第二十四話

 「何故ですか!? 何故帰投を受け入れないのです!!」


 建物が燃え盛り、絶叫と咆哮が木霊する。街が死んでいく。

 そんな地獄の空を飛ぶヘリの中で、アーサーが通信機に対し叫んだ。その口調には明らかな焦りがある。


 「報告は聞いている。暴走し周りに危害を加える可能性がある以上、お前たちの帰投を受け入れることはできない」


 冷徹な、機械のような声が通信機からヘリの中へ届く。その言葉に絶望したのか、一人の男がヘリの扉を開け放った。


 「待てパルジファル! 早まるな!!」


 目を見開き叫ぶケイの声を無視し、パルジファルはパラシュートも付けずにマンションがミニチュアに見えるほどの高度から落下した。場の空気が凍り付き、生き残った十人あまりの兵士たちが恐怖にその呼吸を狂わせる。


 「もう我々も限界だ! 無理にでも帰投するぞ!」


 「そうなれば、我々はお前たちを撃墜することになるだろうな」


 情けも容赦もないその声がその場にいた者全ての耳に届き、そしてそれを最後に通信は途絶える。アーサーが何度必死に呼んでも、返答が帰ってくることは決してなかった。


 「……アーサー。降りるぞ」


 通信機を拳で殴るアーサーに対し、ケイが冷静な声でそう言った。その場にいる全員の視線がケイに突き刺さるが、しかしケイはその口調を乱さず言葉を続ける。


 「食料も何もない。いつまでも飛び続ける事だって不可能だ。ここは着陸し、拠点を作る。そして街から生存者を集め、戦力として使う」


 それが、俺たちの生きる唯一の手段だと思うと、ケイはそう続ける。しかしアーサーが首を縦に振る様子はなく、更にケイはその声をあげ続けた。


 「なら、俺が一人で降下する。調査が済み拠点を確保し次第、発煙筒で合図する。行かせろ、アーサー」


 「……分かった。頼むぞ、ケイ」


 アーサーに敬礼し、そしてケイが先ほどのパルジファルと同様にパラシュートも付けず降下する。僅かな間を置き、街の中に隕石でも降って来たかのような爆発が起きる。そして、ヘリの中に通信機を介してケイの声が響いた。


 「こちらケイ。着地に成功」


 「後は頼むぞ」


 アーサーはそう言うと同時に、ヘリが上昇する。ケイならば何とかしてくれるかも知れないと、兵士たちは生気を取り戻しつつあるようだった。


 しかし、ケイからの合図は来なかった。太陽が西の空に差し掛かってもなお、通信機からケイの声が聞こえることはない。アーサーが何度呼び掛けても、その結果は変わらない。


 「た、隊長……! あいつ、逃げやがったんじゃぁ……!」


 「黙れベルシラック。奴は一人で逃げたりはしない」


 それに、地上よりはここの方がはるかに安全だ。逃げる意図があるなら自ら地上には降りない。アーサーはそう続け、そして通信機に再び向かいあう。しかし、相変わらずケイからの応答はなかった。


 「……う、うぅ……!!」


 「ガウェインか!」


 アーサーがガウェインの元に駆け寄り、そしてその肩をゆする。薄く開いたガウェインの目もまた、ケイと同じような青色の炎を灯している。


 「ガウェイン! しっかりしろ、大丈夫だ」


 「あ、アーサー……?」


 ガウェインはしばらく、自分がどこに居て、どのような状況に置かれているのか理解できないようだった。しかしその目がはっきりとした意識を取り戻すと、アーサーの肩を凄まじい力で掴む。


 「アーサー! 今すぐ俺を殺せ!!」


 「な、ガウェイン……ッ!?」


 信じられない力だった。まるで万力にでも絞められているかのような圧倒的な力で肩を掴まれ、アーサーの顔が苦悶に歪む。アーサーが力を使いその攻撃にも近い腕を振りほどくと、ガウェインが更に目を見開き飛び掛かってくる。


 「早くしろアーサー! 俺が俺じゃなくなる前に!!」


 「ガウェイン……! 何故……!?」


 問いの答えを聞く前に、アーサーにはそれが分かってしまった。

 ガウェインの目は、白目をむいていた。口からはよだれを垂らしている。その特徴は、暴走する者と同じであった。


 「急げ……アル! 俺が……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 言いかけて、ガウェインの口から壊れた機械のように声が漏れだした。それ以上、その男が意味のある言葉を発することはない。だらりとうなだれたその体には力が込められておらず、ガウェインは死んだようになったのだ。


 「ガウェイン……」


 悲しみが込められた声で、悼むようにアーサーがその名を呼ぶ。ヘリに乗っていた者全てが、悲しい視線を向けていた。

 アーサーはガウェインをおぶると、ゆっくりとヘリの扉を開く。そして投げ落とそうとした、その時だった。


 背中のガウェインが咆哮をあげ、アーサーの手を振りほどき他の者に襲い掛かったのだ。あまりの速度に対応できず、一人殺される。


 そして、それが引き金になってしまった。


 「あぁぁぁぁああああああああああああああ!!?」


 死への恐怖、祖国に見捨てられた絶望、そして信頼する仲間による仲間殺し。鍛えられた兵士とはいえ、人間に耐えられるわけもなかった。

 ヘリに乗っていた兵士たちの大部分が暴れだし、そしてそこは小さく閉鎖された殺し合いの場と化してしまったのだ。


 「み、みんな冷静になれ! 頼む、冷静になってくれ!!」


 アーサーの呼びかけも意味をなさず、そして誰かがヘリを操縦していた者の頭を吹き飛ばしてしまう。不快なアラートが響き渡り、そしてヘリが上空からきりもみしながら落下していく。


 「しょ、正気を保っている者は飛び降りろ! 奇跡的に助かる可能性に賭けるんだ!!」


 アーサーがそう言い、正気を保っている七、八人が一斉にヘリから飛び降りる。ある者は上空でヘリに残った狂人に撃ち殺され、ある者はプロペラに巻き込まれ体をズタズタに引き裂かれた。


 そして、アーサーはそれを見ていた。銃もプロペラも効かず、アーサーだけがその光景を見ていた。涙を流し、見続けていた。


 やがてヘリが地面に激突し、大爆発が起こる。地面に叩きつけられたアーサーはすぐさま立ち上がり、辺りを見回す。


 空に、虹がかかっていた。この地獄を、まるで祝福するような美しい虹。破壊されもはや見る影もない街を照らす、夕暮れに似合う綺麗な虹だった。


 「……ケイ! 貴様どこに行ったァァァッ!!」


 ケイが死んでいるはずがない。アーサーには確信があった。

 自分たちを裏切りどこかへ消えた仲間への怒り、仲間を失った悲しみ、自分たちを見捨てた者たちへの憎しみ。あらゆる感情が、アーサーを支配する。


 「……俺たちは帰る。もしもそれを拒むのなら、皆殺しだ……!!」


 それが、アーサーの出した答えだった。




 「……そうか。帰るんだね、君たちは」


 「協力するなら、命は保証してやる。俺たちと来い、射手園」


 静かな部屋の中で、二人の会話がただ響く。イロンシードも、ベルシラックも、過去を思い出しているのか口を出すことはなかった。


 「アル……私は協力できない。この街を、守らなければならないからね」


 「解せないな。その答えを出して、お前が助かる未来が俺には見えない」


 命がないなら、街は守れないぞ。そうアルは続けたが、しかし射手園は首を横に振る。そして、ゆっくりと言葉を発するのだった。


 「見えないんだ、この先の未来が。私が見えなくしたんだ」


 「……何かしたのか。全く、利用するだけと思っていたが不気味な奴だ」


 吐き捨てるように言って、アルは射手園の腹に拳をねじ込む。一瞬呻くような声を出した射手園だったが、すぐに血を吐き倒れ伏す。


 「……さて、作戦を始めるか」


 暗雲が半分ほど隠している月を見上げ、アルは静かに呟いた。


 

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