第四十話
「何者だ! オレにたてつくつもりか!?」
息を整えるようにゆっくり歩いてくる湊に対し、ピースタウンの主はそう威嚇するように叫んだ。周り中を震え上がらせるような、ドスの効いた声。しかし、湊はそんなものは聞こえていないかのように歩みを続ける。
「お嬢様、もう一回だけ話をしましょう。俺、やっぱりお嬢様に――」
「結月が目的か! 茉奈、そいつを殺せ!!」
湊の言葉を遮って、利久が怒号をあげる。血走ったその目には確かな憎悪があり、瞳だけでその場に居た湊以外の全員を身震いさせるほどだった。
「で、でも利久様……あの人、さっき警備の人たちを一瞬で……っ!」
茉奈はそう言って門の方を指さす。指し示すその先には、太腿を撃ち抜かれ立ち上がることができない二人の屈強そうな男が居た。銃を持った男二人を瞬殺できる湊に、まだ十五にもなっていないであろう少女が勝つのは誰が見ても不可能である。
「オレに逆らうな! 次口答えしたらお前の街を終わらせてやる!! 増援も呼べ! そこのガキを八つ裂きにしろ!!」
「……はい」
「ダメ、ダメです茉奈さんっ!」
結月の制止を無視し、茉奈は涙をためながらも目をカッと見開き、そして懐から小刀を取り出し湊に突っ込む。結月は走ってそれを止めようとするが、利久に腕を掴まれて止めることができない。
「行くぞ結月。オレの家にあいつの首が届くのを待つ、ついでに色々教えてやる」
「はなしっ……!」
そこまで言い、結月は慌てた様子で口元を抑える。利久は満足げに笑うと、結月の腕を強く引っ張って歩き出したのだった。
「お嬢様! 今行きますからね、待っててください!!」
「あなたは行きません! ごめんなさい、死んでくださいっ!!」
叫ぶ湊の元に、茉奈が駆け寄り小刀を突き立てようとする。湊はそれをあっさりと避け、茉奈の腕に軽く手刀を振り下ろした。すると、茉奈は途端に小刀を落としてしまう。実力差は明白だった。
「湊さん……その人を、殺さないであげてくださいっ!!」
利久に引っ張られ距離が遠くなっていく結月と湊。そんな状況であっても他人を心配している結月の言葉に、湊は嬉しそうに笑い答える。
「大丈夫ですお嬢様! 任せてくださいね!!」
湊はそのまま、今度は首を絞めようと手を伸ばしてきた茉奈の腕を掴み軽く組み伏せる。痛くならないように加減しながら、湊は茉奈に声をかけた。
「そういうわけだ。元々殺すつもりはないけどさ、もうこの辺でやめてくれないか?」
「い、いいえ……! 私がやめたら、故郷の街のみんなが……!!」
湊に組み伏せられ完全に動けなくなった茉奈だったが、しかし降伏することはなかった。
確かに、俺を相手に能力もなしでここまで戦ったんだ。お嬢様と同じで、きっとこの人も戦いをやめられない事情があるんだろうな。と、湊は考える。どうすれば、この人を加減して無力化できるだろうか。
先日のアルとの戦いで、もう針金がない。
「……でも時間がない。なるべく上手にやるから!」
とにかく一撃で気絶させなければ間違いなく強烈に痛い。思い切りやろうと、湊が風を切り手刀を振りかぶった、その時だった。
「そこか! 撃て!!」
「なっ!?
全速力で手刀を地面にたたきつけ、砂の壁を展開する。直後、おびただしい数の銃声が響き、ほぼ同時に砂の壁に無数の銃弾が命中した。湊が壁を張らなければ間違いなく死んでいた事実に、茉奈は顔を青く染め上げ短い悲鳴をあげる。
「お前ら正気か!? この人はお前らの味方だろうが!!」
「多少の犠牲は気にしないとの命令だ。それよりも確実に貴様を殺せとな!!」
湊が叫ぶが、しかし返答は残酷なものだった。唐突に突きつけられた死という現実に、茉奈は震えあがり涙を流し始める。直後、再び無数の銃弾が砂の壁に浴びせかけられた。頑丈に見える壁はサラサラと音を立て、もうすぐ崩壊するという未来を想像させる。
「な、なぁ! 頼む、もう抵抗しないでくれ!! そしたら防御に集中できる、守れるから!!」
湊は茉奈から手を離し、地面に両手を付けると周囲の砂をかき集め壁を再展開する。茉奈は立ち上がるが、しかし湊はそれを気に留めようともしない。がら空きの背中が、そこにあった。
「ご、ごめんなさいっ……それでも、私はあなたを殺さないと……!」
「言ってる場合か!? 俺が壁を張れなくなった瞬間に撃たれたら間違いなく死ぬぞ! 頼むからそこでじっとしててくれ、どうにかする方法を考えてるから!」
しかし、茉奈は湊の言葉に耳を傾けることなく後ろから首を絞める。苦しさに顔をしかめる湊だったが、土につけた手を離すことはなかった。
「ごめんなさい……! 守ろうとしてくれてるのに、ごめんなさい……!!」
「お前、そこまでして……!!」
茉奈が絞める力を強めた。意識が落ちてしまいそうな苦しみが湊を襲い、必死に歯を食いしばって耐える。その直後に銃弾が砂の壁に降り注ぎ、意識が朦朧とし始めたためか壁の一部が崩壊していった。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」
必死に謝っている茉奈の声がどんどん遠くなっていく。能力の使用に集中しようとするが、しかし脳に血液や酸素が廻らず集中することができない。じわじわと意識が闇の中へ消えていく感覚を、湊は味わっていた。
「砂の壁が消えていくぞ! 全員構えろ、今なら撃ち抜ける!!」
遠くで、微かにそう声が聞こえた。次の銃撃を耐えるだけの壁を、今の湊は張ることができない。死が、目前に迫ってきている。撃てと声が聞こえたら、もう湊は殺されてしまうだろう。
「撃て!!」
無情にも、遠くで声が響いた。もう避ける力も防ぐ力もない。湊は、そっと意識を手放した。
「しっかりしろ、湊! お嬢様を助けるんだろう!!」
聞きなれた声が何度も脳の中を駆け巡る。次の瞬間、湊は力を振り絞り首を絞めていた腕を掴み、そのまま地面に投げ飛ばした。急速に頭に血と酸素が廻り、意識が鮮明になっていく。
意識を取り戻した湊が見た光景は、巨大な青い炎の壁とそして。
「全く、本気になったお前は足が速い」
追いつくのにこんなに時間がかかるなんてな。と声をかけ手を差し伸べるケイの姿だった。
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