第二十九話
「み、湊さん。あれ……!」
爆発のあった射手園家の屋敷に向かって、湊と共に走っている結月が前方から向かってくる一台の車に気づく。湊がそこに視線を向けると、軍服を着た男がハンドルを握りこちらを睨みつけていた。以前にケイと戦っていた男、イロンシードだ。
「お嬢様、どこかに一旦隠れてください」
怪我したら、また治してくださいね。そう言って湊が結月に笑顔を向ける。今までの明るさを取り戻したその笑顔を見た結月は、心の底から嬉しそうな笑顔を返して近くのマンションへと走って行った。
「お前が西城湊かぁ。いつかヒーローになる、とか言ってるらしいなぁ?」
結月がマンションの中へ姿を消すとほぼ同時に、湊の前に急停車した車の後部座席から男が現れた。ベルシラックである。余裕ありげに煙管から煙を吹かせるその男に、湊ははっきりと告げる。
「師匠を助けに行くんだ。どけよ」
「お前に何ができるって言うんだぁ?」
馬鹿にしたように肩を震わせ、ベルシラックが笑う。車の運転席から煙を避けるようにかがんだイロンシードも現れ、そして二人はじりじりと距離を詰め始めた。
湊もまたじりじりと間合いを図りながら、腰にさした針金に手を触れる。
「……
ポケットから取り出したペットボトルを瞬時に針金の先で突き刺し、生成された水のガンマンが水の弾丸を放つ。弾丸は凄まじい速度で進み、ベルシラックの胸に風穴を開けた。
そして。
「ぐあっ……!?」
突然、胸に弾丸をくらったような激痛が走り、湊が膝を付く。その隙を、イロンシードが見逃すはずもなかった。一瞬のうちに右腕を異形のものへと変え、そして湊にトドメを刺すべく急接近する。
「ぐっ……!
リュックサックから砂が飛び出し、そしてミノタウロスとケンタウロスのあいの子のような姿となってガードの体勢を取る。その直後、まるで砲弾でも直撃したかのような轟音が響いた。
「ガードできるのか……だけどなぁ!」
「やるなぁ。でも残念」
しかし、ベルシラックはまるで痛がるそぶりを見せずニヤリと笑う。それと同時に、湊が苦悶に顔を歪ませ後ろに吹き飛んだ。腹と片足から伝わる激痛が、敵の能力を湊に教える。
「う、受けたダメージを俺に返してるのか、お前……!?」
「よく分かったなぁ。だが、分かったところでどうするんだぁ? お前」
あざ笑うようにベルシラックが言うと同時に、イロンシードが
追撃しようとしたベルシラックだが、一瞬足元がよろめき追撃の手を止めた。
「湊さんっ!!」
「……イロンシード、あいつ殺して来いよ」
痛みにのたうち回る湊を見て、上から身を乗り出して名前を呼ぶ結月。それを見たベルラシックが、そう冷徹に言った。直後、イロンシードがマンションの方へ走って行く。それを確認すると同時に、結月は決意を固めたような顔で上に続く階段を駆け上がって行った。
「お嬢様……!!」
「おいおい。立ち上がって何をするって言うんだぁ?」
立ち上がろうと力を込める湊を、ベルシラックは力強く踏みつける。強烈な痛みに湊はせき込むが、すぐにその顔を向け不敵に笑うのだった。
「一対一なら、お前に勝てる!
生成した鉄の塊が、右手を変化させた剣でベルシラックの腹を突き後方に吹き飛ばす。湊は強烈な痛みに顔が歪み血を吐いたが、しかし雄叫びと共に立ち上がり
「今度は俺の番だ! 瞬殺してやる!!」
「やってみろよ! やれるもんならなぁ!!」
「やらなきゃ、お嬢様を守れねぇんだよ!!」
ベルシラックの顔面を目掛け拳を放つが、ベルシラックにその腕を掴まれ投げ飛ばされる。しかし、その横腹に
「うおっ……!?」
「まだまだ行くぞ!!」
即座に立ち上がり、湊はベルシラックの上半身に次々と拳を喰らわせていく。まるで効いている様子を見せないベルシラックに、血反吐を吐きながら必死に拳をぶつけ続ける湊。反撃に湊はこめかみに蹴りを受け、ついに倒れてしまう。背後から襲い来る
「終わったなぁ、ガキ。頑張った方だが、あとはこいつの攻撃を回避してお前にトドメを刺すだけだ」
「……どうかな。もう、俺の勝ちだと思うぜ」
「何……!!?」
突然、ベルシラックが地面に膝を付き血を吐く。その目を白黒させながら湊の方を見るが、その姿は二重に見えた。
「お前の能力は……ダメージを共有する力だ! お前が痛みを感じてないだけで、実際にはこうなってるんだよ……! そうじゃなきゃよろめいたりしない……!」
よろめきながら立ち上がる湊は、してやったりと言った笑顔で自分を親指で指さす。そして、ゆっくりと
「最初の煙管……! あれに強い麻薬か何か入ってたろ。もう一人の奴が煙を大げさに避けたからな……!!」
「それを見抜いたから、何だってんだぁ……!?」
震える体を無理やり動かし、ベルシラックもまた立ち上がる。湊は砂の山にたどり着くと、強い瞳でベルシラックを睨みつけた。
「その能力には弱点がある……! 痛みを消すために麻薬を使ってるんだ。相手が痛みに耐えきってしまえば、先に崩れるのはお前の方だ……!」
「どうかなぁ!? 俺は円卓部隊のベルシラックだぞ! 訓練もされてないド素人に負けてたまるかぁ!!」
ベルシラックがこちらに走って接近し、そして湊を殺すために拳を引き絞った。湊はそれを睨みつけるばかりで、動くことをしない。ベルシラックは残虐な笑みを浮かべ、そしてその拳を湊に叩きつけた。
「
「何……!!?」
ベルシラックの拳は、生成された砂の獣がその手で受け止めていた。
「能力者が一撃で倒れれば、そもそも能力は発動できない! この一撃で終わりだベルシラック!!」
直後、
「く、くそっ……!!」
しかし、それは実質的に湊の敗北を意味していた。ベルシラックが即死しなかったということは、能力の発動を許したということに他ならない。訓練された軍人ですらも死に至らしめる強烈なダメージが、そのまま湊に跳ね返ってくるのだ。
白目を向き、血の泡を吹いて湊は仰向けに倒れる。なんとか動こうと必死に体を動かそうとするが、まるで体を動かすことができない。当たり前である。湊が受けているダメージは、間違いなく致命傷なのだから。
「お嬢、様……!!」
結月が居るだろうマンションに視線だけを向けて、湊は呻くように呟いた。
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