第二十六話
「おぉぉぉぉぉぉおおおっ!!」
「無駄だぞ、ケイの助手」
しかし、アルにその拳が効いている様子はまるでない。それどころか、鬱陶しそうに振るった裏拳の一撃で、頑丈な砂の塊は粉々に砕かれてしまう。
「
先ほどまで
しかしその水の弾丸も、アルの眉間に触れた瞬間に勢いを失い、そのまま鼻筋を伝い地に滴るだけである。一瞬驚いたような顔をしていたアルだったが、湊が追撃に放ったハイキックをこめかみで受け止めると、その脚を掴んで握りつぶす。
ぐしゃりと嫌な音を立てて砕け散った骨が全身の神経に痛みを伝え、湊は苦悶の叫びをあげ崩れ落ちた。
「いいか、俺はお前を殺さないでやっている。図に乗るなよ」
痛みに悶絶する湊の頭を掴み上げアルがそう声を発する。みしみしと頭蓋骨が音を立てて軋み、湊はあまりの痛みに口から泡を吹き叫ぶことすらできずに呻く。
「……アーサー、頼む。その辺にしてやってくれ」
ケイが震えた声でそう頼み、アーサーが手を放す。手を突くことすらできず倒れ伏した湊は、もう立ち上がれない。
二人が踵を返し部屋を出ていこうとする。そんなケイの背中に、結月は叫んだ。
「八坂さんっ! どうして、どうしてですか!?」
「……お嬢様、もうこれしかないんですよ」
一瞬だけケイが振り向き、そして再び去って行こうとする。振り向いた一瞬に、ケイの頬を涙が伝う。もう、結月にはどうすることもできなかった。ただ湊に駆け寄り、泣きそうな表情でその体に触れ傷を癒す。それしか、できなかった。
「……待って、待ってくださいよ! 師匠っ!!」
しかし、湊はそれでもなお立ち上がった。まだ残る体を貫かれ、粉砕された痛みに顔を歪ませながら、しかしそれでも湊は立ち上がる。
今、師匠は泣いている。役に立ちたい。今役に立てなかったら、もう一生師匠を支えてやれない。だから、だから。
「俺が、俺が助けますから!! 師匠!!!」
かつてない程力強く叫び、血走った湊の瞳が炎の色に染まる。
その瞬間、床に散らばった砂が、アルから滴り落ちて水たまりとなった水が、クローゼットの中にコートと共にしまわれていた針金が。それら全てが一斉に湊の眼前に集まり、何かを形成しようとし始めた。
「み、湊さん……これは……!」
今までとは明らかに違うその光景に、思わず結月が声をかける。一瞬だけ湊は結月の方を振り返り、そして頷く。その目にはかつてない力が込められており、徐々に形作られていく怪物のような姿のそれの凄まじさを感じさせた。
湊は再び眼前の敵を睨みつけ、そして形成されたその存在の名を呼ぶ。
「
今まで湊が操ってきたモノとは次元が違う威圧感を漂わせるそれは、湊の声を聞き左手の銃を向けながらまっすぐアルに突撃しそして。
アルの投げたナイフによって、バラバラに砕かれてしまうのだった。
湊には、何が起きているか理解できなかった。左肩から先の感覚が完全になく、痺れるような熱さと痛みが全身を支配している。一瞬前まで存在した力は既に粉みじんに破壊され、もはやこれ以上の力はどこを探しても存在しない。
ふと後ろを振り向くと、結月が泣きそうな表情でこちらを見ている。何があっても絶対に勝てないことを察した、絶望の表情。
今度はアルを見やる。一つも呼吸を乱さず、汗一つかいていない余裕の表情。
最後にケイの顔を見る。うつむいているケイからは、表情を読み取れなかった。
「し、師匠……見ててください、俺、俺はそれでも……」
もう湊にもはっきりとした意識はない。ただ目を見開き焦点の定まらない目で、それでも湊はアルに歩み寄っていく。まだ動く右拳を握りしめて。
「湊さん……! もう、やめてください……!」
後ろから結月の泣き声が聞こえる。
やめる? どうして? まだ、俺は師匠を助けられてないのに。
湊はその声を無視して歩き続けた。
「見苦しいぞケイの助手。それ以上するようなら、息の根を止める」
眼前に居るアルがそう警告する。
息の根を止める? やれるものならやってみろよ。俺は師匠を助けるんだ。
湊はアルの鼻面をめがけて拳を引き絞った。
「……いい加減にしろ! 湊!!」
湊の左頬を砕き割ったその拳は、ケイのものだった。真横の壁に叩きつけられ、湊は腰から座り込むようにして崩れる。
「お前とはここでお別れだ。そう、言ってるだろうが……!」
湊がケイを見上げる。ケイは、肩を震わせ泣いていた。
あぁ、俺じゃこの人を助けられないんだな。
見開いた目から涙を流し、そして湊は意識を失い完全に倒れ伏す。
「八坂さん……あなたは、それでいいんですか……?」
結月が悲しそうに問うが、ケイがそれに答えを返すことはない。ただ黙って、アーサーと共に部屋を後にする。結月に、それを止められるはずがなかった。
「ごめんなさい湊さん……! 私、何の役にも立てなくて……!!」
倒れている湊に覆いかぶさるようにして結月が泣き崩れる。割れた窓から大粒の雨粒が入り、そしてそれと同時に叩くような音を立てて雨が降り始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます