どんがら

結婚してしばらくは自分、有料老人ホームで働いていました。でも有休は取りづらいし時間外手当も何だかんだ理由をつけて出してくれないし、かなりブラックだったので、奥さんが妊娠したのを機に求職活動していまの職場に変えました。ええ、同じ介護士で、今度は病院です。せっかく介護福祉士の資格も取ったし、この仕事は嫌いじゃないし、給料安いのだけがあれですけど、まあ、子供が保育園に通い出せば奥さんもまた働けるようになるし、そんな感じで。

病院あるあるの怖い話なんかそんなにないですよ。怖いとか気味悪いとか、思い始めたらきりがないし。あるとしたら、ひとつ…自分が最上階の療養病棟の担当だったときの話で…血まみれの女の人を見たとかそういうのじゃないけど、地味に怖かった話です。

夜勤は各階看護師と介護士の二人体制で、巡視は2時間おきにひとりで回るんですが、自分が20時の巡視に行ったら、ナースステーションから一番遠い4人部屋に置いてあるラジオがつけっぱなしになっていたのでスイッチを切って戻りました。早番の介護が16時に帰る前に消すことになっているんですが、忘れることもあるし、ナースステーションに戻って、そのときの相棒は看護学校出たての男の子だったんですけど、相棒にラジオついてたから消しといたよって報告したら、え、僕が申し送りの後で日勤のナースに用があって探しに行ったときあの部屋の前も通りましたけどその時は音しませんでしたよ、って言うんです。その部屋の患者さんは全員経菅栄養で寝たきりの、自分では動けない人達だから、じゃあ誰がラジオつけたんだって話になって、出ましたかねえなんて笑ってその時はそれで終わりになりました。

 で、次の巡視は相棒の番だったんですね。22時。自分はバイタルチェックの表に記入したりしながら待ってました。そしたら相棒、小走りで戻ってきて、青い顔でやめて下さいよぉホントに、って言うんです。何なに、ナニがって自分が聞くと、ラジオついてましたよ!冗談きっついっすよ、って。こっちもええっ!ってなって、嘘嘘嘘でしょ、俺ホントに消したよ、そっちこそ冗談でしょ、みたいな。そのときはもうお互いかなりビビってたから、すぐ2人でその部屋まで行って、何の音もしてないのが余計に怖かったですけどとにかくラジオのスイッチが切れてるのを確認しました。もう黙りがちになっちゃって両方。相棒なんて見てて分かるほどちょっとの物音にも過剰に反応しちゃって…新人さんだし、何か言ってやらなきゃと思って、でも電気系統かなんかの故障で勝手にスイッチが入っちゃうなんてことも無くはないしね、って自分が言ったら相棒もそうですよね、って少しほっとしたような顔になったんで、まあそれで、流して。

 で、24時の巡視ですよ、自分の番。もう廊下の電気全部つけて煌々とさせて行きました。その奥の部屋っていうのがまた、廊下のL字型に折れ曲がった先の、そこだけ離れ小島みたいになったスペースにあったんで、昼間だってしーんとしてるような、何ていうか、病院で働いたことがある人ならわかると思うんですけど、普通の人には分かりづらいだろうな。もちろん清潔だし空調もほかの部屋と変わりませんけど、何かね、異世界っぽい感じがする、そういう空間というか病室というか、大きい病院には必ずあるんです、そういう部屋でね。

 入った瞬間、見えなかったけど感じました。あ(いる)、って。そしたら次の瞬間にラジオからすごいボリュームで歌みたいのが流れてきたんですよ。あと鈴の音。それが変に陽気でにぎやかしいんです。盆踊りのアップテンポのやつみたいな。

 だから怖くはなかったな。つい口に出しちゃって、何してんの?ダメでしょう夜中に騒いじゃ、って。そしたらちょっと笑い声みたいのが聞こえたような気もしたんですけど、まあ、すぐシーンとなって。

 その部屋の方達は皆さん入眠していて、何も不穏なことはなくて、戻ったら相棒がどうでした?って聞くから、何の音もしなかったよ、ラジオも消えてたよ、って返事したらそうですかぁ、よかったぁ、もう今度ラジオついてたらどうしようかと思いましたよ、とか言ってて。あれだけ大きい音してたのにこっちには聞こえなかったんだ、とは思いましたけどまあ、黙っとこう、って。それで終わりです。

 自分、霊とかは信じてないですけど、寝たきりで口がきけない患者さんだって、元気だった頃はカラオケサークルや踊りの会に入ってたとか、楽器弾いたりするのが好きだった人だっていらっしゃるでしょうから、何かこう、賑やかにやりたいなあっていう、思い?気持ち?あの病室を使用した沢山の人達のそういうのが部屋の中に溜まって、充満しすぎると、何かが破裂したみたいになって、それで自分が体験したみたいな変なことが起こったんじゃないかな。そう考えてます今は。

 でも怖い話じゃないよね、これって。どっちかって言うと不思議系?まあ、どっちでもいいや。膝から下がない血だらけのお爺さんを必ず夜勤の時見るって言い張ってる知り合いがいるから、よかったらそいつ紹介しますよ。自分ね、霊感ないし死後の世界とか信じてないから、この程度なんです。怪談にならないねこれじゃ。ごめんなさい。

 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょい怖実話(医療福祉系) 南まこと @nasujyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る