第三十九話

 「遅いぞ茉奈! もっと早く連れてこれただろう!?」


 「ごめんなさい利久様っ! でも、これが限界で……」


 ピースタウンと外界を隔てる門で、茉奈と呼ばれた茶髪の少女が怒鳴られている。怒鳴っている男は、この街の支配者である三星利久。結月の結婚相手となる人物である。


 「あ、あの利久様。茉奈さんは一生懸命に――」


 「オレに口答えをするな。それがこの街のルールなんだよ」


 庇おうと口を開いた結月だったが、その言葉は利久に遮られてしまう。支配的なその言葉とギロリと結月を睨みつけた視線に、結月はそれ以上何も言えなくなってしまうのだった。

 

 「茉奈、いつになったらオレの妻としてまともな人間になるんだ? 七番目とはいえ、この三星家の妻なんだぞ?」


 冷たく突き刺すような声に、茉奈は小さく肩を震わせ目に涙をためうつむいた。結月から見ても明らかなほど、異常なまでに怯えている。


 「何とか言ったらどうなんだッ!」


 「なっ、茉奈さんっ!!」


 利久に頬を張り飛ばされ、茉奈は地面に手をつき倒れる。結月は急いで茉奈を助け起こし、そして思わず利久を睨みつけた。その視線が癇に障ったのか、利久は眉をピクリと動かし威嚇するようなドスの効いた声で、結月に対し言葉を投げた。

 

 「まだ分かっとらんようだな結月。お前らがオレに逆らうのはダメなんだよ、そういうルールなんだ」


 そこの愚図みたいに腫れた顔で式を挙げたくないだろう? と、利久が脅す。しかし、結月は怯える様子を見せない。利久に何か言うでもなく、ただ無言で茉奈に手を差し伸べ立ち上がらせたのだ。


 「い、痛くない……結月さん……?」


 「大丈夫ですよ。これからは」


 そのやり取りを聞き、利久は茉奈の顔を覗き見る。その頬は綺麗なものだった。結月の能力によるものだろう。しかし、茉奈は青ざめた顔で、警告するように口を開くのだ。


 「だ、ダメです結月さん……そんなことしたら」


 「お前、立場分かってないだろ」


 突然結月は肩を掴まれ無理やり振り向かせられると、その横面に一発の拳を喰らい地面に倒れる。想像より遥かに大きな痛みに頬を抑え起き上がろうとするが、しかし馬乗りになられ立ち上がることができない。


 「いいか? オレは大事な武器をお前らの街に与えてやってんだ。オレの気分次第で、それも止められる。お前らがオレと仲良くしてなきゃ、故郷の街は終わりだ」


 結月の首を締めあげながら、ニヤリと口角を吊り上げ利久がそう言った。そして、その言葉を聞くと同時に結月は抵抗をやめる。これ以上利久に逆らうことは、みんなを不幸にしてしまうことに直結するからだ。


 「……いい子だ、今日は許してやる。さぁ、式を挙げようか結月」


 利久が差し伸べた手を、結月は泣きそうな顔になりながらもとり立ち上がる。そして、結月たちは門を通りゆっくりとピースタウンへ入っていくのだ。


 「私、やっぱりダメだな……」


 利久たちが門を通り、茉奈が門を通り、そして結月も門をくぐる。結月の頬に涙が一筋流れ、そして抑えられない感情を、誰にも聞こえない声で呟くのだった。


 「助けて……湊さん……っ!」


 それが、少女の本心だった。

 そしてヒーローは、その声に応えるものだ。自分の意志のまま少女を助けようとする、自分勝手なヒーローは。


 「待って! 待ってください! お嬢様ぁぁぁああああああああっ!!」


 森の中から確かな声が響き、結月はその足を止め後ろを振り向く。直後、銃声が森に木霊した。警備員たちが、迫ってきていた侵入者を銃撃したのだ。

 しかしその弾丸は巨大な砂の壁によって防がれ、そして砂の壁を貫いて水の弾丸が警備員の銃に命中する。間違いない。このピースタウンに侵入しようとする者は、さっきの声の主は。

 

 「み……湊さんっ!!」


 「俺に、あなたを助けさせてください! お嬢様!!」


 息を切らしながら現れた不格好なヒーローを目にし、結月は涙を流しながらその表情をほころばせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る