第三十四話

 「け、ケイ……!?」


 あまりにも圧倒的なその力の奔流は熱風となって辺りの温度をみるみるうちに上昇させ、そしてアルはその青い炎へ振り向く。太陽のごとく巨大で、太陽のごとく強い光を放つその青い火炎は、その奥でこちらに向け放とうとしているだろうケイの姿を隠すほどだった。


 「湊!! 今、今行くぞ!!」


 「し、師匠……!」


 決意を秘め、覚悟を秘め、そして頼もしさを感じさせるその声に湊はその表情を僅かにほころばせる。ケイの姿は見えなかったが、分かるのだ。あの炎の先に居る男は、いつだって湊を助け導いてきた男なのだと。


 そして、分かるのだ。その男が、何をしようとしているのか。今まで共に過ごして来たから。だから湊には分かるのだ。


 「来てください……! 俺は、大丈夫ですから……!!」


 ケイに気を取られているアルの隙を突いて、湊は再び立ち上がる。胸に空いた穴からは絶えず血が垂れ流しになっているが、それでも立ち上がり、そしてアルの後ろ側へ移動する。

 挟み撃ちのような形になり、アルは二人の方を交互に見渡し叫んだ。


 「な、何故だ貴様ら! 何故立ち上がってくる!? 分かるだろう、お前たちに勝ち目なんかないんだぞ!?」


 「それは違うぞアーサー……俺たちは、お前に勝つ。そうだよな? 湊」


 アルの叫びを否定し、ケイはそう湊に問いかける。恐らく、炎の先で、穏やかな笑顔で。湊もまた目を細め、精一杯それに答える。


 「はい……! 必ず勝ちましょう、師匠!! 勝って、進みましょう! お嬢様と、俺と一緒に!!」


 「そ、そうです……! 頑張って、二人ともっ!!」


 二人の声に答えるかのように、瓦礫の山の中で結月が起き上がり一生懸命に声援を送る。まだ慣れない力を使い過ぎたために体はうまく動かないが、それでもその声を届けるために必死で。


 青く、そして熱い風が戦場を行きわたる。

 ボロボロの戦士たちを、青い太陽が照らしていく。戦場に居た全員が、命を懸け戦ってきた。


 仲間の魂を連れ、故郷の土を踏むため全てを敵にした者。

 今まで見えていなかった自分の意思を、命を懸けて貫いた者。

 大切なもののため自分を犠牲にする覚悟をした者。

 そして、大切な者を守るために立ち上がった者。


 今が、その全てに決着をつけるべき時なのだ。


 「行くぞアーサー!! これが最後だぁぁぁぁぁぁああああああッ!!!」


 「決着の時だ! ケイッ!!!」


 ケイが青い太陽を放つ。巨大なその火炎は通った全ての地面をマグマのように赤く焼き尽くし、そしてアルに向かってまっすぐに突き進む。

 アルが地面を思い切り踏みしめ、そして懐から取り出した一本のナイフを全身全霊の力で投げつける。強大な衝撃波が通った全てを破壊しつくし、空気との摩擦熱で凄まじい熱を持ちナイフはケイを目掛けまっすぐに突き進む。


 そして、二つの巨大な力が激突した。人の身には想像もつかないような力のぶつかり合いは、凄まじい轟音と風圧となって残った瓦礫を綺麗に吹き飛ばしながら拮抗する。


 「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええッ!!!」


 全てを絞り出したようなケイの叫びと共に、青い炎が拮抗を破り突き進んでいき、ケイはそこで全ての力を使い果たしたのか再び地面に伏せる。進み続ける巨大な青い火炎は、わずか数メートル先にアルの姿を捉えていた。


 しかし。


 ドンッ! と、大きな音が響いた。アルが一瞬のうちに音すら突き抜ける速度で空に飛び上がったのである。青い太陽はアルの居た場所を通り過ぎそして。


 まっすぐに、その先にいた湊に直撃するのだった。周りの十数メートルを青い爆炎が包み、そして辺りにあったあらゆる物体が大きく吹き飛ばされる。


 「み、湊さぁぁぁぁぁぁぁぁああああんっ!!」


 強烈な爆風が一帯を支配する中、結月は必死に叫んだ。目からは涙を流し、それでも必死に名前を呼ぶ。爆音が全てをかき消してなお、結月は湊の名前を呼び続けるのだ。


 しかし、答えが返ってくることはなかった。結月はいつしかへたり込み、大粒の涙をこぼしながらか細く湊の名前をうわごとのように呟くのみとなってしまう。

 そして、程なくしてアルが着地する。乱れる息で倒れているケイと、湊が居た爆炎を見つめると、その視線を結月に向けこう言った。


 「……七夕結月。何か、言い残しておくことはあるか?」


 結月は、うわごとのように湊の名前を呼び続けている。もう答えは帰ってこないにもかかわらず、その名を呼び続けている。


 アルは先ほど湊を殺すために一発だけ装填した拳銃を結月に向け、おもむろに引き金に指をかけた、その時だった。


 「……じてます」


 結月が、何か意味のある言葉を発したのだ。アルは引き金にかけた指を離すことなく、結月に問いかける。

 

 「何と言った」


 「しん……じてます」


 信じてますと、そう言っているのだろう。アルは悲しそうに眉をひそめ、そして口を開く。


 「残念だが、信頼など戦いには何の役にも立たない。信じたところで、奴らでは俺に勝てなかった。お前がいくら信じたところで、これからお前が向かう先があの世であることは変わらない」


 ゆっくりと狙いを済ませ、アルはそう告げた。しかし、結月はそんな言葉は耳に入っていないかのように肩を震わせ、そしてその目に再び輝きを宿しまっすぐに湊の居た青い爆炎を見つめる。


 非力な少女には、もはや信じることしかできない。もはや声援を送ることしかできない。だが、しかし。


 「信じてます! だから立ち上がって!! 湊さぁぁぁぁぁあああんっ!!」


 それを最期の言葉に選んでもなお、結月は湊に声を送った。そして。


 「……はい、見ててくださいお嬢様」


 その声が、確かに結月の耳へ帰って来たのだ。


 「馬鹿な!? まさか生きているというのか、西城湊!!」


 その声は幻聴ではなかった。アルが結月の殺害を一旦やめ、そして湊の方を振り向く。青く燃え盛っている炎が、徐々にその形を変化させていく。


 それは、まるで天使のような美しい姿だった。青い炎の羽が美しく輝き、そして凛々しくはためく。

 それは、まるで戦士のような雄々しき姿だった。青い炎の剣が力強く揺らめき、そして猛々しい光を放つ。


 剣を構えるその巨大な青い炎の戦士の足元から、ゆっくりと湊が歩いてくる。その表情は、今までにない程の満面の笑顔だった。その顔を見た結月もまた、流れ続ける涙をぬぐい笑顔を見せる。


 そう。それは、湊が作り出したその輝きは――


 「いっけぇぇぇぇええええ! 英雄ブレイブ!!」


 青い炎の戦士が、アルをめがけ剣を振り下ろす。アルも対抗してナイフを投げようとするがしかし、もう投げるナイフは残っていなかった。


 「……貴様らの、勝利と言うわけか」


 直後、切っ先が炸裂したところを中心に、再び巨大な青い爆発が起こった。

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