第三十三話
「西城湊だと……!? イロンシードたちが刺し違えることすらできなかったというのか!? 馬鹿な!!」
目を丸くして叫ぶアルを尻目に、結月は全力で湊の元に走り寄り、その体を治癒するべく焼けただれた右手でその手に触れる。みるみるうちにその体は元の状態に戻っていき、そして回復しきると同時に結月は倒れ込んだ。
「お嬢様!?」
倒れる結月を抱える湊。結月の顔からは力が抜け落ちており、そしてその目は黒く染まっていた。あまりにもひどいダメージを回復させたことでエネルギーを使い果たしたのだろうか。
「あ、後は……お願いします……湊さんっ」
「お嬢様……本当にありがとうございます。最後は、俺が!!」
比較的安全そうな場所に結月を寝かせ、そして湊はゆっくりと歩いてアルに近づいていく。一方、アルも西城湊という敵を見定めたようだ。ケイから離れ、そしてじりじりと間合いを図り、隙を見ながら湊に近づいていく。
「昨夜の戦いを、忘れるほど貴様は馬鹿ではないだろう……? イロンシードも、ベルシラックも破ったのなら……!!」
「あぁ、覚えてるぜ。でもあの時とは違う。俺は、今度こそ師匠を助けてみせる」
湊の背中を見守っていた結月は、その姿に目を見開く。腰には針金もなく、砂を入れているリュックサックも背負っていない。恐らく、先ほどまでの戦いで全ての戦力を使ってしまったのだ。
「そんな、湊さん……!」
しかし、結月がそれ以上言葉を発することはなかった。湊の背中からひしひしと伝わっていく自信が、その口を止めたのである。
「見ててくださいお嬢様! これが最後の戦いです!!」
「いいだろう西城湊! 殺してやる!!」
走って接近しながら、拳を引く湊。何の能力も使わずに迫ってくるその姿にアルは一瞬驚いたように目を大きくしたが、しかしすぐに拳銃を抜き四発の弾丸を湊に撃ち放った。眉間を狙った弾丸以外を回避することができず、湊の鎖骨、太腿、そして右の脇腹に命中する。
「その程度かアルっ!! 俺は、その程度じゃ止まらねぇぞ!!」
「な、何だとッ!?」
痛みに顔を歪めることすらせず、湊は一切怯むことなく突き進み拳の間合いに入る。アルは湊のこめかみを目掛け上段廻し蹴りを仕掛けるが、湊はそれをかがんで回避する。そして、右拳に握っていたそれを点火した。
「ライターだとッ!? まさか、まさか貴様ッ!!?」
「行くぞ!
湊の拳で生成されたそれは、炎だった。湊の拳に纏われるようにして、鳥のような出で立ちの炎の塊を作り上げたのだ。想像もつかないその攻撃にアルは反応することができず、
強烈な痛みと二度の温度攻撃によって焼かれてしまった左目の痛みに、アルはたまらず自ら後ろに吹き飛び悶絶する。
「そういうことか……! 貴様、奪ったな!? ベルシラックの麻薬と、そして煙管を点火するためのライターを……!! この一撃のためだけに!!」
「まだまだ行くぞ!
右肩に止まっていた炎の鳥を飛び立たせ、そしてアルの左側から回り込むようにして襲い掛かる。左目を焼かれ、アルには襲い来る
「ガキが……! 俺に勝てると思うなッ!!」
しかし、炎の鳥が再びアルに命中することはなかった。突然、アルが地面に沈み込んだのである。まるで、落下するかのように。
「俺たちは地面の抵抗によってこの地上に立っている……それをなくせば、いくらでも俺は地面に潜ることができる! そして……!!」
地中からアルの声が響き、次の瞬間地面を突き破って数本のナイフがショットガンのような速度で飛来する。咄嗟に急所に命中することは回避した湊だったが、しかしナイフは湊の左肩と腹のへそ辺りを貫通し風穴を開けて行った。
「追え!
アルが開けた地面の穴から、敵を追って炎の鳥が地中へと飛んでいく。そして、湊はそれを見届けると同時に大きく横に飛ぶようにして回避した。次の瞬間、先ほどまで湊が居た場所をナイフの散弾が地面を突き破り貫く。
「当然だな、地中からは地上が見えない!! そして地中からじゃ、俺の
言うと同時に、湊は再びライターを点火し左手のひらをあぶるようにする。その直後、地響きと共に地面を突き抜け、アルが凄まじい速度で地中から姿を現した。
「一瞬のうちに地上に出ることもできるのだ! 貴様の能力では追いつけない速度でな! 俺の
「読んでたぜ、それをなっ!!
湊の言葉と同時に、左手に新たに生成された
アルは咄嗟に拳銃を抜き、二発の弾丸を発射し一本のナイフを投げる。互いの攻撃が空中ですれ違い、そして互いに直撃した。
「ぐあっ……貴様、西城湊……!!」
地面に墜落し、地面にのたうち回り炎を消すアル。そこに、湊はゆっくりと近づいていく。全身のいたるところから血を流しながらも、目には確かな闘志の炎を燃やして。
「この俺をここまで……! 貴様、一体何者だ……!?」
昨日までとは明らかに違う目の前の確かな脅威に、アルは思わず問いを投げる。その問いに、湊は強い言葉で答えるのだった。
「西城湊。いつか、あの人のヒーローになる男だ!!」
三度ライターを点火する。そしてその炎を左手に当て、湊は
もう少しだ。もう少しで、師匠を助けられる。
待っていてください。師匠。
「これで最後だ……! 行け、
突然、湊の言葉がその強さを失い弱くなる。胸に空いた穴から垂れ流されていた血液が、その足元に大きな赤い水たまりを作っていた。
「……貴様も、ベルシラックを倒したのなら分かるだろう。その戦法の弱点は、自分で自分のダメージが分からないことだ……とうの昔に限界を超え、お前の体は命を保てなくなり始めている」
虚ろな目で膝を付き、湊は地面に崩れ落ちる。全身に力が入らず、湊は指一本動かすことができなくなってしまっていた。赤い水たまりはみるみるうちにその大きさを広げ、湊の命が徐々に、そして儚く消えていく。
「貴様はここまでよくやった。ケイに育てられ、そして立派に成長した。そのことだけは揺るがない……祖国の墓に、ケイの隣に貴様の名も刻まれることだろう」
おもむろに拳銃を取り出し、弾丸を一発だけ詰める。そして湊を足であおむけに転がすと、その眉間にゆっくりと銃口を密着させた。
「悲しいな。あの雨さえ降らなければ、俺も貴様も……」
心の底から悲しそうな声を出すアルの表情を、湊の虚ろな目は見つめていた。そして、力を振り絞ってこう言ったのだ。
「悲しくなんかない……俺は、俺はあの人に出会えて……! 幸せだった!! だから、だから俺はあの人を助けるんだ……!!」
その言葉は、既に意識を失っているその男の心に沁み込んでいった。涙を流し、そしてその男は暗闇の中を必死にもがく。次の一撃を放つために。自分の罪に、過去に、かつての仲間に打ち勝つために。
大切な弟子を、家族を守るために。
「おおぉぉぉぉぉぉ……!!」
いたるところから血を垂れ流し、命が削れていくのを無視して男は、ケイは立ち上がる。そして、心を支配するその熱い感情を叫びに変えて、最後の一撃を放つ。
「湊ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!」
かつてない程の巨大な青い炎が、まるで太陽のように辺りを照らすのだった。
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