十五歳 仔犬のワルツ
ミヨシくんが、インターネットで取り寄せた新しい
白い
そんなシンプルな衣装が、しっくりと似合う彼であったが、たまには違う
「孫の衣装をお願いしたいのですが」
持参した
「世界一美しいと
カウンターの向こうの仕立て屋の婦人は「アンドレ専」らしい。
「腕が鳴ります。お任せください」
自信満々に請け負った。
数日後、私のイメージどおりの
女流作家のジョルジュ・サンドの別荘にて、穏やかに暮らしていた時代のフレデリク・ショパンが作ったワルツ。サンドの飼い犬には、自分の尻尾を追い掛けて、くるくると廻る癖があったと語り継がれる。
その様子を「曲にして」と云うサンド。せがまれたショパンが弾いた旋律が、
軽快なワルツを弾き終えたミヨシくんは、笑顔だった。
「腫れたのが左膝で良かった。ピアノを弾くには困らないもの」
十四歳の日に腫らせた左膝の炎症は、時折、再燃しているが、他の関節は無事だった。グランドピアノを弾く際、左足はシフトペダルを踏む足だ。ソフトペダルとも呼ばれる。音量をまろやかにするペダルだが、使う必要のない曲の場合、左足は投げ出していても、いい。
ミヨシくんの足は少しだけ不自由に腫れていたが、指は自由に鍵盤の上を走り廻った。右足で踏むダンパーペダルを僅かに使い、快活なフレーズと温和なフレーズを弾き分ける。ミヨシくんの技術と表現力は、更に
「明日は、僕を治してくれる先生が来る日だ。十四歳で膝が腫れ始めたとき、心細くなった。いよいよ、お母さんと同じ姿に成るのかと感じて、それは怖くないのだけれど、おじいちゃんと別れる日が近いのかもと考えたら、思い出を全部、捨ててしまいたくなったんだ」
十五歳のミヨシくんが
「思い出は、残してこそ尊いのではないかい?」
「思い出すたびに泣いて欲しくない。だから粉々に、したんだ。奥さんも、娘も、そして孫も喪うなんて、おじいちゃんの心が
私はミヨシくんに
「縁起でもないことを云うんじゃないよ。私がミヨシくんを
私は十五歳の孫の、すべすべとした
ミヨシくんは、書棚にウィッグ用のオイル・トリートメントと千代紙を並べていた。残りが少なくなってきたと感じたら、ネットで同じものを注文する。私がショッピングとニュースの閲覧に使うパソコンは、ミヨシくんと共有だ。
孫はネット上に
ミヨシくんと私の、ふたりきりの空間。
邪魔をする者は居ない。居るとすれば進行する病魔だ。
イワノ医師は、前回の血液検査の結果を私にだけ提示した。ミヨシくんが『仔犬のワルツ』を弾くレッスン室で、彼の後ろ姿を確認したうえで、そっと私に
「処方箋を増やして様子を見ましょう」
文字は如実に病状の進行を物語っている。
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