第十六話

 「アル、治安はどうだろうか」


 西洋式の屋敷の中で若い男が一人、地下室のドアをノックして質問する。黒いスーツに身を包んだその男は、英国紳士を思わせる雰囲気を醸していた。少しの間、男が待っていると、声だけの答えが返ってくる。


 「射手園か……異常はない」


 「そうか。それはよかった」


 アルと呼ばれた男が報告し、そして射手園と呼ばれた男が安心したようにそう言う。アルはしばらく間を置き、問いを投げかけた。


 「はずだろう? 何の用だ」


 「ははっ、流石はアルだ」


 射手園はそう笑い、そして本題に入る。


 「本当は昨日来る予定だったのだけども、今日は七夕家のご令嬢が我が街にいらっしゃるんだ」


 私には視えると、そう射手園は続ける。アルは黙ってそれを聞き、そして寸刻の間を置いて口を開いた。


 「……では、迎えを」


 「頼むよ。アル」


 射手園がそう言った数分の後に、スーツに身を包んだ小奇麗な男が綺麗な黒い自動車と共にその屋敷を出たのだった。

 朝日の差し込む窓からその景色を見ながら、射手園は小さく呟く。


 「最後の晩餐だ。今日は素晴らしいおもてなしをしなければ」


 その目には、何か悲しいものが視えているようだった。




 舗装されていないボロボロの道路を、湊たちを乗せた馬車は走っている。朝の陽ざしが視界の先に映る大きな煙突を照らし、湊はそれを指さし結月に話しかけたのだった。


 「見てくださいお嬢様! ピースタウンですよ!!」


 「あそこは、確か射手園家が取り仕切る街ですね」


 「射手園家……って何ですか?」


 湊が射手園家を知らなかったことが意外なのか、結月は一瞬驚いたような顔をする。しかしすぐにその表情を元に戻し、湊に目の前の街について説明し始めた。


 「射手園家は、大きな発電所の持ち主です。他の街に電気を売っているので、ピースタウンの中でも特に裕福な街だと言われています」


 「電気か! 凄いですね」


 感心したように、湊は大きな声でそう言った。電気は非常に貴重な資源であり、それを作ることができる射手園家はピースタウンの中でもかなりの重要度を持つことを意味する。目の前の街に、湊は純粋に興味を抱き始めていた。


 「やっぱり美味しいものとか、いっぱいあるんでしょうか」


 「あっても行かないぞ? 仕事中だからな」


 釘を刺すようにケイが湊の言葉を打ち消す。少し残念そうな顔をした湊を見て、結月は口を開くのだった。


 「あ、あの。私食料の補充に行きたいです」


 湊さん、護衛をお願いしてもいいですか? そう続けて結月が湊に目配せする。湊はすぐに結月の意図を察し、そして元気に返す。


 「もちろんです!!」


 「やれやれ、仕方ないやつだな」


 呆れるようにケイが笑い、そして自分にどれだけ金があるか確認しようと片手をポケットに突っ込んだその時だ。

 ケイの視界に、突然一台の自動車が現れたのだ。この国の中で、それはありえないことだった。


 「く、車!?」


 湊もすぐにそれに気づき、そして立ち上がり腰の針金に手を当てる。ケイも馬車を止め、そして立ち上がり臨戦態勢をとった。

 ほんの一分もしないうちに自動車は目の前で止まり、そして中からスーツを着た男が現れる。外国人だろうか、その髪はグレーに近い色をしていた。


 「何者だ」


 ケイが手のひらを向ける。しかし男はすぐに両手をあげ、戦闘の意思がないことを示すのだった。そして、そのまま口を開く。


 「お迎えに上がりました。射手園家の使いの者です」


 「信じられねぇな。お嬢様、ちょっと下がっててくださいね」


 湊が男の言葉を否定し、結月を後ろに下がらせる。ケイが馬車から降り、そして言葉を発した。

 

 「証明できるものがないなら、俺たちはお前を信用しない」


 「……では、これを」


 男は懐から一通の手紙を取り出し、そしてケイに渡す。ケイがそれを手に取り見ると、封筒には家紋のようなものが描かれていた。


 「これが射手園家の家紋だと?」


 「その通り。七夕様ならお分かりいただけるかと」


 ケイがその封筒を湊に渡し、湊がそれを結月に渡す。結月はしばらくの間封筒に描かれた家紋をまじまじと見つめていたが、やがて顔を上げ言った。


 「本物です。お迎えに来てくれたのですね、ありがとうございます」




 湊どころか結月ですらも初めて経験する自動車と言う乗り物は、二人の想像をはるかに超えるものであった。


 まず、スピードが馬車とは比較にならないほど速い。全力で走らせていないとはいえ、既に後ろで馬車に乗り続けているケイの姿が見えなくなっている。

 それに加え快適さも段違いである。エアコンが付いているのだ。これは、馬車ではありえない衝撃だった。


 「す、凄い乗り物ですね……」


 「えぇ……凄いです」


 あまりの衝撃に、二人は凄いという単語しか使えなくなるほどだった。それほど、自動車とは凄い技術なのだ。


 「そういえば、どうして今日迎えに来ていただけたのですか?」


 「言われてみればそうですね。何で分かったんですか?」


 湊たちは本来、昨日この街に訪れる予定だったのだ。しかし、迎えは今日来たのである。実は昨日も来てくれたのだろうかと湊は考えたが、男の返答は湊の想像とは違っていた。


 「ご主人様は未来を見る能力を持っているのです。だから、あなたたちが今日辿り着くことも知っていたのですよ」


 ますます凄い話だった。射手園という男は特に発達したピースタウンを取り仕切り、更に未来まで見えるというのだから。

 湊はその話を聞き、感心したように呟く。


 「本当に凄いんですね。未来が見える能力かぁ……」


 どんな人なんだろうと期待に胸を膨らませる湊を乗せ、その車はまっすぐピースタウンへ向かっていくのだった。

 

 

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