友達の銀次
まぶしいくらい強く朝の日が差している。ずっと眠っていた感覚で、浩一は目を覚ました。
何時間眠っていたかなんてわからない。昨日寝入ったのかな。覚えていない…。寝入った時間も今何時かさえもわからない。
浩一は時計を探した。体を起こして視線を上部にゆっくりと回転しながら動かす。どうもここは自分の部屋のようだ。
あらためて思った。忘れているのだと。何で自分はここにいるのかということを。
半分ほど体を捻った時、浩一は声をあげた。父親が首を吊っていたのだ。
「え?な、何故?」声が恐怖でかすれた。
部屋の隅には空のペットボトル、机の上には灰皿で何かを燃やした後がある。
親父が死んでいる!?。何で首を吊ったのだろう。何で親父は自殺なんかしたんだろう。しかも俺の部屋で…。
浩一はなんら思い当たるふしがなかった。
震えが生じた。そして冷や汗が出ていた。冷汗が出ているということは身体が死に至るような何か危険なことは起きたという証拠だと、いつか見たテレビ番組、何とかジェネラルとか言ったか…で言っていた。とにかく昨日までの記憶はあるんだ。昨日この家に帰ってきて…そこまでは覚えている。
それよりも親父が死んでいる。叫びたい衝動にかられた。
下の玄関ドアをたたく音。鍵が開いているので開けて入ってきゃがった。
(誰だ!)
「お~い浩一ぃ〜、居んのかあ?」
下からあほらしい声が聞こえた。この部屋まで上がってきやがった。あの声はヤク仲間の銀次だ。部屋のドアは開いているのでズカズカと入ってきた。銀次はいつもそうだ。完全に自分の部屋だと思っていやがる。毎日は来ないが時々ヤクを打つ為に浩一の部屋に来る。一つ下の風来坊だ。それ以上浩一は銀次のことを知らない。どこに住んでいるかも知らない。
しかし、知らなくていいのだ。ヤクを打てば帰って行く。そういう関係だ。
「な、なんなんだー」
銀次が叫んだ。
「親父さんどうして…」
「どうしてって、どうも縊死{いし}のようだ」
「縊死ってなんだ?自殺?殺人かもしれねえじゃん」
「まあな。それより、俺が昨日帰ってきたときから覚えてないんだ」
「覚えてない!?ひょっとしてお前…」
「だから、殺してないって。俺じゃないし、殺人でもねえよ。絞殺だとしたら絞殺痕の位置が違うし、扼殺としては吉川線がない。首吊り自殺だ」
「お前よく知ってんな、そんなこと」
「まあな。とにかく親父を降ろしてやりたい。手伝ってくれないか」
銀次は手際よく手伝ってくれた。硬直はまだあったので、おそらく昨日亡くなったのだろうと浩一は思った。
「遺書はあったのか?」銀次が当然あるだろうみたいな口調で言った。
「わからん」
「わからんって、何も残さず死ぬような親父さんじゃないだろう」
「お前親父をよく知ってんのか?」
「ま、まあたまに来た時に会ったことはあるよ」
「多分そこの机にある燃やしカスが遺書だったんだろう。状況からすると俺が燃やした感じだな」
浩一は覚えていない自分と、一縷の望みのないこの状態にどうしていいかわからなかった。誰かに助けて欲しかった。でも、今ここに居るのは普段から頼りない銀次のみだ。そのことが一層浩一を落胆させた。
「銀次、俺は母親を殺した。狭心症発作が起きたとき、わざとニトロだと言って別の強心配糖体を飲ませた。母さんは苦しんだ。吉川線ができないように手を抑えつけた。俺はまだ子供だったし、母さんは薬を間違えて飲んで死亡したということになった。でも、それはおれの計画的な仕業だった」
「それで吉川線を知っていたのか」
「遺書には多分そのことが書いてあったのだろう。親父は自分も死んで俺を殺そうと思った。それが昨日多分失敗したんだよ」
少しの時間が流れた。
「知っているよ」と銀次が言った。
「なんだって?」
「俺はもうヤク中じゃねえ。今お前と打っているのはコカルボキシラーゼを静脈注射しているだけだ。長い間かかったが、ヤクはもう抜けているよ。それに親父さんがお前を殺そうとは思っていなかった。想像だが、息子殺しの失敗じゃない」
「俺が打っているのは?」
「浩一が打っているのはまだ5回に1回はヤクだ。お前はまだ抜けてない」
「なぜそんなことをしている」
「親父さんに頼まれたからだ。お前のことは何もかも知っている。母親のことも訊いている」
「親父に訊いたのか?」
「俺は親父さんに恩がある。薬漬けで死んだも同然の俺を助けてくれた。コカルボキシラーゼを最初は10回に1回、それをだんだん割合を増やしていって、ヤクから抜けさせてくれた」
「親父に?」
「俺は親父さんに頼まれた。お前がもし生きていたら、浩一を頼むってな」
浩一は、うつむいたふりをして涙を一滴落とした。
(終)
(注)コカルボキシラーゼ(ビタミンB1の補酵素)でヘロイン等からは断ち切られられません。
本当の理由 迫 公則 @mrsa
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