第四十一話
「師匠! 来てくれたんですね!!」
眼前に現れたケイの姿に、湊は嬉しそうに声をあげる。今まで何度も何度も自分を助けてくれた、頼れる師匠がやっと来てくれたのだ。
ケイは湊を立たせて不敵に笑ってみせると、後ろに向き直る。数十人の警備隊が銃を向けるその光景を見てなお、ケイは表情を変えず自信ありげに口を開いた。
「湊、ここは俺に任せてくれ。そこで伸びてる子も助けるから」
「師匠……大丈夫ですよね?」
不安げな湊の問いに黙って首を縦に振り、ケイは地面に向け青い火炎弾を放つ。炸裂した炎の弾丸は数メートルほど地面を爆散させ、辺りを巨大な土煙が包んだ。
「大丈夫だ。湊、また後で」
「……はい! ここはお願いします、師匠!!」
ほとんど何も見えない土煙の中を、湊はまっすぐに突っ切っていく。土煙がすぐに湊の背中を消し去り、そしてケイは目を細めると雄々しく叫ぶのだった。
「任せておけ湊! かっこいいところを見せてやる!!」
土煙が徐々に薄くなり、警備隊たちがケイの姿を捉え銃を向ける。次の瞬間、その土煙をかき消すかのように凄まじい数の弾丸が風を切り発射された。ケイは茉奈を抱えると、近くの木陰に飛び込み弾丸の嵐をやり過ごす。
「ぅん……あなたは……?」
気を失っていた茉奈が目を開け、ケイの顔を見つめる。ケイは人差し指を立て黙るようジェスチャーすると、優しく言葉を発した。
「気絶したフリをしているといい。状況から見て、戦わなければならなかったんだろう? もういいんだ、そこで伸びていてくれ」
それだけ言うと、ケイは再び木陰から姿を現す。数十人の警備隊が銃を装填し構えるその前で、しかし一切動じることなく手のひらを敵に向け構えると、こう口にするのだ。その言葉からは、絶対的な自信が感じられた。
「命が惜しい奴はすぐに逃げろ。この人数が相手なら、手加減できない」
ケイの言葉が一瞬空気を凍り付かせ、直後、弾丸の雨と巨大な爆炎が激突した。
「こ、ここまで来れれば大丈夫だ……!」
七夕家の屋敷とは比較にならないほど大きな、まるで城のようにも思える屋敷の門で、利久はしてやったりといった表情でそう言った。その隣には美麗な服に身を包んだ、花魁のような見た目の女性がたたずんでいる。
「……あの、この方は」
息を切らせながら、結月が質問する。花魁のような女性が放つ雰囲気が、あまりにも異質なものだったからだ。
年齢は二十台後半ほどだろうか、美しい見た目をしていたが、しかしその表情は機械のように冷めきっている。そして、その背中には八本もの刀が括りつけられているのだ。
「四番目の妻、園花だ。オレに逆らう奴はみんなこいつに殺させてる。もしあのガキが警備を突破してここまで来ても、園花がむごたらしくぶっ殺してくれる」
「……利久様、今日は誰を殺せば」
氷のように冷たい言葉で、園花はそう質問する。まるで生気を感じない、幽霊のような細い声だった。
「ここに来るかもしれないガキだ。来たら、四肢をバラバラに切り刻んで殺せ」
「かしこまりました」
四肢をバラバラにすればよろしいのですね。と、園花は無機質に反復すると懐から二本の短刀を取り出し腰にさす。合計で十本もの刀を装備しているその白くて細い体を見て、結月は身震いした。
「み、湊さん……っ」
「湊、というのですね。ご安心を結月さん、なるべく痛みは与えず殺します」
うつむいて誰にも聞こえないほど小さく呟いた結月に対し、ぬっと這い寄るように近づいて園花はそう口にした。聞けば聞くほど生気が感じられず、本当に幽霊のようだ。
「それじゃダメだ。できるだけ無残に殺せ、オレに逆らったらこうなるって教えてやらないとな」
「かしこまりました」
その上利久の命令を、先ほどの言葉など忘れたかのように即答で聞き入れてしまう。幽霊のようでもありながら機械のようでもあるその異質さに、結月は少し額を青く染める。
「あ、あの……他のみなさんは……私、ご挨拶がしたくて」
「そうだな、いいことだ。もしかしたら力を合わせてオレの相手をすることになるかも知れないからな」
満足げに利久は口角を上げ、結月の腕を掴んで屋敷の中へ進んでいく。手を引かれながら園花の方を振り向くと、園花もまた結月の目を見つめていた。
無機質で光のないその目には、しかしはっきりと。
園花が感じている哀れみを、結月に伝えていた。
「そ、園花さん……?」
呼びかける結月だったが、園花が返事を返すことはない。ただ哀れむような目で結月を見つめ、そして何かの気配を感じ取ったのか走って行ってしまった。
「来たんだ……湊さんが……っ!」
呟いて、結月の顔が青白く染まる。園花は間違いなく湊を殺す。慈悲も何も与えず、惨たらしく四肢を切り刻んで。先ほどまでの機械的な言動が、そう確信させるのだ。間違いなく、園花は湊を殺すまで止まらない。
そして、いつかああなってしまう嫌な予感が、全身を駆け巡る。茉奈も、結月自身も、いつか心を壊されあのような機械になってしまう。結月の手を引くこの男の前で、自分を保つなどできはしない。
もう、希望はない。湊もケイも殺され、結月もいつか自分を失くしてしまう。変えようもない絶望が、結月の頬を静かに流れ落ちた。
「待っててくださいお嬢様!! こいつを倒したら、すぐ行きます!!」
その時、屋敷の外から声が聞こえた。湊の声だ。自分を助けに来てくれた、小さなヒーローの声。
—―そうだ、希望はある。最後に一つだけ残された、希望がある。
最初に結月の心を救ってくれた。今も、結月の心のため立ち上がった男がいる。結月が初めて心を救った。今も、きっと自分の心のため戦い続けている。
そう。西城湊は、きっとあんな機械のような人間に負けはしない。きっと、結月を助けるため園花にも勝利する。その心のままに、結月を助けに来るのだ。
そうであれば、そうだからこそ。
「助けて、湊さん……!」
小さな声で、しかし心のままに。結月はそう口にしたのだった。
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