第二十話

 「ようこそ。護衛屋、ブルーフレアのケイさん」


 ようやくたどり着いた屋敷の中で、ケイは射手園にもてなされていた。出された紅茶を慣れた手つきで飲み、スコーンをつまみながら、ケイは射手園に問いを投げるのだった。


 「それで、湊とお嬢様はどこに」


 「街を散策しています。どこかまでは私にも分かりませんが、ホテルの場所をお教えしますよ」


 射手園はそう言うと紙とペンを取り出し、湊たちにそうしたようにホテルの場所をメモしてケイに渡す。ケイは軽く頭を下げながらそれを受け取ると、すぐに席から立ちあがった。


 「お気遣い感謝します。それでは」


 「待ってください、八坂ケイさん」


 もう少し話していきませんか。そう話をもちかけた射手園に対し、ケイは護衛の仕事がありますので、と断りドアに手をかける。その時。


 「……彼らは帰るつもりです。例え、裏切り者を迎え入れてもね」


 呟くように言った射手園の言葉に、ケイは思わず振り返る。その目は見開かれ、額から冷たい汗が垂れる。ケイは、明らかに動揺していた。

 表情から動揺を見抜かれているのか、射手園はただ意味ありげに微笑む。そんな射手園に、ケイは固唾を飲んで問いを投げる。


 「どういう、ことですか?」 


 「さぁ、ちょっとした抵抗なのかもしれませんね」


 答えにならない答えを、射手園は返す。その表情からそれ以上言うつもりはないことを察したケイは、部屋を後にするのだった。


 「……さて、アル。今夜で最後だ」


 どんな話をしようか。射手園は立ち上がり、窓の外に広がる空を見つめた。




 「こ、ここですか……」


 メモされた場所に着いた結月は、そのビルの大きさに思わずそう呟いた。地上十数階はあるだろうか、かつてはそれほど高い建物でもなかったのだろうが、今となってはその建物は塔にも等しい大きさだ。


 「お嬢様、なんか中が凄そうですよ!」


 透明の扉の先にある綺麗なエントランスを見て、湊はテンションを上げている。こんなに綺麗な建物を見たのは、湊にとっては生まれて初めてだった。


 「そうですね。なんだか緊張してきます……」


 結月もまた、あの日から初めてのホテルなのだろう。その顔は微笑みを崩していなかったが、声が明らかに震えている。それほど、二人にとってホテルと言うものは異質なものなのだ。


 「行ってみましょうお嬢様! どっちにしても夜はここで寝るんですし!」


 「で、ですねっ。行ってみましょう!」


 湊の明るい声に感化され、結月も両拳を握って自分を奮い立たせるようにそう口にする。そしてずんずんとホテルの中へ入っていくのだった。


 扉をくぐったその先は、まさに異次元と言っても差し支えないものであった。

 黄金に輝く明かりがエントランスを照らす、光源を見ると、シャンデリアというものだろうか。綺麗なガラスの灯だった。

 更に、黄金に輝いているのは光だけではなかった。湊たちの正面にある受け付け台までもが、キラキラと輝いているのである。


 「う、うわぁ……すっげぇ」


 思わず、湊はそう呟いた。正直少し落ち着かないが、それでもこの豪華な光に包まれているのは悪い気はしない。


 「こ、これは……やっぱり凄いですね、この街は」


 結月ですらも慣れないほどの光景なのだろう、彼女もまたそわそわとしていたが、しかしやはり悪い気はしていないようだ。


 「お嬢様お嬢様! ソファがありますよ座ってみませんか」


 高級な雰囲気に圧されているのか空気を読んでいるのか、少し抑え気味の空気を漏らしたような声で湊がロビーに配置されているソファを指さす。何かの皮で包まれているのだろうそのソファもまた、湊にとっては圧倒的な高級感を漂わせていた。


 「その前に受付さんに話をしたいですね。なんて言えばいいんでしょう……」


 そう言われ、湊はふと思い出した。そういえば場所を書いたメモは貰っていたが、招待状のようなものは貰っていないのだ。


 「ど、どうしましょうかお嬢様……いったん戻ります?」


 「そうですね……戻りましょうか」


 「その必要はありませんよ。七夕結月様、でいらっしゃいますね?」


 踵を返し射手園家の屋敷に戻ろうとする二人を、受付から現れた女性が止める。どうやら事前に射手園が事情を説明してくれていたようだ。

 そして、結月は番号が書かれた直方体のキーホルダーがついた鍵を受付の女性から貰う。どうやら部屋の鍵のようだ。


 「こちらです、ご案内しますね」


 そう二人は受付の女性についていき、奥にあった階段を上る。かなり階段は長く、だんだんと結月の息が荒くなってきたころに、その部屋が階段から見えてくるのだった。


 「こちらの部屋でございます。ごゆっくりどうぞ」


 「だ、大丈夫ですかお嬢様?」


 受付の女性が階段を降りていくと、普段から戦いで鍛えられているためにまるで息を切らしていない湊が、そう心配そうに結月の顔を覗き込む。


 「だ、大丈夫! ですよっ……」


 そう言って結月が鍵穴に鍵を刺して回し、扉を開ける。そこには、大きな和室が広がっていた。ホテルと言うよりも、そこだけは旅館のような出で立ちだ。


 「お、おぉ……でっかいですね」


 「私が落ち着けるように、配慮してもらえたんでしょうか……」


 だとしたら、どちらかというと体力の心配をして欲しかっただろうな。そう湊は思いながらも靴を脱ぎ畳に腰かける。机の上に饅頭が置かれており、湊はそれを一つ口に運んでみた。


 「これ美味しいですよお嬢様! 一つどうですか!」


 「本当ですか! いただきます!!」


 疲れ切っていた結月がぱぁっと顔を明るくして、湊の隣に座る。やはり甘いものが好きなのだろう。湊に饅頭を渡され、それを幸せそうに頬張るのだった。



 

 一方、ケイは屋敷を出て歩いてホテルに向かっていた。射手園の話によると、この街のホテルの駐車場には馬を止めることができないらしい。

 ケイはポケットに手を突っ込みながら空を見上げ、そして遠い目で呟く。


 「裏切り者、か……この街に居るのか、あいつらが」


 何としても守らなければ。お嬢様も、湊も。そう、ケイは覚悟を決めたような口調で呟いた。その、直後。


 「久しぶりだな……ケイ」

 

 目の前から懐かしい声が聞こえ、ケイは視線を空から下す。そこに居たのは、赤いマントを身に着けた金髪碧眼の男、アルであった。

 ケイは目を丸くし、そして後ろに跳んで構えながら威嚇するような低い声でその名を呼ぶ。


 「アーサー……!!」と。

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