第10話 剣士の誓い

赤髪の侍の手の甲には、【槍】の刻印が光を放っている。


「武神様がおれに授けてくれた認識阻害魔法のおかげで、おまえたちに気づかれずにすんだ」


認識阻害魔法によって、彼の手の甲の刻印は隠され、俺は気づかなかったのだろう。


いや違う……俺は赤舟を完全に信用してたんだ………


正直、今でも赤舟が「敵」だったなんて信じられない。


だが、赤舟の槍の刻印が俺に現実を突きつける。


「……さて、嬢ちゃん。おれと手合わせ願おうか。ま、勝てると思っちゃいねぇが、武神アメノミクモの名に泥を塗るわけにはいかんし、退く気はねぇけどな」


赤舟はゼロに刀先を向ける。


「……いいわよ。相手してあげる」


ゼロも黒剣の先端を赤舟に向ける。


このまま、ゼロと赤舟が戦闘を始めれば赤舟は敗北するだろう。


だが、それでいいのか?


これは俺の甘さが招いたことだ。


俺の失態をゼロに後始末させるのか?


ゼロは俺に忠告してくれていたじゃないか。


それを無視してこんな事態を招いたのは俺の責任だ。だからこそ……


「待ってくれ」


ゼロと赤舟が俺の顔を覗き込む。


「俺が相手だ」


赤舟が鼻で笑う。


「おまえが?馬鹿言ってんじゃねぇよあんちゃん……あんちゃんを殺すのに三秒もいらねぇよ」


赤舟の瞳は冷たく鋭い。


「ならやってみてよ」


俺も負けじと赤舟を睨みつける。


「いいの?」


ゼロが心配そうに俺に目を合わせる。


問題ない、と頷く。


「……たっく……わぁったよ、まずあんちゃんからあの世に送ってやる」


さて……


対人戦闘はこれで2度目だな。


しかし、今回は刀を装備している点で前回とは違う。


そして赤舟は典型的な近距離格闘タイプの剣士。その剣技だけで【英雄】に選ばれた侍。


だったらこっちは、俺が思う「地球史上最強の剣士」をぶつける。


「俺と勝負だ……赤舟」


俺は……あんたを倒す。


『スキル【英雄化】の発動を確認』


俺の脳内にアナウンスがされる。


剣士相手には剣士だ。


俺が【成る】英雄は……





突然ではあるが、「人類史上最強の剣士とは誰だろうか?」。


まず人類史上、初めて人の手によって生み出された「人を殺す」ための武器



ーーーそれが、「剣」である。



そして、英雄として史に名を刻む数多の使い手が生まれるわけなのだが、最も「剣」が深められた地は



「日本」であろう。



日本には大陸から製鉄技術と共に剣が伝わったが、驚くべくことに


その地で剣は独自の「進化」を遂げる。


より効率良く人を殺すために鋭く研がれ


「刀」が生まれた。


そして、刀が鍛えられると共に使い手もまた鍛えられ


宮本武蔵、塚原卜伝、上泉伊勢守信綱、柳生十兵衛、伊藤一刀斎を初め、数多くの剣士、流派、技が史に名を残した。


そんな剣士たちの中にも、神によって類まれなる「剣才」そして「異能」を与えられた常人ならざる者たちもいた。


例えば、宮本武蔵だ。


彼は一度視認した技を即座に学習、完全に自分の技とする


卓越した「学習能力」を持つ異能力者だった。


だが、史上最強の剣士は異能力者では無い。


さて、ここで「人類史上最強の剣士は誰だろうか?」という問いに答えよう。


それはーーー


岩流、佐々木小次郎 であろう。


初めに述べておくと彼、いや彼女は、「無能力者」である。


神の力を借りず、最強へと独りで辿り着いた剣士。


神に祝福されるどころか、彼女は神に見放された人間だった。


江戸時代。剣の名門 佐々木家に生まれ、小次郎以外跡継ぎがいなかったため男として剣の英才教育を受けて育つ。


しかし、残念ながら彼女に剣の才能と呼べるほどのものは無かった。


そして、神は彼女に試練を与えた。


齢 五歳の時、ついに小次郎に弟ができる。


この出来事が彼女の人生をどん底に落とすことになる。


佐々木家は、女の小次郎ではなく弟を跡継ぎとして小次郎と同じく英才教育を施す。


そして、弟には剣の才能があった。


一方、剣の才能が無かった小次郎は周囲の人間に無能と蔑まれる。


そしてついに不運な出来事が重なった末、小次郎は一族の汚点として、佐々木家から「いなかった」ものとして追放された。


この時小次郎 齢 十歳。


剣のために生まれ、剣のために死ぬべくして育てられた彼女にはやはり剣しか無かった。


独り彼女は、佐々木家への復讐心を生きる糧とし、剣を誰よりもひたすらに振るい続けた。


時には誰かに師事し、時には誰かと刃を交え


そして、雄大な自然の中で


彼女は刀を振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振って振るい続けた。


誰よりも剣と共に生き、剣の真髄に近づくため研鑽をし続けた結果


剣の才能も特別な力もないはずだった彼女に、剣技で敵う剣士は誰一人としていなくなっていた。



佐々木小次郎と言えば、「巌流島の戦い」で宮本武蔵に敗れた印象が強いだろう。


しかし、後に武蔵は語っている。


「小次郎は俺に敗れたのでは無く、自らに敗れた」と。


小次郎は最強でありながら、「敗者」として史に名を刻んでいるのには理由がある。


それは彼女が「人を斬れない」からだった。


真剣勝負とわかっていながらも、彼女は最後まで人を斬ることをためらった。


これが、史上最強の剣士。


佐々木小次郎 だ。



「リンク」


『佐々木小次郎をリンクします』


俺は佐々木小次郎を選択し、刀を鞘から抜き出す。


そして、横に刀身を水平に構える。


「……推して参る」


相対峙する俺と赤舟。最初に動いたのは……


俺だった。


赤舟の間合いに走り込む。


「馬鹿が」


赤舟は俺の頭部に素早く刀を振り下ろす。


「岩流……水流歩」


「何ッ!」


赤舟が刀を振り下ろした先に、すでに俺はいない。


水の流れの如く、静かに緩やかに赤舟の背後に回る。


俺は赤舟の横腹に蹴りを入れる。


「ぐッ!」


赤舟は数歩分蹴り飛ばされると、蹴りの衝撃を殺すように刀を地面に突き刺す。


「……ほう。さっきとはまるで別人の目だ……あんちゃん、一体何者だい?」


「俺はただの駆け出し冒険者だよ」


「そうか……よ!」


今度は赤舟から動いた。


一瞬で間を詰めると、脅威的な速度で突きを繰り出す。


「悪りぃが……もうおめぇは完全におれの敵だ」


俺は水平に構えた刀身で突きを撫でて逸らす。


そして、そのまま回転し、赤舟の背を強襲する。


しかし、赤舟が刀を背に回しそれを防ぐ。


「……おめぇ、やるじゃねぇか。そんな剣技を隠し持ってたとはな」


赤舟は俺の刀をとんでもない力で弾き飛ばすと、猛烈に刀を振り回すかのように振るい俺に距離を取らせる。


「……ふぅ……」


一呼吸すると、赤舟は強く地面を蹴りつけ、目にも留まらぬ速さで俺の間合いに入る。


速いな。瞬歩か。


俺はふと上に目線を動かすと、赤舟の長刀が俺の額に迫っていた。


刹那の攻防。瞬き一つもできない。


俺はギリギリでそれを防ぐと、赤舟は烈火のごとく刀を何度も振り下ろす。


まるで野生の獣だな。


俺と赤舟は目にも留まらぬ速さで刃を重ね合う。


当初は形勢は五分だったが、俺が押し始めていた。


赤舟の剛剣を流れるように、逸らす。


そして、僅かな隙に刃を通す。


気づけば、赤舟の体には少しずつ斬り傷が増えていく。


俺はすでに、赤舟の剣の「呼吸」を理解していた。


佐々木小次郎は、長らく自然の中で剣を振るい続け、観察することで、自然とそこに生きる全てのものの「呼吸」を捉えることができるようになった。


その佐々木小次郎の感覚を、俺はスキルによって一時的に会得している。


赤舟の剣は荒々しく予測がしずらく、迅速かつ一撃一撃が重い。


だが、それゆえに隙が大きい。


首元、右太腿、右肩、左胸、右胴次は額。


俺は、赤舟の目線、呼吸、筋肉の微動、歩幅歩調から赤舟の刀の軌道と狙いを把握し、逆らわずに逸らす。


そして、逸らした時に生まれる隙に一太刀赤舟に浴びせる。


「ちッ!……小癪な」


赤舟は一旦俺から数歩後退して距離を取る。


元々、赤舟が「攻め」主体の間合い関係無しにガンガン攻めてくるタイプなのに対して


佐々木小次郎の岩流は、「受け」。つまり、「守り」が主体のカウンタータイプ。


赤舟のようなタイプとは相性が良い。


そんなところで、俺はいまになって答えは何となくわかってはいたが、疑問を赤舟にぶつける。


「そういえば……なんでベヒモスを倒すのを手伝ってくれたんだ?俺たちがベヒモスとやり合ってるところを背後から襲うこともできたよな。いや、もっと前から俺たちを襲う絶好機はあった」


赤舟はニヤリと笑うと答える。


「俺は剣士だ。不意打ちなんて卑怯な真似はしねぇ。いつだってどんな相手だろうが正々堂々、真正面から勝負する。それが剣士として建てた俺の誓いだ」


やっぱり赤舟は赤舟だ。


確かな誇りがその胸にはある。


「そう言うあんちゃんはどうなんだ?」


今度は赤舟が問い返してきた。


「何が?」


赤舟は真剣な表情に戻る。


「顔つきは一端の剣士のものにはなったが、おめぇからは俺を斬る覚悟を感じねぇ……てめぇやる気あんのか?」


覚悟なんてあるわけがない。


「俺は赤舟を仲間だと思ってる……だから、斬りたくない」


赤舟のこめかみにひびが入る。


「仲間だと……いいや、てめぇらは敵だ!我らが武神は言った!七つの異世界からこの世界を破壊せし侵略者が来ると!そいつらには【剣】と【弓】の刻印があると言っていた。それはおめぇらのこったろ」


なるほど……武神アメノミクモとやらは、赤舟の正義感を煽ってこの狂ったゲームに参加させたのか。


「俺はこの世界をどうにかするつもりなんてない。たぶんゼロも。信じられないか?」


赤舟の表情が少し和らぐ。


「……あんちゃんも、嬢ちゃんも、良い奴だってのはこんな少しの間でもわかったよ……俺もできれば戦いたくはなかった……だが、この大戦の参加者を全員始末しなきゃこの戦争は終わらねぇらしい。

だったら、この世界が火の海に覆い尽くされる前に、なんとしても終わらせなきゃいけねぇ!」


「俺は……それでもあんたを斬りたくない」


赤舟は俺に切っ先を突き向ける。


「何を言っても無駄だ」


「だったら……力ずくで言うことを聞いてもらう」


赤舟は不敵な笑みを浮かべる。


「へっ!そうかよ……だったら次の一刀でケリをつけるとしようか」


赤舟は、長刀を鞘に収めると両手で左肩よりも上の辺りに持ち上げて構える。


見たこともない構えだ。


……居合いか?


どうやら赤舟は自らの最強の技を魅せるつもりらしい。


だったら俺も、最強のあの秘剣で応えるだけだ。


静かに見守っていたゼロが、こちらを真剣な眼差しで見つめ、頷く。


俺と赤舟は、一定の間隔を保ちながら、時計の針が回るようにゆっくりと斬り出すタイミングを伺う。


しばし、2人の間に静寂の時間が流れる。


俺は赤舟の繰り出そうとしている技を見たことはないが、なんとなくどんなものか想像できていた。


天井から落ちてきたわずかな雫が


池に波紋を作る。


その瞬間、動いたのは俺だった。


「岩流……突風」


突風。風のごとき速さの縮地で、一気に赤舟の懐に詰め寄る。


「火流・紅蓮一閃!!!」


赤舟も迅速に反応し、電光石火のごとく刃を俺の額 目掛け振り下ろす。


なんて速さだ……


俺はその刃をなんとか受け止める。が


「ッ!……重いッ!」


まるで巨石が上に乗ってるのかと思うほどだった。


赤舟の鍛え上げられた肉体から生まれる膂力に、自然の摂理である重量が加わり、俺はじわじわと地面に押し込まれる。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」


俺の足元の岩盤がひび割れる。


これが……赤舟の最強の一撃。


赤舟のたゆまぬ研鑽と鍛錬がひしひしと伝わって来る。


しかし、俺は


ーーーこの一撃を、読んでいた。


人間は絶えず呼吸をするが、息を吐く時のほうが身体全体に力が伝わりやすい。


無駄な力を抜くとか脱力するという表現が用いられるのはこのためだ。


逆に、息を吸う時のほうが、身体が緊張して無駄な力が入るから身体全体に力が伝わりにくい。


そして、剣士にとってその僅かな呼吸のズレが、剣の「質」に影響してくる。


ゆえに剣士にとって、呼吸を一定に保つことは基礎中の基礎。


特に、大技であればあるほどよりそれが求められる。


だが、俺は赤舟の呼吸を乱すためにわざと回りくどく、赤舟の間合いに入ったり出たりを繰り返し、赤舟を動かした。


俺は、赤舟の呼吸を細かく読み取る。


「岩流……渦潮」


赤舟の呼吸がごく僅かにズレた瞬間を見計らい、俺は舞うように回転し、赤舟の刀を弾き飛ばす。


この技は相手の技の威力を流してそのまま返す。


赤舟の紅蓮一閃の威力はそのまま赤舟に跳ね返ったというわけだ。


「何ッ」


そして、赤舟が体勢を崩したところに、さらに踏み込む。


「岩流・秘剣………」


赤舟は迅速に、俺の一撃を防ごうと刀を構え、防御姿勢を取る。


しかし、もう……これで終いだ。


その目に焼きつけろ。『絶対不可避の一撃』を。




「燕返し」




俺は雫が池に落ちるが如く、静かに、素早く赤舟に刀を振り下ろす。


もちろん、赤舟は防ごうと刀を重ねにいく。


だが、赤舟が見ている「それ」は過去でしかない。


赤舟を斬り捨てることはできるが、俺が狙うのは刀の鍔。


「馬鹿な」


赤舟の刀がその手から弾き飛ばされ、バランスを崩した赤舟は地面に尻もちをつく形となる。


そして、俺は赤舟の首に刀を突きつけ宣言する。


「俺の……勝ちだ」


赤舟は俯きしばらく沈黙をした後、口を開く。


「なんだ……今のは」


岩流・秘剣「燕返し」。


まず、刀を振り下ろす。これが「壱ノ太刀」。


逆に振り上げる「弐ノ太刀」。


これをほぼ同時に敵に浴びせることで、敵はすでに放った「過去」の壱ノ太刀の残像を認識するが、「現在」放たれた弐ノ太刀を認識できず


知らぬうちに斬られて終わる。


簡単に言えば、一度に二回斬られる感覚だな。


常識的に考えれば、慣性の法則や自らの体重により、振り下ろした刀をほぼ同時に振り上げるなんてことはまず無理だが


限界まで鍛え抜かれた肉体と境地に至ろうかというところまで研鑽された剣技そして、小次郎の万物の呼吸を知り、操るその感覚が組み合わさることで


神速の一撃となる。


何も持たない小次郎が、神々の想像を絶するほどにまで剣を振るい続けた末に辿り着いた技。


「完敗だぜ……なんだよあんちゃん。おまえさん強ぇじゃねぇか」


赤舟は太陽のように笑う。


「なぁあんちゃん。世界は広いんだな。まだまだこんな強ぇやつがいんだろ?あー……もっともっと強くなって、あんちゃんみてぇなやつと心ゆくまで戦り合いたかったぜ」


赤舟は寂しそうな顔で天を仰ぐ。


「できるさ。きっと」


赤舟は鼻で笑い飛ばすと、なお言葉を紡ぐ。


「あんちゃんのその刀もうぼろぼろだなぁ」


俺はふと刀に目を配ると、小次郎の神技に耐えられなかったのか、たったの一戦でくたびれていた。


すると、赤舟は遠くに弾き飛ばされた愛刀を指さして言う。


「代わりに、俺の愛刀を持ってきな……さて、負けちまったな……あんちゃん……なぁ誰よりも強くなれよ」


「なに言ってんだよ。言ったろ、赤舟は俺の仲間だって。一緒に探そうぜ、殺し合いなんてしなくてもこの戦争を終わらせる方法を。たとえ今は敵同士でも、最後は一緒に笑えるハッピーエンドをさ」


赤舟は下を向いてからまた笑顔を見せた。


「それも良さそうだけどよ……悪ぃな。俺は紛いなりにも剣士だ。決めてんだよ……剣士として敗北するときは『死』ぬときだってな……」


「なんでだよ……生きるからこそ、これからもっと強い奴と出会えるかもしれないじゃないか。お前もそれを望んでるんだろ?」


赤舟は嘲るように笑う。


「だめなんだ……それじゃあ。俺はお前を裏切った。一度仲間だと言っておきながらな……俺は剣士としていいや、おまえさんの『友』として、自分をどうしても許せねぇ!」


「そんなのいいっ」


「だめだ!!!」


赤舟の怒声が、響く。


「このままじゃかっこ悪りぃじゃねぇか…………最後ぐらいは……剣士の誓いを果たしてぇ……」


「何を」


嫌な気配がして、俺は刀を鞘に戻そうとすると、赤舟はその刀身を素手で掴み


ーーー悪ぃな。


最後は、その刃で自らの首を斬り裂いた。



赤舟の最後の顔は、太陽のように輝く笑顔だった。



「あか……ふ…ね?」


目の前の光景を見て、呆然とする俺の肩をゼロが優しく叩く。


「……見事な最期だったわ」


俺はゼロのその言葉に、無性に腹が立ちゼロの肩を両手で強く掴む。


「ふざけんなよ!全然見事じゃねぇよ!なんでだ!なんで死ぬ必要があるんだ!戦いは終わったろ!」


熱くなる俺とは対照的にゼロは静かに語る。


「それが彼の信念であり、誇りなんでしょうね。剣士にとって真剣による決闘は、どちらか片方が死して初めて成立する。結果、彼は敗北した。剣士として『誓い』を果たしただけよ……それに彼は、あなたを本当に『友達』と想ってたのよ。だから、償いたかったんじゃないかしら」


ゼロは俺に冷たい瞳を突き刺す。


「なんだよ……それ。お前はいいのかよ!仲間が死んだんだぞ」


一瞬、ゼロの眼光が鋭さを増す。


「仲間?……何を勘違いしてるのか知らないけど…………あなたが今しているのは殺し合い。いいや、戦争なのよ。淡い幻想を抱いてこの世界に遊びに来たつもりなら、元の世界に帰ったほうがいいわよ」


ゼロのその言葉が、俺の目を覚ました。


そうだ。


何を勘違いしているんだ。異世界冒険?ファンタジー?


ここはそんな甘い世界じゃないだろう。


俺はここに……殺し合いをしに来てるんだった。


これからさらに世界は紅い鮮血に染まってゆくだろう。


俺は常に死と隣り合わせの旅をすることになる。


そう考えると、俺の背を寒気がなぞる。


俺は赤舟の二度と動くことは無いだろうその身体に目を向ける。


そうか……俺は剣士の誇りを踏みにじったんだ。


赤舟は死を、そして少しの間でも仲間だった俺を斬る覚悟をしてこの決闘に望んでいたんだ。


なのに……俺はどうだ?


何の覚悟もできてない。


英雄スキルに頼っていい気になっている。


最低だ……死ぬべきなのは俺のほうだった。


赤舟の最後の笑顔が頭から離れない。



なぁ赤舟……お前は俺に斬って欲しかったのか?



「ふふ……ははははは」


「世界?」


ゼロが見たことも無い不安を体現した表情で俺の顔を覗き込む。





「……そうか…………私はまた斬れなかったのか」



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7秒後に終わる君の世界に、魔王はいらない。 海堂 翼 @kanta7971

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