第二十一話

 「ケイ、お前を殺し、俺たちは七夕結月を手に入れる」


 人々が行き交う道の中で、アルはそう冷徹に宣言した。ケイは間合いを取るように腰を落としながら一歩下がり、そして問う。


 「全ては、お前たちの復讐のためにか……!?」


 「違うな。俺たちは帰りたいだけだ」


 アルがそう言ってケイを睨みつけると、途端に街の空気は凍り付いた。その鋭い目を見てしまったものは恐怖にその場を逃げ出し、それを見ずとも近くから漂う明確な殺意を感知し、本能的に逃げ出していく。

 たった一人の男が睨んだだけで、周辺はパニック状態にまで陥ったのだ。


 「……お嬢様を手に入れることと、お前たちが帰ることに何の関係がある」


 「分からないか? 三星家の持つ鉄の資源」


 言葉を発しながら、アルはゆっくりと歩いてケイに近づいてくる。ケイもまた間合いと隙をうかがうように、まるで熊と対峙しているかのようにじりじりと後ろに下がっていく。

 

 「交渉の材料か……!」


 「鉄さえ手に入ればいい。そのためには、お前が邪魔だ」


 アルがマントを脱ぐ。小奇麗な軍服に、左肩にかけられたマント。円と剣のマークに、そして胸に付いた勲章。

 目を見開き歯を食いしばり、ケイは右手をアルに向けた。


 「来るか、アーサー!」


 「お前があの時戻ってくれば、死なずに済んだ者も居ただろう」


 不意に、アルは腰からファイティングナイフを取り出しケイに投げつける。桁外れの速度で飛来するナイフを、ケイは巨大な青い火炎で焼き尽くし蒸発させる。次の瞬間、凄まじい衝撃波が辺りを貫き、ケイのコートに大きな傷をつけた。


 「絶対推力ゴッドスラスト……相変わらず、凄まじいな……!!」


 「抵抗するな、お前では俺には勝てないぞ」


 それに。そうアルが付け加えようとした瞬間、トランシーバーから通信が入る。それはケイにとっては、懐かしい声であった。


 「こちらぁベルシラック。ターゲットの部屋の前に着きましたぜ」


 「部屋だと……? まさか、お前たち!」


 ベルシラックを名乗った男の言葉を聞き、ケイが青ざめた表情で叫ぶ。そう、ベルシラックは今、恐らく結月たちを襲撃しようとしているのだ。


 「当然だがイロンシードも居るぞ。ガキ一人殺して、ガキ一人連れ去るには十分すぎる戦力だ」


 アルはケイにそう言って、トランシーバーを取りベルシラックたちに待機を命令する。そして、再びケイに歩み寄ってくるのだった。

 ケイもまたじりじりと距離を取ろうとするが、アルに一跳びで接近され、首を掴まれてしまう。


 「このまま俺が力を使えば、お前を腐ったリンゴのように握りつぶせる」


 苦虫を噛みつぶしたような表情で、ケイはアルを睨みつけていた。しかし、不意に大きなため息をつき、その表情を冷たいものに変える。そして僅かに震えた声で、絞められた気道から絞り出すようにして言葉を発するのだった。


 「……俺を殺しお嬢様を手に入れても、三星家は要求に応じない」


 「命乞いか。無様だなケイ」


 絞める力が強くなったのか、言葉を発さずに首を横に振りながらアルの目をまっすぐに見つめるケイ。

 アルはしばらくその瞳を見つめていたが、やがて嘘ではないのを察したのか手を離しトランシーバーに向けて命令を下す。


 「ベルシラック、一旦撤退しろ」


 うずくまり激しくせき込むケイの髪を掴み無理やり立たせると、アルはその目を睨みつけ問いを投げた。


 「さてケイ。どういうことだ」


 「いいか……! 三星家の、当主はな……!!」


 続くケイの言葉の数々を聞き、アルは掴んでいた髪の毛を離した。再びうずくまるケイ。その肋骨に、アルのサッカーボールキックが炸裂する。骨を数本粉砕されたケイは仰向けになるように吹き飛び、そして痛みに悶絶した。


 「お前の言葉が全て真実なら、もう少しの間、命を預けておいてやる」


 そう言い残し、アルは去って行く。もはや一人を除いて誰も居ないこの路上で、ケイの声が虚空に響くのだった。


 「湊……!!」




 太陽が空をオレンジに染める頃、湊たちの部屋にノック音が響いた。湊が扉を開けると、そこに居たケイが疲れたように笑いかけてくる。湊はやれやれといった表情で口を開いた。


 「遅いですよ師匠」


 「道に迷った。悪かったな」


 ケイがコートを脱ぎ、湊がそれをもらう。腹のあたりに大きな傷が出来ているのを見て湊は残念そうに、呟くように言った。


 「あー、これもう駄目ですかね……」


 「ん? あぁ七、八年は使ってたからな」


 気に入ってたんだけどなぁかっこよくて。と、湊はため息をつく。すると、結月がこちらにやってきてコートを見る。コートはすっぱりと切られたように傷がついているが、傷口は綺麗だった。


 「これなら針と糸があれば、治せるかもしれませんよ」


 「本当ですかお嬢様! じゃあ明日、針と糸を買いましょうね師匠!」


 コートを気に入っている湊は露骨にテンションを上げる。ケイが一瞬、悲しそうに眉をひそめたのが見えないほどに。


 「あぁ、明日な」


 「そうだ師匠、お風呂入りましょうよ! 地下にデカいのがあるらしいです!」


 上がったままのテンションでコートをかけると、湊が楽しそうにケイを誘う。ふとケイが視線を移すと、結月もタオルなどを持っていた。どうやら、元々これから風呂に入る予定だったようだ。


 「そうだな。行こうか湊」


 「はいっ! あっ、でもお嬢様は大丈夫でしょうか……」


 流石に風呂の中にまで入って護衛するわけにはいかないし……と、湊はうなりながら考えるようにして言った。結月も一瞬忘れていたといった顔をしたが、すぐに湊と一緒になって考え始める。


 「……大丈夫だぞ、襲われる心配はない。俺が保証する」


 「えっ……? 師匠?」


 湊にとっては考えられないことだった。心配がないと楽観したことがではない。その発言をケイがしたことである。基本的にケイは(朝以外は)真面目に仕事をこなすタイプなのだ。そのケイが、襲われる心配はないと言っている。


 「な、何でですか師匠? 何でそんなことが」


 「いいから行くぞ湊。それじゃあお嬢様、また後で」


 無理に湊の手を引き、階段を降りていくケイ。不審ではあったが、しかし久しぶりに仕事以外でケイに手を引かれるのが嬉しくて、湊はそれ以上何か言うことはなかった。


 「八坂さん……」


 かけられたコートにすっぱりと入った傷を見ながら、結月はそう呟くのだった。

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