第十四話

 「くたばれ……裏切り者がァァァ!!」


 ルーカンが咆哮をあげ、空中を浮遊する煙のムカデが、一瞬目を見開いて固まったケイを目掛け再び煙の弾丸を放った。しかし、またしてもそれは湊の鉄人マサムネによって弾かれ、ケイを撃ち抜くことができない。

 そのムカデは全身から弾幕を張るようにしてケイを狙うが、鉄の体による防御を貫くことができないでいる。


 「そっちばっか見てんじゃねぇよ! 隙ありだ!!」


 湊が煙のムカデの腹に潜り込み、そこにアッパーカットを食らわせるように殴りつける。煙のムカデの体がうずくまるように丸まると、その瞬間に鉄人マサムネが急速に距離を詰める。そして剣に変形させた右腕を思い切り振り下ろし煙のムカデを地面に墜落させ、真っ二つに切り裂いた。


 「クソが……!!」


 ルーカンが思わずつぶやくと、煙のムカデの切り裂かれた半身が通常の煙となって消失する。体積を半分に減らされた煙のムカデは、今度は3メートルほどの高度を浮遊し始めた。


 「やっぱりな! 煙は一つまでしか操れない!!」


 今です師匠! と、湊が続ける。ケイはハッとしたような顔をして一瞬だけ湊を見やると、そして拳を握りルーカンに殴り掛かろうと拳を引き絞る。

 ルーカンがそれを腕でガードしようとすると、その太腿にケイのローキックが直撃した。反撃しようとルーカンが拳を振るうと、ケイはその手首をつかみ勢いのまま投げ飛ばす。


 「どうしたルーカン! 裏切り者の俺を殺すんじゃなかったのか!!」


 「やってやる……! てめェを……!!」


 激情にかられ、ルーカンは目を血走らせながら、地面の砂を握りケイに投げつける。その隙に立ち上がると、ライターに火をつけ自分のマントを燃やし始めるのだった。


 「炎と煙の鎧だ……! もうお前じゃ俺には勝てねェ……!!」


 殺してやる。殺してやる。ルーカンはそう呟きながら、燃える体でケイに突撃する。ケイは火炎の弾丸を放つが、ルーカン自身から発生した煙の鎧に阻まれダメージを与えられない。次の瞬間、その煙が、今度は槍のようにケイに襲い掛かる。


 「くっ……!!」


 「どうしたァ! 俺が焼け死ぬのを待つだけかァァァ!!?」


 火炎で煙による攻撃を吹き飛ばしてガードし、地面に炸裂させて足元を崩す。それでも止まらずに迫りくるルーカンに、ケイは徐々に押され始めていた。


 「師匠! 今行きます!!」


 「いや、手を出すな湊! ルーカンは俺が倒す!!」


 煙のムカデは、ルーカンが煙の鎧を発動した時点で消滅している。しかし、ケイは自分を援護しようとする湊を止めたのだった。

 普段からは考えられないほどの真剣さを秘めたその言葉に、湊は結月のいるところへ下がる。盗賊たちは逃げだしたのか結月が逃がしたのか、結月以外は誰もその場に居なかった。


 「み、湊さん……大丈夫、なんですか?」


 地面が爆裂し、轟音が響き、そして木々が薙ぎ払われていく。結月が心配しているのは、あれほどの激戦にケイ一人を戦わせていいのか、と言うことだろう。

 湊は視線を戦いから動かさずに、そして真剣な口調で言った。


 「大丈夫。俺の師匠は負けません」


 「でも、湊さん……」


 現に、ケイが苦戦を強いられているのは戦いを知らない結月から見ても明らかなのである。そんな状況の中、助けたければ助けに行けばいいとすら言った湊が、しかし今度はケイを助けに行かない。


 「……俺にはよく分かりませんけど、師匠はあいつを自分で倒したいみたいです。師匠がそうしたいんなら、たまには俺も見守ってあげないと」


 湊の視線の先で、ケイはついに煙の弾丸をさばききれずに腹に数発受けてしまう。痛みに一瞬顔が歪むが、しかしそれでもルーカンの放つ煙の弾丸を避け、火炎弾で打ち消し続けた。


 助けに行こうとする結月を手で制止し、湊も師を見守り続ける。大丈夫。師匠なら必ず勝ってくれる。そう、信じて。


 そして太陽が半分顔を埋め、空が紫色になり始めた時。逆転の時が訪れた。


 「ぐぅ……ッ!!」


 突然、ルーカンが胸を押さえ苦しみ始めたのだ。全身を焼きながらの戦いに、ついに体が限界を迎えたのだろう。激しくせき込むその隙を、全身から血を流しながらも反撃の隙をうかがっていたケイが見逃すはずもなかった。


 ケイは瞬時に飛び込み、ルーカンの顎もとに強烈な飛び蹴りを浴びせた。蹴りの威力のままにルーカンは後ろに吹き飛ぶ。立とうと全身に力を込めているようだが、もうルーカンが立ち上がることはなかった。


 「殺す……! ケイィィィィ!!」


 そう叫ぶが、しかし煙はただ上に昇っていくだけである。もはや能力を使うことも不可能なのだろう。ケイはゆっくりと近づき、そして声をかける。


 「……ルーカン。俺は確かに裏切り者だ」


 「何故……! 何故だァァッ……!!」


 炎に焼かれながら、ルーカンがそう、押し殺すように叫ぶ。そこに狂気は感じられず、相手を責めるような声だった。


 「……出逢ったんだ、戦えない理由と。出逢ってしまったんだ」


 「俺たちと、戦うことになってもか……!?」


 しばらくの、沈黙。ケイは悲しい目でルーカンを見下ろしていたが、やがて重そうに結んでいた口を開きはっきりと、その言葉を口にした。


 「お前たちと戦ってでもだ。何を裏切っても、死なせたくない人が居る」


 ルーカンはしばらく驚いたような目でケイを見つめていたが、やがて自分に時間がないことを悟ったのか、怒りとも悲しみとも取れない声で呟くように言った。


 「ケイ。お前の家はどこにあるんだ……」


 それが最後だった。ルーカンは燃える炎と共に力尽きる。ケイはしばらく黙ってその炎を見ていたが、しかし湊たちの方を向き、もう居ない男に答えを出した。


 「……あそこだよ」


 

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