第十三話

 「だ、大丈夫ですか!? 今治しますから!」


 そう言い、結月が左肩を切断された男の元へ飛び出し、支えるようにして手を当て能力を使う。流石にすぐに全快とはいかなかったようだが、痛みに歪んでいた男の表情は徐々に安らかなものとなっていった。


 「た、助かったぜ……」


 「よかった……湊さん。後はお願いします!」


 本当に大したお嬢様だ。この状況でも他人の命のために動くことができるのだから。湊はそう思いながら、振り向かずにピースサインをしてみせた。


 すぐにケイも馬車から飛び降り、湊の隣に並ぶ。何もできない結月と盗賊たちは、その緊張感に押しつぶされてしまいそうであった。

 しばらく静寂が続き、そしてルーカンから口を開く。


 「ケイ。当時の俺はまだ正規隊員ではなかったが、お前にだけはついぞ負けたことがなかったな」


 「その力を得てからはな。運のいいやつだ……!」


 湊が地面に手を当て、ケイが手のひらをルーカンに向ける。しかし一方で、ルーカンは余裕ありげに煙草を吸っているのだった。


 「今の俺は正規の円卓部隊員だ。あの時よりも実力は上だぞ」


 ルーカンの周りを、先ほどからモクモクと煙が渦巻く。煙草から出た煙が、消えずにその場を漂っているようだ。


 「つまり、お前たちじゃ俺は倒せない。分かったか」


 「ごたごたうるせぇよっ! 行け、砂獣タウロス!!」


 湊が地面から五メートルほどの大きさの砂像を作り出し、そしてそれを向かわせる。しかし、砂獣タウロスがルーカンに殴り掛かろうとしたその時、突然その砂像は爆発したのだ。

 驚く湊に対し、ルーカンが得意げに語り始める。


 「俺の能力は殺人煙草キラースモッグ。煙を自由自在に変化させ、そして硬さを与える能力だ」


 砂なんて細かいもの、俺の煙の前では無力だ。そう男は豪語する。そして煙草が切れたのか、ポケットから新しいものを取り出し火をつけようとした。

 その瞬間。


 「今だ! 倒れろルーカン!!」


 ケイが叫び、巨大な火炎の弾丸を放つ。しかし、その一撃もルーカンに届く前に止められ、消えてしまうのだった。

 ルーカンは満足げに笑い、そしてケイをあざ笑うように言葉を発する。


 「無駄だ。忘れたか? 炎は煙を発生させる」


 お前が能力を使うことは、俺を援護することと何ら変わらない。ルーカンはそう言うと、ゆっくりとこちらに歩き始めた。


 「だったら、俺がお前を倒すだけだ! 水銃士キッド!!」


 「何ッ……!?」


 湊がペットボトルから水を取り出し水銃士キッドを生成し、そして一撃。放った水の弾丸はルーカンが煙を固め作った壁を撃ち抜き、直撃とはいかなかったがその側頭部に深く傷をつけた。


 「……やってくれるな。クソガキ」


 傷のついた部分に軽く手を当て、その手を見つめる。赤い鮮血がべっとりとついたその手を見て、ルーカンは突然、額に手を当て笑い出した。


 「笑ってんじゃねぇよ! このまま行くぜ!!」


 「湊!!」


 湊が次の一撃を撃とうとしたその時、突然ケイが湊を横から突き飛ばした。次の瞬間、上空から槍のように尖った煙が地面を貫く。

 忘れてた。目の前の男は上空に上がった煙も操作できるんだ。湊は、今度は上空を警戒しながら立ち上がる。今は煙が上がっていないようだ。


 「……さぁ、今度こそ食らわせて……!?」


 視線をルーカンに戻すと、そこに敵の姿はない。代わりに、その姿が見えなくなるほど立ち込めた赤い煙が、辺りを漂っていたのだ。

 ケイが地面にある赤い光を発見し、そして問いを投げる。


 「発煙筒……! これが狙いだったな、ルーカン!!」


 「煙のトーチカ。と、言ったところか……さぁクソガキ、さっさとミンチになりやがれェ!!」


 ルーカンが突然口調を変えて叫ぶ。すると赤い煙は無数の弾丸を形成し、弾幕のように襲い掛かってきた。咄嗟に、湊は地面に手を置き砂獣タウロスを生成しケイもそこに飛び込んでくる。次の瞬間、まるでガトリング砲でも浴びせられているかのような凄まじい衝撃の嵐が湊たちを襲った。


 「無駄なんだよォ! そんな防御、俺の煙の前じゃ無力なんだよォ!!」


 残虐に笑い、ルーカンは更に煙の弾幕を放つ。周囲の木々が穴だらけになり、地面が抉れ、そして砂の盾が徐々に形を保てなくなっていく。


 「クソっ……! 水銃士キッドももう使えねぇ……!!」


 先ほどまで水のガンマンが乗っていた湊の肩は、形を保てなくなった水に濡れていた。湊の能力では、一度に二体以上は操作できないのである。

 故に、もう湊は水銃士キッドを使うことができないのだ。


 「このままじゃ、あいつに勝てねぇ……!!」


 「落ち着け湊。俺に考えがある」


 地面を殴る湊に、ケイがそう話した次の瞬間、ついに耐えられなくなったのか砂獣タウロスが破壊され粉々に崩れてしまう。

 大量の砂が地面に落ちる音をルーカンの耳が捉え、そして攻撃をやめた。


 「さて……七夕結月、来てもらうぞ」


 気を取り直すかのように口調を戻し、ルーカンは目線の先、十数メートルのところにいる、先ほどの攻撃の余波で怪我をした人を治している結月に対しそう言う。しかし、結月は取り乱すことなくこう返したのだ。


 「湊さんが、こんな簡単に負けるわけがありません」


 ルーカンを睨みつける結月の目には、確信があるように見えた。まるで、かのように。

 ルーカンは辺りを見回す。あの一瞬でどこかに隠れた。そう考えたのだろう。そしてその答えは、すぐに現れた。


 「な、何だとッ!!?」


 地響きと共に突然地面が爆発し、巨大な青い炎がルーカンに襲い掛かってきたのだ。完全な不意を突かれた一瞬の一撃。辺りを漂っていた煙を集めガードしようとするが、しかし間に合わず炎は爆発しルーカンを吹き飛ばす。

 

 「これがお前の弱点だ、ルーカン。煙のトーチカに潜ってしまえば、お前自身にも敵の姿が見えない」


 地面から土を払いながら、ケイと湊が現れる。二人は一瞬互いの目を見やりニッと笑うと、再びその表情を引き締めルーカンに向き直った。


 「さぁ、まだ死んでねぇんだろルーカン! 決着付けるぞ!!」


 湊が勇ましく叫ぶと、ルーカンは立ち上がり鬼の形相で二人を睨みつけた。


 「てめェら……! ぶっ殺してやるからなァ!!」


 ルーカンが発煙筒の煙を集め、ムカデのような形に変化させる。地上二メートルほどの高さを浮遊する煙のムカデは、突然煙の弾丸をケイに向けて発射した。


 「させるかっ! 鉄人マサムネ!!」


 瞬時に湊が鉄人マサムネを生成し、その鉄の体で弾丸を防ぐ。苦虫を噛みつぶしたような顔でルーカンが舌打ちをすると、湊はケイにこう言った。


 「師匠、このムカデは俺が!」


 「頼んだ。俺は本体を叩く」


 そう言ってゆっくりと、しかし追い込むように歩いていくケイの背中は、湊にはとても大きく見えた。

 ケイは鋭い目でルーカンを睨み、そして目の前の男にこう言った。


 「さて、決着を付けようか。ルーカン」


 その言葉と同時にその場にいた者すべてが、目の前の敵を排除するため動き出したのだった。

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