十一歳 やさしい花
孫は『やさしい花』のように咲いていた。ほっそりとした身体に着せた白いブラウスの
十一歳のミヨシくんは、書棚から新しい教材を選んだ。
『ブルグミュラー二十五の練習曲』
大抵、バイエルの次の過程に選ばれる教材。ハノンで基礎を固めているミヨシくんには相応であり、私は孫の選択に賛同した。
「必ずしも一番から順に弾く必要は、ないよ。好きなタイトルを選んで御覧」
私の提案にミヨシくんが選んだ曲は、
ブルグミュラーの十番『やさしい花』だった。
「ミヨシくんみたいなタイトルだね」
「そうかな。お母さんみたいなタイトルだよ」
私は娘を『白百合の病』で亡くした。病の進行を妨げるために選択される薬剤が、娘の気持ちを波立たせ、生来の穏やかな性格からは程遠い攻撃性を
イワノ医師の云いつけどおり、直接、太陽の光や外の強風を浴びせぬよう、守られるべき温室育ちの花である。私が育てているのは、
私は時々、
茎の細い白い花には、水と肥料と薬を忘れずに。
「ミヨシくん、今日の、お昼は何を食べようか」
朝食は、いつもパンペルデュ。一晩、
これだけカルシウムを摂取していると云うのに、孫は十歳のころと同じ身長で、運動を制限された生活の中、滋養食で体重を増やすことも無い。すべての活動は終末に向かう。カロリーは生命を維持するための数字に変換される。
「お昼は、今日も、おじいちゃんと半分ずつが、いい」
「同じものかい? 筋向いのレストランで、テイクアウトするフェットゥチーネは、どうかな?」
なるべく滋養のあるものを提案する。私を生活習慣病に導くぐらいのハイカロリーなランチを、いつも、ふたりで半分ずつしていた。孫は十歳の胃の大きさで、未来へ成長しようとするエネルギーが働かない病に侵されている
「うん。
「では、そうしよう」
ゆくりなく私の好みの
今日も私はレストランに予約の電話をして、ランチをテイクアウトする。ついでにディナーも注文しておく。
住居のキッチンは、パンペルデュ専用に使われるようになって久しい。
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