第16話 棺

 入社する時に買ったスーツを着て二日分の服を鞄に詰め込む。

 新幹線の駅のホームで再度、和枝ちゃんに電話を掛けた。

 一度目は、職場を出る時に電話を掛けた。

 私が泣きじゃくってしまったので、新幹線乗る前に連絡してほしいと言われ、これが二度目の電話だ。


「かずえちゃん、さっきはすみません。今、駅に着いたけん、3時間くらいで帰れると思います」


「3時間くらいやね。駅に北九州の叔父さんが迎えに行くっていいよるけん、着いたら改札の前で待っとってね」


 通話を切って到着した新幹線の車内へと乗り込む。


 移動中、職場オーナーからお悔やみのメールが届いた。

 二通目のメールが届いてお通夜の会場の場所を教えてくださいと書いてあった。


 私もまだ場所は知らなかったので和枝ちゃんにメールを入れて場所を尋ねた。

 北九州の叔父さんが迎えに行くから場所の住所までは不要だと思ったのだろう。

 しばらくして住所の記載されたメールが送られてきた。

 文をコピーしてオーナーに送り返すと伺いますだったか、通夜に参加するような文が記載されていたと思う。

 私は窓の外に映る景色を博多駅に着くまで眺めていた。

 まだ九州新幹線ができる前だったので地元に行く為には博多で在来線に乗り換えなければならない。

 電車を乗り換えて地元の駅を目指す。

 地元の駅に近付くにつれてお父さんとの思い出が蘇ってくる。

 亡くなったという実感はまだ湧かない。


 地元の駅に到着し、改札を抜けると北九州の叔父さんが立っていた。

 車を駐車させている場所まで一緒に向かう。

 叔父さんはお父さんの弟なので顔は少し似ている。

 叔父さんの横顔を見ていると、叔父さんが笑った。


「俺の顔、お父さんに似とろう?もうすぐ着くけんね」



 通夜の式場に着いた。


 私は荷物を持って叔父さんの後ろを歩く。

 受付を式場のスタッフが準備してくれているのを横目で見て、開いていた扉をくぐった。


 祭壇の前に置かれた棺が視界に入った瞬間、涙が瞳に溢れて膝を床に付けた。


 まだ父親の姿を見たわけではないけど、一気に力が抜けた。


 叔父さんが立たせてくれてなんとか歩くことができた。

 膝がガクガク震え、駆け寄りたい気持ちもあったがこれ以上棺桶に近付きたくない気持ちもあった。

 棺桶の真横にパイプ椅子が置かれていて北九州の叔父さんの息子さんがそこに座っていた。


「あっ、おいちゃん。めぐちゃん来たよ」


 おいちゃんとは、お父さんのことだ。棺桶の中に居るお父さんに向けて明るい声で息子さんがお父さんに語り掛ける。

 息子さんは椅子から立って私の背中に手を添えてくれた。


「おいちゃん、俺よりめぐちゃんと話したいって言いよったよ」


 私が泣いていたので少しでも元気になってほしいと思って言ってくれた言葉だと思うけどその時は全く何も思わなかった。

 棺桶を覗き込むとお父さんが其処に眠っていた。口は少し開いている。


 涙がまた溢れ出た。




 お父さんは死んだんだ。

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