第三十五話

 「湊さん……湊さんっ!!」


 どこかぐぐもったように聞こえる結月の声に、湊は目を開ける。目の前には必死に自分の名前を呼び続ける結月の顔があり、そして空が青く広がっていた。どうやら、今まで意識を失っていたらしい。

 結月の瞳も元の赤色に戻っており、そして痛みもない。どうやら、体は元通りに回復しているようだった。


 「お嬢様……俺、勝ったんですよね? 師匠を、助けられたんですよね……?」


 「はい……! よかった……! よかったです湊さんっ!」


 結月はそう言うと、唐突に湊を抱きしめた。温かいぬくもりに包まれ、湊はその表情を穏やかにほころばせる。そして、優しく結月を抱き返し湊は口を開くのだ。


 「お嬢様のおかげです。本当に、ありがとうございました」


 「そ、そんな私は何も……はっ!?」


 突然結月から感じていた熱が熱さをあげたと湊が思った次の瞬間、湊を突き放す形で真っ赤になった結月が距離を取った。冷静になって恥ずかしくなったのだろうと考える間もなく、湊の後頭部が地面にたたきつけられた。


 「あっ……! いったいぃ……!!」


 「あっごめんなさい湊さんっ!」


 頭を押さえる湊に慌てて結月は駆け寄り、そして二人は笑いあうのだった。




 「……あれが、貴様の大切なものか」


 全身を黒く焼き焦がされてほとんど見えない目で笑いあっている二人を見つめ、アルは呟くような声で問いかけた。喉も焼かれておりその声には力がなく、その命はまもなく消えるだろう。


 「そうだ。お前たちを裏切っても、俺が守ると誓ったものだ」


 その消え入るような問いに、ケイがはっきりと答える。視線の先に映る笑いあっている二人は、太陽に照らされキラキラと輝いていた。


 「ケイ……最初に貴様らを襲ったホテルだがな。そこの倉庫に射手園を監禁している。出して、やってくれ……」


 「アーサーお前、まさか自分が最後に負けることを見越して……」


 「勝つつもりだったさ……実際に勝つ運命だったらしい……だが、それを射手園が変えた。その未来を、不確定なものに変えたのだ」


 まさか。ケイは思わずそう呟いた。最初にこの街に来た時、射手園はケイにこう言っていた。彼らは勝つつもりだ、例え、。と。ケイがアルを再び裏切ることで、恐らく確実だったアルの勝利は不確定なものとなった。そして、結果として湊たちが勝利を掴んだのだ。


 「……アーサー、許せとは言わない。だが、謝らせてほしい。お前たち仲間を二度も裏切って、俺は――」


 「やめろ……!」


 焼けただれた喉から血反吐を吐き、それでもアルは出せる最大の声でケイの言葉を止めた。痛みと迫る死が徐々にアルの意識を奪っていく中、それでもアルはケイを見つめて言葉を続ける。


 「……ケイ、確かにお前は俺たちを裏切り、円卓部隊の仲間たちを一人残らず死へ導いた。だが……」


 ケイは目を見開く。アルは、涙を流していた。そして、その黒く焼けた表情を明らかに穏やかな笑顔に変えていたのだ。


 「だが……お前は、自分が見つけた心から守りたいものを守り抜いた。お前を守ろうとする者に、守られ抜いた……! 誇れケイ! お前は、この地獄の中から光を見つけ出したのだ!!」


 そして、ケイもまた涙を流す。恐らく、二人の男は同じものを見ているのだろう。

 共に訓練に励んだこと、苛烈な戦いで仲間を喪いながらも戦い抜いたこと、共に戦った、仲間のこと。一方は死ぬ刹那の走馬灯として、そしてもう一方は、過去への決別として。


 「アーサー……あれを見ろ! あそこに居る少年を! お前に勝った男を!!」


 もう言葉すらもほとんど発することができないアルをゆすり、そして湊を指さす。結月が差し伸べる手を取り、肩を借り立ち上がった湊を。


 「俺の自慢の弟子だ! この世界で見つけた、俺の大切なものだ!! かけがえのない家族だ!! 見ろ、アーサーッ!!」


 湊を見やる。右手を痛そうに抑える結月を、慌てふためきながらなんとか応急処置しようとする湊を。その姿に先ほどまでの勇ましさはまるでなかったが、アルは深呼吸をするようにゆっくりとその言葉を吐き出した。


 「……いい子を持ったな、ケイ」


 そして、アルはその言葉を最後に地面に崩れ落ちた。それを見届けると、ケイは立ち上がって湊たちの元へ歩いていく。決して振り向くことなく、湊たちの居る場所へゆっくりと。


 「お嬢様、そして湊」


 水を探して辺りをキョロキョロと見回している湊と結月に、ケイは声をかける。すると、湊が風を切るような勢いで振り向き、そして目に涙をいっぱいにため走って来る。結月もまた、それを嬉しそうな目で見つめた。


 「師匠っ!!」


 抱き着いて来た湊を受け止め、頭を撫でる。湊は、今度は嫌がらなかった。そして、自身も湊を強く抱きしめ、呟くような小さな声で温かく湊に告げる。


 「ありがとう、湊」


 先ほどまで雨が降っていたとは思えない綺麗な青空が広がり、太陽が二人を照らしていた。

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