第三十二話
「八坂さんっ! 今治しますから!!」
瓦礫の山を進み、結月がケイの元へ駆け寄り手を当てる。すぐに出血が止まり傷がふさがると、ケイは結月の顔を見てその表情を驚きの色に染めた。
「お、お嬢様!? 何故ここに!!」
「……七夕結月か。貴様だけがここまで来たということは、イロンシードたちは西城湊と刺し違えた、ということになるな」
地面を突き破り、突然アルが姿を現す。その体には傷一つなく、言葉もなくこれまでの戦いでケイが全く歯が立たなかったことを伝えていた。
「アル……さん……っ!!」
「……残念だ。恐らく故郷へ帰ることができるのは、俺一人になってしまった」
倒れていった仲間たちを悼むように、アルは胸の前で十字を切る。葬式に出席している人間のような神妙な顔を見て、思わず結月は口を開く。
「アルさん……あなたは」
「それ以上の言葉は必要ない。どちらにせよ、俺は退くつもりはない」
ケイを殺した後、貴様も地獄に送る。退け、七夕結月。そうアルが冷徹に言葉を続ける。明確な殺意を込めたその紫色の炎をたたえた瞳は、まるで獲物を狩る肉食獣のようだ。
「そうはさせないぞ! アーサー!!」
ケイは立ち上がり、結月を守るようにして立ちふさがる。そして、振り向かずに結月に対し力強く言葉を放つのだった。
「俺を助けに来てくれたんですよね、ありがとうございます。今度は、俺が!!」
「……はいっ! 八坂さん!!」
結月が後ろに下がる足音を耳にすると同時に、ケイは巨大な青い火炎弾をアルに向けて放つ。しかし、その攻撃がアルに命中することはなかった。強大な力で、アルが上に飛び上がり回避したのである。
「今度は上からか……!」
「耐えきれるか、ケイ!!」
腰と肩に巻き付けたナイフホルダーから、機銃掃射をするようにナイフを投げ放つ。弾丸の雨が降るかのように向かってくるナイフに対しケイは手のひらを向け、青い炎を放ち蒸発させる。しかし発生した衝撃波を殺すことはできず、全身を切り裂いた傷から血が噴き出した。
「八坂さんっ!」
「下がっていてください! こいつは、今までの敵とは次元が違う!!」
回復させに向かおうとする結月を制止し、ケイは身構える。着地と同時にアルはリボルバー銃を構えケイを目掛けて三発、連続で発砲。それをケイは横に走って回避し、そして走りながら同じく三発の青い火炎弾をアルに向けて発射した。
「小癪なッ……!!」
アルは飛来する火炎弾に銃弾を当て相殺する。その瞬間ケイは走っていた足を止め、そして巨大な炎の塊を生成した。
「今だ! くらえアーサー!」
投げ込むようにしてその炎を撃ち放つ。放物線を描いて飛んでくるその巨大な炎の塊を視界にとらえ、アルもまた大きな動作で左脚のナイフホルダーから一本のファイティングナイフを取り出し投げつける。その直後、巨大な轟音と共に空に青い大爆発が発生した。
「やるなケイ! だが……!」
考えられないほどの手早さで弾丸を詰めながら、そして信じられない速度で飛び込みケイとの距離を詰める。
四発の火炎弾を撃ち込み迎撃するケイだが、しかしアルが拳銃から放つ弾丸がそれを相殺し、接近を許してしまう。
アルの着地に合わせゼロ距離で手のひらを向け、爆発する火炎でアルを吹き飛ばそうとするケイだったが、しかしその一撃も上に跳躍され回避される。そして、アルは地上十数メートルから強烈な勢いで落下しかかと落としを炸裂させた。
寸でのところで後ろに跳んで回避するケイだったが、アルの着地地点が轟音を上げクレーターに変化する。
「負けるわけにはいかないな。裏切り者」
「くっ……! 俺もだ、アーサー!!」
拳銃を構え発砲するアルに、向けられた銃口から弾道を読み回避するケイ。両者の戦いは、今までのそれとは一線を画すものだった。
「や、八坂さんっ……!」
ゆえに、結月にケイを治しに行く隙は与えられない。助けに行こうとした瞬間、恐らくアルは結月を一瞬のうちに殺してしまうだろう。ケイは恐らくその攻撃から結月を庇い、最悪の場合それで決着がついてしまう。ゆえに、この戦いに結月の付け入る隙は全くなかった。
「わ、私にできることは……!!」
しかし、ただ見ているわけにはいかない。それは、誰の目にも明らかなことだった。凄まじい速度で戦いは進み、そして恐らく徐々にケイが押され始めている。何か手を打たなければ、恐らく敗北するのはケイの方なのだ。それだけは、絶対に阻止しなければならない。
「わ、私も……戦えたら……!」
辺りを見回し、アルに対抗できる何かを探す。恐らく、その辺りに落ちている瓦礫では対抗できない。当然である。相手は湊ですらも手も足も出せなかった最強の能力者なのだから。
「何か、何か……!!」
一瞬ケイの方を見やる。完全にアルに接近することを許してしまい、防戦一方となってしまっていた。早く手を打たなければ、恐らく本当にケイは殺されてしまう。
「私が、戦わなくっちゃ……! 私が八坂さんを助けないと!!」
瓦礫の山に入り、そして探す。最強の能力者に対抗できる何かを。瓦礫をかき分け、必死に探す。そして、ついに結月は瓦礫の中からそれを見つけ出したのだ。
「こ、これは……!」
それは、先ほどの戦いで降りそそぎ、蒸発しきらずに地面に突き刺さったナイフだった。しかしその刃はマグマのように赤熱しており、恐らく触れば大きなやけどを負うだろうことは明白であった。
「私は、あの二人を助けてあげたいんだからっ……!!」
しかし、結月は迷わない。生まれて初めて自分の在り方を見つけてくれた人たちのために、その在り方を、受け入れてくれた人たちのために。
「ぐっ……ううぅぅぅぅぅうううううう!!!」
ジュッ。そう嫌な音を立て手のひらが焼けただれ、熱さも痛みも感じずに一瞬で手の感覚がほとんど消えてしまう。しかし、結月は止まらない。視線の先に戦っている二人を捉え、そしてゆっくりと近づいていき、そして。
「今助けます! 八坂さぁぁぁぁぁあああんっ!!!」
その叫びは、生まれて初めての攻撃であった。誰かを守るため、結月は生まれて初めて痛みをもいとわず剣を取ったのだ。
そして、その剣は。
アルの背中に命中し、そのまま勢いを完全に失い落下した。昨日の、湊が放った攻撃と同じように。完全に勢いを止められ無効化されたのだ。
しかし、その一撃は無駄ではなかった。無駄ではなかったのだ。
「何ッ!? これは……ッ!!」
服が溶け、アルの背中が焼ける。
背中からの不意の痛みにアルが怯んだ、その一瞬。青い炎をまとったケイの拳がアルの横っ面にクリーンヒットしたのだ。
拳から青い炎が燃え広がり、アルの顔を焼き始める。その顔が苦悶に歪み、そしてケイが強い言葉で口を開く。
「熱だ! どれだけの抵抗があっても、熱伝導は防げない!! このままお前を焼き尽くす! 終わりだ!!」
「それはどうかな……! 俺が何故、この距離まで近づいたと思っている!!」
突然、生暖かい感触がケイの胸元から流れ落ちる。見ると、ケイの胸に拳大の風穴が開けられていた。アルが、開けた穴が。
「貴様の手のひらから炎を発射させないためだ……! 貴様自身を燃やせない炎で攻撃されても、俺にとっては攻撃のチャンスでしかないんだよ……!!」
アルの手刀が、腕からケイの拳を切断する。そしてトドメに放たれた飛び蹴りがケイの腹を貫きその体を数メートル後方に吹き飛ばす。二か所も大きな穴を開けられ、ケイは立ち上がることができず意識を失った。
「さらばだケイ。帰還を果たしたあかつきには、貴様の墓くらいは建ててやる」
次の武器を必死に探す結月だったが、もうそんな都合のいいものは落ちていない。もう、結月にはケイを助けることは不可能だ。
ゆっくりとアルがケイに近づき、その頭を踏み潰そうと足を上げる。その、次の瞬間だった。
その戦場に、足音が一つ増えたのだ。消え入りそうで、しかし熱く熱く燃え滾るその存在を感知したアルは、その足を止めそこを振り向き目を見開く。
頭の骨はほとんど全て砕かれ、腕も砕かれまるで機能していない。そんなボロボロの状態で、しかし。
この戦場に、大切な人を救うべく。
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