第四十二話
「あなたが、湊さん。ですね……?」
結月が居るであろう城のような屋敷を目前にした湊の前に、突然花魁のような恰好をした美しい女性、園花が現れる。紺色の光がない目に、氷のように冷たい視線と表情。明らかに異質なものだった。
「どいてくれ、お嬢様を助けに行くんだ」
「……あの人は幸せですね。しかし、その幸せを誰もつかむことはない」
園花はそう言って腰にさした二本の刀を抜き、そして湊に投げつけた。空気を切り裂き回転しながら飛んでくるその刀を湊は回避し、そして走って接近する。もう水はない。
「どいてもらえないなら、力づくでどかせるだけだぜ! 行くぞ
「悲しいですね、もう一瞬の命だというのに……」
その声と同時に、湊の首に冷たい鉄が当たる。先ほど園花が投げた刀が、湊の首をはねるためブーメランのように戻ってきたのだ。あと一秒もすれば、湊の首は地面に落ちることになる。
「させるか!!」
背負っていたリュックから砂が爆発するように飛び出し、首に切り込んだ刀を吹き飛ばす。そのまま湊は
「無駄ですよ」
しかし、園花は背中に背負った刀を一本抜くと、
「今度こそ終わりです」
園花がそう口にすると同時に、背中に括り付けられていた残り九本の刀が一斉に鞘から飛び出し、湊を目指し飛翔する。銃弾のような速度で飛来する九本もの刃を回避しきれず、一つの刀身が湊の横腹に突き刺さる。
「ね、念力か……!!」
「
園花の言葉を聞いた次の瞬間、湊はあらゆる方向から聞こえる空を切る音を耳にする。見渡すと最初に飛来した二本の刀を含め十一もの刀が、湊の両手両足を切断するべく飛来してきていたのだ。
「終わりです。なるべく惨たらしく殺させていただきますね」
「そう簡単にやられねぇよ!」
湊は右方向から飛来する刀を目掛け跳び回転する刀の柄を掴むと、追尾して飛んでくる十本の刀を弾き飛ばそうと斬りかかる。飛来する刀にその刀身をぶつけ、さばききれない刃を紙一重のところで回避し、腹に刺さった刀を抜き二刀流で飛来する剣をさばく。
しかし園花が湊の方向に手をかざすと、弾き飛ばされ地面に落ちていた刀は再び宙を舞い湊を目掛け飛翔する。湊が攻撃を回避しきれなくなるのは、時間の問題だった。
「よく動きますが、そろそろ限界なのではありませんか?」
「くっ、このままじゃ……!」
飛来する十もの剣を回避し刀で弾きながら、湊は必死にこの状況を覆す一手を考えていた。
このままじゃ、間違いなくいつか斬られる。いつまでもこの刀の猛攻から回避を続けるなんて不可能だ。しかし、もう能力は使えない。針金も、水も、そして先ほど砂も全て使い切ってしまった。なんとか能力を使わずに、この能力者を倒さなきゃならない。
—―無理だ。どう考えても、能力を使わずにこの状況を覆すなんてできるわけがない。相手は間違いなく、容赦なく湊の四肢を切断するまで攻撃をやめない。能力を使わずに、いつまでもそれを回避し続けるなんてできはしない。
それに。
「……こんなところでぐだぐだしてたら、お嬢様が待ちくたびれちゃうよな!」
覚悟を決めた表情で、湊はそう口にした。
それとほぼ同時に一本の刀が湊の左腕に命中し、そして次の瞬間、湊の左腕は宙を舞い地面に転がった。痛みを超えた熱さに、湊の顔が歪む。
「終わりですね」
「あぁ終わりだ!
そのまま残った両足と右腕を切断すべく迫る刀を無視し、湊は切断された左腕の断面を園花に向ける。次の瞬間、断面から血液が弾丸のように飛び出し、園花の腹を貫いた。
想定外の一撃に、園花は受け身を取れず背中から地面に激突する。そのダメージによって能力が解除されたのか、湊を目掛け飛翔していた剣は全て勢いを失い墜落するのだった。
「なっ……わ、わざと私の攻撃を受けたのですか……!?」
「お嬢様を助けに行かなきゃならないからな! どいてもらうぞ!!」
血があふれ出る左腕を抑えることもせず、湊は決着をつけるため園花を目指し走り出す。念力での攻撃は間に合わないのか園花もまた深手を負っている湊にトドメを刺すために立ち上がり、そして懐に隠し持っていた最後の小刀を抜き逆手に構える。
「これで終わりにします……!」
「俺もそのつもりだ……! 行くぞっ!!」
間合いに入り、思い切り引き絞った拳を振り抜く湊。その拳にカウンターを合わせるように、手にした小刀を湊のみぞおちに差し込む園花。互いの一撃は、同時に直撃したように見えた。
しかし。
「なっ……!? ぐはっ……!」
湊の拳は、園花に命中していなかった。全力で放ったはずの拳は、園花の顔面を目前にして強い力によって止められてしまったのだ。そう、園花の念力によって湊の拳は止められたのだ。
「終わりですね。どうぞ苦しんで」
園花はそう冷徹に言い放ち、湊のみぞおちに刺さった刀を抜き取る。同時に、滝のように湊の血が、命が流れ落ちていく。そのまま、園花は舞うように湊の左足を切断しようと刀を振るった。
もう、ダメだ。血が流れ落ち体が動かない。斬撃を回避できない。再び死を目前にして、湊はそう感じていた。ゆっくりと刃が左の太腿に切り込みを入れていく。血もなく、意識もなくなりつつある湊には痛みすらなかった。
――ごめんなさいお嬢様、俺は、やっぱりダメみたいです。
もはや動くことすらできない湊は、ゆっくりとその目を閉じる。その時だった。
「助けて、湊さん……!」
気のせいではなく、湊の耳に確かにその声は届いた。呟くような小さな声だ。消え入るようなか細い声だ。誰かのために自分を捨てた強い少女の、弱い本心だ。一番助けたい人の、助けを求める声だ。
「……待っててください、お嬢様」
小さな声で、しかし力強く。湊はそう口にした。
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