第三十一話
マンションの最上階から、燃える右腕の男が飛び降りてくる。そしてその右腕で着地し、アスファルトが凄まじい力に砕け散る。巨大な轟音と土煙が辺りを覆いつくし、そしてそれを薙ぎ払うようにしてイロンシードが土煙の中から姿を見せた。
凄まじい殺気が、街を凍り付かせる。
「……お嬢様、先に行ってもらってもいいですか?」
「ど、どうしてですか……?」
決意を秘めた湊の声に、結月は不安そうにその顔を覗き見る。その視線はまっすぐにイロンシードを捉えており、これから起きる戦いの激しさを予感させた。
「結構時間が経ってます。急がないと師匠がやられる……後で追いつきますから、お嬢様は先に行って師匠を治してあげてください」
「で、でも湊さんっ!」
「俺も、すぐに追いつきますから」
一瞬、湊は結月の顔を見て笑顔を見せる。自信にあふれたその顔を見て、結月は屋敷に向かって走り出すのだった。
湊はすぐに視線をイロンシードに戻す。再びギロリとした視線がぶつかり、イロンシードが口を開いた。
「賢明な判断ですね……ここに七夕結月を置けば、二人とも死ぬと分かって」
「勘違いするなよ。俺はお前を倒して師匠を助ける。俺もお嬢様も、殺されるつもりはねぇよ」
じりじりと間合いを取りながら、湊がそう返す。隣に立つ
イロンシードは右拳を地面にたたきつけることで、凄まじい速度で迫ってくる。
人間の速度ではとても対抗できず、湊は腕をクロスさせガードしようとする。
「あなたの弱点です西城湊! 本体は何の力も持たない!! 終わりだッ!!」
直後、隕石でも受け止めたかのような衝撃が湊の全身に襲い掛かった。圧倒的な重さを持つ拳の前に湊の腕は一瞬にして骨を砕かれ、殺しきれない衝撃が全身の骨や内臓にあまねく大きなダメージを与える。
両足では圧倒的な衝撃から体を支え切ることができず、湊は後ろにあった建物の窓ガラスを突き破りその中へと吹き飛ばされていった。
「……あっけないものですね。今からなら十数秒で七夕結月を……何ッ!?」
後ろから感じる殺気に、思わず振り向く。そこには右腕の剣をナックルダスターのように変化させ、その拳を思い切り引き絞っている
対抗して右拳をぶつけようとするが、その直前に左手の銃から放たれた水の弾丸に肩を撃ち抜かれ、一瞬力が抜ける。次の瞬間、イロンシードの胸元に強烈な一撃が放たれた。
「がッ……!? うおぉぉぉぉッ!!?」
圧倒的な衝撃が迸り、イロンシードは後ろにあった建物の割れた窓ガラスを通って大きく吹き飛ばされた。痛みにしばらく動けずにいると、目の前に湊が現れる。骨を粉砕された両腕はだらしなく垂れていたが、その目は鋭くイロンシードを睨みつけていた。
「なッ……!?」
「本体の力を、甘く見たな! イロンシード……!!」
イロンシードは立ち上がると同時に右ストレートを振るうが、湊はそれをイロンシードの左懐に潜り込む形で回避し、そしてその腹に飛び膝蹴りを食らわせる。想定外の威力に一瞬顔をしかめるイロンシードだったが、湊を捕まえるためすぐに右手を伸ばす。しかし湊はその右手をしゃがんで避け、後ろに向かって地面を転がり距離を取るのだった。
「クソッ! 何故当たらないのです!?」
「お前の能力で強化されているのは右腕だけだ! そこにさえ気を付けてれば、簡単に避けられる!!」
「黙れ……! 黙れェェェェエエエッ!!」
湊に突撃し、イロンシードは左から右へ腕を薙ぎ払う。湊はスライディングで回避すると同時に再び懐に潜り込み、そして立ち上がると同時に敵の頭を目掛け自分の頭を叩き込んだ。
「ぐあッ……! だが、私の勝ちだッ!!」
しかし、イロンシードは怯むことなく左手で湊の頭を掴み、万力のような力で締め上げた。とても人間とは思えないその力に、湊は気づく。
イロンシードの能力で強化されるのは、右腕だけではなかった。そうでなければ、人を数十メートルも吹き飛ばす
しかし、気づいたころには遅かった。湊の鼻面に何度も何度もイロンシードの膝蹴りが炸裂し、頭蓋骨が破壊されていく。鼻からはとめどなく血が噴き出し、口の中の歯が全て粉砕され、顎骨を砕かれだらしなく開いた口から粉々になった歯がボロボロと落ちる。
そして湊がまったく抵抗できなくなると、ゆっくりとその右腕で湊の体を掴みなおすのだった。
「終わりです……この燃える腕で、ゆっくり焼かれて死んで行け……!!」
熱い、熱い。熱い! 熱い!! 湊の意識はそれだけを伝え、そして消えていく精神を走馬灯が駆け巡っていく。
師匠に出会って、ヒーローになりたいと思った。勝手に動いて、殺されかけて師匠に助けてもらったこともあった。それから強くなりたくて、師匠に戦いを教えてもらうことになった。
それでも弱くて、何度も負けた。そのたびに、師匠に助けてもらった。師匠は、絶対に俺を見捨てなかった。何度負けても、何度勝手な行動で仕事をダメにしても、一発殴ったら笑ってくれた。また、俺がサボると分かって戦いを教えてくれた。
俺を、ここまで育ててくれた。
師匠は、俺のヒーローだ。俺を育ててくれた、かけがえのない人だ。
助けたいんだ。そうだ、ここで止まる訳にはいかない。
まだ俺は戦える。相手が誰だろうと、勝ってみせる。
だから、だから。
我慢比べと行こうぜ。イロンシード。
「燃えろ、燃えろ! あなたが死ねば、今度は七夕結月の番で……ッ!!?」
言いかけて、イロンシードは腹に受けた強烈な痛みに血を吐いた。痛みの場所を見やると、まるで弾丸に貫かれたような小さな傷から、血が噴き出している。
そして、イロンシードはハッとした表情で湊の後ろに目をやった。
そこでは、
「しょ、正気か!? 自殺に等しい行動だぞッ!!?」
「へへっ……おあいあ……いおんいーお……!!」
終わりだ、イロンシード。歯が抜け、顎が動かない状態で湊はそう口にした。イロンシードは湊の意思を察したのか顔を青く染め、そして手を離す。ゆっくり崩れる湊を、そのまま右の拳で撃ち抜くつもりだ。
「終わりなのは、あなただけだッ!!」
しかし、イロンシードの攻撃が届くことはなかった。その直前に、突如として目の前に現れた
痛みに朦朧とする意識の中、湊はしばらく目の前で燃えるイロンシードを。そして、その炎を見つめていた。ゆらゆらと静かに燃える、炎を。
「や、八坂さんっ!!」
屋敷があった瓦礫の山にたどり着いた結月が見たものは、地中から突然空に向かって放たれた無数のナイフに貫かれ全身から血を噴き出すケイの姿だった。
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