十八歳 雨だれのプレリュード
病状は一進一退だった。鳴りを潜めていた『白百合の病』が、十八歳のミヨシくんの
孫は
水は腫れた
孫は無言で痛み止めを呑む。呑んだ後は大抵、お気に入りの揺り椅子に沈み込んで、
私の心は限界を迎えていた。千切れて壊れてしまいそうな精神を繋ぎ止める方法として、私は霊媒師を頼るようになる。
孫の
還る場所は、ふたりきりのレッスン室のはずなのに、静かな苦しみの水を
天界の愛娘は、抽象的なメッセージを送ってきた。
「人間は、生きていくために絶望するのです。個と他者。個と世界。双方の溝を愛で埋めようとするから苦しくなります。生きることは苦しむこと。いつか完全に消滅する日まで続く苦しみです」
苦しくて当然。苦しみ抜いて生きよう。そんな想いで雑居ビルに戻ると、完璧ではないレッスン室の防音壁の向こうから、
変ニ長調で始まった曲は中間部、嬰ハ短調に沈む。不安を洗おうとする冷静な雨の音が、もはや冷静では、いられなくなる。やさしくて
身体と精神の死。その深淵を垣間見て地面に叩き付けられる。しかし再び光は射し、
ミヨシくんも、また、生きることは苦しむこと。そう云い聴かせているに違いない。器を飛び出しそうな痛みを「個」に押し込めて、身近に居る私に
プレリュードに終止和音を置いたミヨシくんを、抱き締める。
「ひとりぼっちにさせて悪かった。許しておくれ」
「許す? 何を許せば、いいの? おじいちゃん、変だよ。何も悪くないのに」
そんな夜が繰り返された。凍結が近付く花の生命を抱く夜の私は泣いているから、ミヨシくんが涙を拭いてくれる。かろうじて指は無事だ。膝に続き、
じわじわと進む病態に恐れを成して、私は
孫は
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