第十七話

 その街は、まるで過去へタイムスリップをしたかのような錯覚すら湊に覚えさせるものだった。

 きちんと整備された道路に、電気の明かりが窓から漏れる建物。車道と歩道の区別がついており、少ないながらも自動車が走っている。


 湊は先ほどからずっと外の景色にくぎ付けになっている。パン屋どころかケーキ屋すらも存在するその別世界に、湊の瞳は完全に奪われていた。


 「いい街ですね。湊さん」


 「はい……凄いです」


 結月がこちらを覗き込むように話しかけ、湊はそれに気づかず、ただ外を眺めながら答える。

 バックミラー越しにその様子を見たのか、車を運転している男が口を開いた。


 「ご主人様に会われた後に、この街を散策するといいでしょう。時間はまだまだあると思いますので」


 「本当ですか! やった!!」


 あまりの喜びように、結月が思わずクスリと笑う。湊はふと我に返り、顔を赤らめてせき込むのだった。


 「そ、それにしても凄い街ですよね。平和そうですし」


 少しでも先ほどの自分から皆の意識を遠ざけたいのか、少々無理やりに湊が話題を変える。しかし運転手の男は、その言葉を聞くと少し誇らしげに口を開いた。


 「この街には、最強の能力者が居ますからね。誰もこの街には手を出しません」


 「最強の、能力者ですか?」


 結月がそう問いを投げると、男は嬉しそうに首を縦に振りその言葉を肯定した。最強の能力者。

 そんなに強いんですか。と湊も興味を示し、男はその能力者について語り始めたのだった。


 「はい、いつか世界すら取り英雄になる男です」


 「そんなに強いのですか」


 結月がそう問う隣で、ずいぶん大きく出たなと湊が感じる。世界と言う言葉すら出すほど途轍もない能力者と言うことだろうか。男はその最強能力者について語り始めた。


 「あらゆる攻撃が効かず、あらゆる防御も意味をなさない。詳細は分かりませんが、本当にそんな強さがあるんです。この世で一番強いのは彼だと、私は思います」


 男の話によると、どうやらその最強能力者は射手園家の屋敷に居て、基本的には街の治安維持部隊のリーダーを務めているらしい。あまり人前に姿を見せる人間ではないが、もしかしたら会うこともあるかも知れないとのことだった。


 「会ってみたいですね、湊さん」


 「そうですね。どんな人なのか気になります」


 ヒーローになりたい湊には、英雄ヒーローになると評された男は非常に興味深いものだった。強さだけでなく、見た目や人間性にも。

 

 「……見えてきましたね。あそこに見えるのが射手園家の屋敷にございます」


 二人の視界に入ってきたのは、まるで城のような屋敷だった。七夕家とは比較にならないほどの、大きな屋敷。

 湊はその大きさに圧倒され、しばらく口を半開きにしたまま硬直してしまった。結月に肩をゆするように叩かれ、ようやく我に返る。


 「あっ、すいませんお嬢様……ピースタウン慣れてなくって」


 「気にしなくて大丈夫ですよ」


 それより、最強の能力者さんに会えるといいですね。そう結月が続け、湊はゆっくりと頷き、ドアを開き車を出るのだった。


 「ようこそいらっしゃいました。私が射手園家当主、射手園隆司です」


 「七夕結月です。お出迎えありがとうございます」


 ドアを開けた先で、その名を名乗るスーツを着た男が湊たちを出迎え、結月もそれにこたえる。どうぞ中へと射手園が結月たちを中へいざない、そして二人は屋敷の中へと入っていくのだった。




 「……ルキウスも、ルーカンも死んだ」


 ケイと、その助手に殺されたのだ。そう、暗闇の中で勲章を付けた金髪碧眼の男は続けた。

 その後ろではイロンシードを含め二人の男が跪いていた。勲章を付けた男は彼らに振り向くことなく、言葉を続ける。


 「だが、俺一人が居れば十分だ……今夜、計画を実行する」


 「了解」


 返事と共に、二人が部屋を後にする。誰も居ないその部屋で、男は死んだ二人に祈りを捧げるように胸の前で十字を切った。

 そして、悲しい目で虚空を見つめ呟く。


 「ケイ……俺の右腕」


 懐かしむように、しかし忌むように。男は呟き続ける。


 「お前が、あの時戻って来さえすれば……」


 俺は、何も失わずに済んだだろうに。

 男の呟きが、虚空に響いた。

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