットが守りを固めている。



 二つの世界が一つに繋がった“ゲートの一つ”は、こうして厳重な守りで固められているのである。



「毎度ここを通るたびに目を輝かせるよなお前」


 嬉しそうに目を輝かせる楓を見て、対照的に興味なさそうな顔をする嵐。


「なんだよロマンがないな」

「アニメは好きだけどな。現実に直面すると萎えるもんなんだよ」


 嵐曰く、あれは自分がエースパイロットになった気分で妄想できるから夢があるのであって、現実に操縦すると生死がかかってるだけでなく、訓練の時点で心が折れるのだとか。

 例えるなら好きなものは趣味のうちはいいが、いざ仕事にするとそれが好きでなくなるのと同じ。


 そんなものを好きでい続けて尚且つ仕事に出来るのはクレイジーな奴だけだ。


 嵐の言葉を聞いたヴェロニカは、なるほどと頷きはするものの、対照的な楓の様子にはどこか興味を示す。


「貴方は好きでい続けることができるのね?」

「勿論だ」

「それは良かったわ」


 一体それがどういう意味での言葉だったのかなんて、今の楓に知る由もないが、その意味はこの後に思い知らされることとなる。



「お待ちしておりました。九里坂少佐から連絡を受けております。こちらへどうぞ」

 生徒相手にも丁寧な対応をしてくれる兵士に気を良くしながら、楓と嵐がヴェロニカについていくと、そこには一台のカーゴ付きトレーラーとAJが待機していた。


 全長20メートルの人型巨大兵器は、積層型圧接加工式装甲板、通称プレストシェールがふんだんに使われているものだが、楓の目にはそれが世代遅れの機体であることが見てわかる。


 ゲート周辺に展開している機体は陸戦特化機体で、最新世代なのだが、目の前にある機体は換装で陸海空に対応できる汎用機。


 それ故にショルダーや各部パーツには、装備のジョイント部分が無駄に多く存在しているのだ。


 最もそれは試験的に造られた第三世代主流時代の最後のモデルで、製造数はたったの数機で、1年で姿を消したことから幻の第三世代とされている。


 さらに言うならば、ピーキーな機体性能がパイロット泣かせの原因と、既にこの機体が出ている頃に第四世代が登場し始めたことから、生産打ち切りの憂き目にあった不遇の第三世代モデル。


 ヴェルサスと名付けられたその機体は、AJマニアの間では結構有名な機体である。



「ヴァンツァーとガンダムを足して二で割ったようなデザインだな」


 率直な嵐の感想に楓は呆れたように肩を竦めて見せる。


「こいつは第三世代機だぜ? 今は第四世代まで出ているけど、こいつは他の陸戦と違い頑丈に出来てるんだ。エンジン出力も第四世代の陸戦特化機体よりも高い」


「へえ。でも第四世代機の方が優れてるんだろ?」

「馬鹿言うな。こいつはシステム面では古いかもしれないがまだまだ現役を張れる。自慢じゃないが俺はこいつの操縦システムならシミュレーションでハイスコア叩き出せるぜ。優れているかどうかなんてのは結局パイロット次第だ」


「そう。それは良かったわ。前もって九里坂先生に確認して用意して貰った甲斐があったわ」

「へ?」


 無表情で無感情な声音のヴェロニカの不穏な言葉に、眼をぱちくりさせながら楓はヴェロニカと機体の間で視線を彷徨わせた。


「貴方がこれに乗るのよ。今回の仕事は最近出没が確認している竜種の調査。法令上新世代機を向こう側に持っていくことに条件があって、そのせいで用意出来る機体がこれだけだったから、主流となっている第四世代と違い、複雑な操縦システムのこのモデルを操縦できる人が学生で欲しかった。それとトレーラーの運転手。ライセンスカード一応持ってきてるわね?」



 彼女の言葉を聞いて二人はそこで初めて気づく。


「「嵌められたああああああああああ」」


 今回の活動は体裁は学生の特別課題とされている。


 任務内容は友好国内で散見されている竜種の調査なのだが、これがまた異世界の事情が絡んできていることで複雑な状況となっていた。


 現在カザフゲート側の世界では、ドラゴンとは世界最強生物であり、過去にドラゴンを討伐したものはおらず、ドラゴン=厄災とされていた。

 それがいつしか戦争に用いられるくらいに、世界中の国ではドラゴンテイムの技術が発達。

 結果、ドラゴンを用いればあっという間に戦争が終わるということで、あちこちでドラゴンを保有するようになった。


 最も問題はここからだ。


 カザフゲートの向こう側のブランベル王国は人道的道徳的な観点から、野生のドラゴンを捕獲し手なずけることに消極的で、唯一ドラゴンを保有していない国なのだ。


 そんな国でドラゴンが目撃されたのである。


 野生のドラゴンの可能性もあるのだが、王国の敵国が放ったドラゴンかも知れない。


 この調査はドラゴンという特性上軍事企業のベテラン達に回したいところであるが、もしこれが王国の敵国の放ったドラゴンだった場合は侵略行為だ。

 その時点でそこからビジネスの話となる。



 異世界内の問題については他国となるので、政府は国内の世論に対し敏感なために安易に戦争に介入できない。


 それ故に軍事企業が友好国に対しビジネスの話を持ち掛けるのである。


 ドラゴンから国民を保護してやるから金、もしくはそれに見合う報酬を出せと。


 シンプルに言えばそうなるのだ。 


 だが今のところ調査してみないとわからないので、わからないうちに民間の軍人や兵器をドカドカ送り込めば、いらないもめ事を引き起こすしちょっとした騒動となってしまう。


『つまるところ、学生がちょっとした訓練で機体を徘徊させる程度で済ませたいわけだ』


 文句を言いに持ってきた通信回線越しに煙草をふかして見せる作戦指揮官は、悪戯が成功した子供の如き笑みを浮かべてそう告げた。


 デリケートな政治問題が絡んだ任務に学生ツッコむとか頭おかしいぞと抗議したところで、既に決定事項である以上、更に有事の際には学生でも兵士になるご時世であるからして、更に言うなれば今現在特別任務はその真っただ中なわけで。


 そして政府が絡んでいないから政治問題ではないと言われてしまえば、ぐうの音も出ない。



 結果、二人は臨時で徴兵された民間軍事企業のアルバイトとして、命の危険の割に安すぎるアルバイト代金の為に、回線越し目の前の上官の命令に従わざるを得なかった。


『ちなみに彼女はガイドであり移民生活支援という名目で滞在しているお客様でもある。貴様達が死ぬのは勝手だが、彼女は必ず生かして帰せよ?』


 更に余計な仕事も押し付けてくれる当たり、実に良い性格をしている。


 絶対に生きて帰ってあの女の胸を揉みしだいてやると誓うほどには。






『なあ、暫く走ってんだけど冒険者生徒いねえなぁ』

「GWだからじゃねえの? アレだ。今頃草津あたりの温泉とか学生で賑わってんじゃねえ?」


 トレーラーにけん引されるカーゴに載せられた機体の中で、回線から漏れる嵐の愚痴をBGM代わりに楓は調整作業を行っていた。


「そう言えばトレーラーの中に宿泊設備が整ってるけど、これって連泊任務なわけ?」

『そこはガイドさんに聞いてみてくれ』


 そう言われた楓は、コックピットハッチから機体の中を覗き込んでいるヴェロニカに尋ねた。


「そうなん?」

「そのつもりよ。食料もちゃんと準備してあるわ。一つしかないベッドは私が使わせて貰うけど」


 しれっとベッドの使用権をヴェロニカが握っていることは兎も角として、楓は純粋に何故彼女がこの特別課題に臨んだのか不思議だった。


 特に現地人としてはドラゴンの怖さは自分達より知っている筈だと。


 だからそれが口をついて出るのは自然の流れ。


「何でこの課題に?」


 コックピットの中で作業する楓の様子を眺めながら、ヴェロニカは差し入れとしてトレーラー内に常備してあったペットボトルの水を差しだして来る。

 ひんやりとしていた水を手に取って楓は礼を言ったが、違和感を覚えた。


最もその違和感はヴェロニカの口からすぐに明らかになる。


「私は貴方の世界で言う特異体質なの。冷気を放出する力というのかしら。私達の世界ではこの力を聖霊に与えられた聖霊資質と呼び、その力を持つ女子供を聖女候補と呼んで、しかるべき機関で聖女として訓練と教育を施すわ」


『夏場が楽そうだな』

 運転しながら率直な意見を口にしてくる嵐の声を聴いて苦笑するが、気にした様子を見せないヴェロニカは話を続けた。


「特に私は聖女の中でも数少ない稀少な能力で、本来であれば“留学”を認められるような存在じゃない。でもブランベルク王国は、聖女を管理している聖霊協会というこの世界で絶大な権威を誇る宗教組織の意向を無視し、私の留学を認め送った」


「それだけの何か理由があるのか」


 楓の中で妄想上の誰かが『その先は地獄だぞ』なんて喋っているが、最早この流れは止められないだろうと腹をくくるしかなかった。

 何せ既にミッションはスタートしている。


「様々な国家がドラゴンを捕獲し、それを戦場へと投入し始めている。小さいものでも全長10メートルを超え、巨大なドラゴンは50メートルを楽々超える。その装甲とも言える鱗は大型レールガンでも貫通が難しいほどの分厚さと強度を誇っている。一枚数百キロを体に数千枚と張り付けているのよ。核爆弾にさえ耐えられると貴方の世界では言われているわ。最もそれは過去の戦闘記録に基づいて推測されたデータで、実際にレールガンとか核爆弾なんて試されてないわ」

ヘヴィーなオブジェクトも主砲投棄して逃げ出すんじゃねえのか?


 ふざけんな九里坂!


 この場にいない上官への悪口を重ねるポンコツ二人組の叫びは空へと消える。



「・・・・・・それがどうして留学に繋がるんだ?」

「ブランベルク王国はドラゴンを道徳的な観念からドラゴンを兵器として保有していないからよ。そうしなくても国を守れるほどの技術を手に入れたい。その為に双方の国にとって問題なさそうな者達を選定し留学させる。技能実習って言えば聞こえがいいかしら?」


 一昔前では様々な国から技能実習生を受け入れていた日本だったが、その数も大分減っているし研修先も限定されるようになった。


 何せ世界でトップクラスの財閥である嵯峨財閥が、AJ関連の特許を全て独占しているのが最もな理由である。世界で唯一AJを製造している嵯峨財閥関連企業なのだが、これはいわゆるアメリカへの意趣返し。


 一昔前にイージスや戦闘機を日本へ貸し出したり売却していたが、イージスの技術は秘匿されブラックボックス化されていた。


 日本の防衛費から金をむしり取ろうとするアメリカに対し、嵯峨財閥は陸海空の性圧力に特化した人型機動兵器の開発に成功することで、この立場を逆転したのである。


 今ではアメリカや友好国がしきりにAJの技術開示を要求するが、嵯峨財閥はこれをあっさりと突っぱねるばかりか、しつこいと貸し出しを止めるぞと脅しつける始末。


 そんな中、日本政府が技能実習生としてブランベルク王国の国民の一部の留学を認めたのだから、同じ世界の他国以上にブランベルク王国の方が魅力的だったに違いないと楓は推測した。


「ちなみにブランベルク王国には聖竜伝説があるの。聖霊資質を持つ聖女が聖竜から授かった宝玉を用い、貴方の世界で言うAJ、まあ私達の世界で言う魔導騎兵に組み込んで、邪竜討伐に臨んだの。それが王国初の神聖騎兵と呼ばれているのだけど、そ魔導騎兵は元々遺跡から発掘されたもの。現在世界にある魔導騎兵は、0から試行錯誤して再現を試みた失敗作。動きは鈍く魔力をガンガン使う操縦者泣かせの、良くて盾にしかならない大きな的。攻城兵器としても心もとない欠陥兵器。貴方達の世界ではポンコツを表す確か───」


『「ライフリング・ゼロ」』


 通信回線越しの嵐の言葉と楓の言葉が絶妙なハーモニーを奏でるが、当の本人はちっとも喜べない。


 何せライフリング・ゼロとは昔でこそ違った意味だが、今ではポンコツの代名詞である。


 ライフリングの無い銃は無駄弾製造機であり、それ自体欠陥品。

 それをポンコツの代名詞にすることを考えた奴は余程銃が嫌いなんだろうな。


 でもそんなポンコツ兵器に好感が持てるかと言えば意外とそうでもない。


「他にもポンコツな特徴があるわ。まず、AJの様に全天周壁面モニターは無いわ。外を確認するのは胴部の小窓よ。全長6メートルから8メートルの機体がばらばらに存在するのは、全てが手作業であり設計も使用する魔法術式に重点が置かれているせい。夏場になれば蒸し暑いし大雨の日なんかは視界が悪いだけじゃなく、小窓から雨水がバシャバシャ入って来るし、コックピットの中は汗臭いとかかび臭いとかそんなのばっかり」


 聞いているだけで想像が出来てしまうポンコツぶりに、楓は次第に渋面をつくりこれでもかというくらいに不細工な顔となる。


 更に追い打ちをかけるように話は続く。


「おまけにロット管理もシリアルもへったくれもない部品のせいで、整備に手間がかかるし、電動グラインダーなんてものが存在しないのだから加工に時間はかかる。私からすればまず魔導騎兵作る前に製造用の道具を開発するとかしないといけないわ。だって開発用の道具技術が発展しないことも、設計者の設計意欲をそぐ一因になってるんだから。大雑把な設計図渡されて職人達は毎度頭を悩ませて、結果、製材や材料の精錬すら大雑把になってしまうのよ。いわゆる“これでいっか”症候群が蔓延した末期症状ね」


「世紀末だな」


 絶対にそんなもので作戦行動なんてしたくないと考えてしまう楓。



「作り手に愛を感じないよなぁ。まあ他所のことをとやかく言うつもりはない。今の話の流れからすると、王国は下心あって聖女様をこっちに送り出したわけだ。聖霊協会っておっかない宗教組織の機嫌損ねてでも」


「ええそんなところね」


『それでだ。肝心な答えが抜けてるんだが、ヴァレンタインさんが今回の任務のガイドになった理由は?』


 嵐の質問に対しヴェロニカはそう言えばと思い出したような仕草をする。



「報酬金額の良さかしら。じゃなきゃポンコツ二人の面倒を見るシッターの仕事なんて引き受けないわ」


 

 ヴェロニカの回答にぐうの音も出ない二人だった。


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