第二十三話
その日は、通り雨が降っていた。
霧のように降りしきる小さな雨粒に打たれながらも、日英共同軍事演習は滞りなく進み、現在は設営されたテントの中で休憩を取っている。
「……日本の天気予報は精度が優れていると聞いていたが」
紅茶を口にしながら英国軍所属の特殊部隊隊長、アーサーと呼ばれている男がそう言った。軍人である以上濡れる事には慣れているはずだが、その目は明らかないら立ちを隠さずにいる。
「まぁ仕方ないさ、かつて日本はヤマタイコクなんて呼ばれていたんだ。名前からして言い訳じみてるぜ」
アーサーが紅茶を飲み干すと同時に、隣に男が現れ紅茶を淹れながらそう発言する。フランクな口調で話すその茶髪の男を見やるとアーサーは首を縦に振り、そして肩をわずかに震わせながら、そうか。とだけ返した。
「ウケてるんだなアーサー? ガウェインのジョークに」
「黙れケイ。そろそろ休憩も終わりにするぞ」
その隣で紅茶にミルクを注いでいた青い目の男に、アーサーはそう言って立ち上がる。通信機に向かって歩き始めたその背中を見て本当に休憩が終わることを察したのか、ケイはやれやれといった表情で紅茶を一気に胃に流し込んだ。
「こちら、円卓部隊隊長。コードネーム・アーサー。演習を再開するぞ」
「さっさと行くぞケイ。早くしないと……ッ!!?」
先ほどケイにガウェインと呼ばれていた男はそこまで言ったところで、急に胸を押さえ苦しみだす。ケイがその体を支えようとするが、その直前にガウェインの体は地に伏せてしまうのだった。
「が、ガウェイン!? アーサー、ガウェインが!」
「応答がない……! 何かが起きているのか……!?」
アーサーがガウェインの元へ駆け寄り助け起こそうとするが、その目は白目をむき、その口からは血の泡を吹いていた。明らかに、普通ではない。
「ケイ、とにかくガウェインを連れ衛生兵に……」
「た、隊長! こちらイロンシード、私以外の全ての隊員が暴れて……! ぐ、うわぁぁぁぁぁっ!!?」
突如通信機からそのような声がしたと同時に、巨大な爆音が辺りを覆いつくした。テントの外で、尋常ではない何かが起きている。そう確信したアーサーとケイは、ガウェインを椅子に座らせ休ませると外に出る。
そこに広がっていたのは、まさにこの世の地獄のような光景だった。
アーサーの率いていた円卓部隊の隊員や、共同で演習に励んでいた日本の自衛官、この演習を観察していたアーサー以外の士官までもが暴れ、そして訳の分からない力で破壊と殺戮の限りを尽くしていたのだ。
理性の残っているだろう者も次々と断末魔を上げ死んでいき、そして抵抗を試みる者たちが装備していた銃を乱射する。それでも暴れている者たちの勢いを止められず、二人の視界で多くの人間が血と断末魔をまき散らし死んでいった。
「ケイ、生存者を集めすぐに撤退する……ぐ、うぅぅぅぅッ!!?」
「アーサー!? あ、がぁぁぁっ……!?」
今までこの光景を眺めているだけだった二人が、突然胸を押さえ苦しみ始める。血を吐き、地面にうずくまりながらも苦しみに抗うアーサーとケイ。
そこに、一人の男が近づいて来た。白目を向き口からよだれを垂らしながらも銃をこちらに向けている、迷彩服の男。その胸に付いた円と剣のマーク、そして見慣れた顔。痛みに薄れていく意識の中、ケイはその名をうわごとのように口にした。
「と、トリスタン……!」
声にならない、金切り声に近い咆哮をあげ、ついさっきまで仲間だった男がアーサーに銃を向ける。そして、何の迷いもなく引き金を引いた。
何が起きたか、誰にも理解できなかった。その場にいた理性あるもの全てが、そんな表情をした。最新鋭の自動小銃から放たれた数十発の弾丸が、アーサーに直撃したと同時にその動きを完全に制止し、地面に落下したのである。
そして、次の瞬間。
ケイの手のひらから放たれた巨大な青い火炎が、トリスタンと呼ばれた男だったモノを原形も分からぬほど真っ黒に焼き焦がしたのだ。
「け、ケイ……俺たちは」
「……まだ生きている仲間も居る。アーサー、助けに行くぞ」
ケイの目の中に、炎が宿っているかのようだった。ゆらゆらと揺れるその眼光は、もはや人間のものではない。しかし、その揺れる瞳が映すアーサーの瞳もまた、紫色の炎をたたえていた。その瞳を見たアーサーは、ケイの言葉に頷く。
そこから先は、地獄の中に閻魔が入って来たかのようだった。一方的に暴走する者たちを虐殺していく二人の兵士。一方は圧倒的な火力で全てを消滅させ、一方はあらゆる攻撃を完全に無効化し、そしてあらゆる守りを貫いて殺した。
全てを制圧した二人はガウェインを始めとして生き残った者たちを連れてヘリに乗り、そして飛び立つ。そこから見える全てが、数分前までの平和をあざ笑うかのような地獄だった。
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