第十一話


 「カシラ、来ましたぜ」


 山のふもと、木の上に乗って平野から走りくる一頭の馬を、その男は確認した。左肩にかけたマントをはためかせ、走りくる軍服を着た男。ルーカンである。

 

 「オーケー。じゃ契約をはじめねェとな」


 木の根元にいるもう一人の男がそう答え、持っていたナイフを抜いた。木の上にいる男も、それにならいナイフを抜く。

 ルーカンを乗せた馬が彼らの目の前で止まると、ルーカンは馬から飛び降り冷めた目で男たちを見つめた。


 「文句があんですかァ? 軍人さん」


 ルーカンは顎で山の方をさし、そしておもむろに煙草を取り出し吸い始めた。

 その態度が気に食わないのか、木の下に居る男がルーカンの首元にナイフを押し当てる。


 「てめェ勘違いしてんだろ、俺らはただの盗賊じゃねェぞ」


 何だったら今すぐにお前を殺してやる。そうすごむ男の顔に、ルーカンは煙を吐きかけそして冷ややかに言い放つ。


 「俺がクールぶってるうちに、さっさと始めろよ。殺されたいのか猿が」


 「な、何だとォ……!!」


 男がナイフをルーカンの喉元に突き刺そうとした瞬間、逆に男の喉元から大量の血が噴き出す。男は一瞬驚いたような表情をすると、そのまま白目をむき地面に倒れ伏した。


 「な……! 今、何を……!?」


 木の上で一部始終を見ていた男の目には、ルーカンが吹かせていた煙草の煙が、突然鋭い剣のような形に変形し男の喉を貫いたように見えたのだ。一瞬で人が死んだからか、その言葉は震えていた。


 「殺人煙草キラースモッグ……猿に言っても分からねぇか。さっさと始めろって俺の言葉を理解できなかったもんなァ!!」


 ルーカンは突然口調を荒げ、そして喉から血の水たまりを作っている男の死体を何度も何度も蹴る。その光景は常軌を逸しており、木の上の男は震えあがり何もできなかった。


 「……そういえば猿。お前、名前は?」


 「ひっ……!! え、蛯原……です……!」


 青ざめながらも木の上の男、蛯原は名を名乗った。ルーカンは煙草の煙をふかしながら、どうでもいいものを見るような目で蛯原を見上げる。そして、冷ややかに命令する。


 「例の契約だ。西城湊……男のガキだ。そいつを殺せ、どんな手を使ってもいい」


 達成できれば報酬をくれてやろう。ルーカンはそう言ったのちに、こう続けた。


 「敵前逃亡か、降伏したら俺が追いかけて殺す。いいな?」


 どこまでも残虐なその言葉に、蛯原はただ震えて頷くことしかできなかった。ルーカンがその場を離れ馬の手入れを始めると、蛯原は木から降りそして、ターゲットである西城湊を殺すため動き始めたのだった。




 一方その頃男、湊たちは河原で休憩をとっていた。馬が水を飲む横で、湊は日にあたりながら一仕事終えたといった表情で仮眠をとっている。その隣には、昨日の戦闘で泥だらけになった服が干されていた。


 「まったく、こんなところで寝て」


 仕方のないやつだ。そうケイは呟くと、眠っている湊の隣に腰かけ水を飲む。川のせせらぎや、木の葉が揺らぐ音。そこはのどかな場所であったが、しかしケイの表情は険しいものだった。


 「……円卓部隊か」


 その瞳は遠い昔を見ているようだったが、その表情は苦いものだった。決していい思い出ではないのだろう。

 ケイは手元にあった小石を投げる。音を立て、川に波紋が広がった。


 「湊……死ぬなよ」


 湊の寝顔をのぞき見、そして頭をなでる。そうしていると、徐々にケイの表情は穏やかさを取り戻していくのだった。


 「……よく寝てますね、湊さん」


 不意に、結月が近づいてきて声をかける。その手は、湊が昨日貸した本を持っていた。返しに来たのだろう。結月は、そのままケイの隣に腰かけた。


 「働き者ですからね……まぁ、働かないんですけど」


 ケイは冗談めかして笑いながら、相変わらず湊の頭をなで続けている。それを見た結月は目を細め、会話を続ける。


 「好きなんですね。湊さん」


 「えぇ。大事な弟子です」


 湊を見つめる穏やかな目は、子を見る親のようだ。結月が視線を追い湊を見やると、小さい子供のような寝顔で眠る湊がいる。それは、結月の目には本当に親子のように見えた。


 「子供のように思っているんですか?」


 「……いいえ。俺は親にはなれませんよ」


 ケイの顔が、少し切なげなものになる。何か事情があるのだろう。結月はそれ以上何も聞かなかったが、少々間を置いて、ケイは口を開く。


 「……それでも、俺は」


 湊をなでながら、ケイが何か言いかけた直後だ。湊がうなりながら目を開け、そして慌てて起き上がりケイから飛びのく。


 「し、師匠! だから俺はもうそんな歳じゃないって言いましたよね!!」


 「あぁ、おはよう湊」


 「おはようございます、湊さん」


 「えっ? あ、あぁ。おはようございます」


 湊の言葉などまるで聞いていないと言わんばかりに、ケイどころか結月からも挨拶されたので、湊は反射的に挨拶を返す。その顔はどこか納得のいかないものだったが、数秒後、再び湊は顔を赤くしてケイに叫んだ。


 「お、お嬢様の前でなでてたんですか!? やめてください恥ずかしい!!」 


 「まぁいいじゃないか。減るもんでも……お嬢様。馬車の中へ」


 ケイはふいに会話を打ち切り、結月を馬車の中へ入れる。湊は腰にさした針金に手を当て、鉄人マサムネを生成する。

 

 「な、何があったんですか……?」


 そう質問した数秒後に、結月はその答えを知ることになった。

 凄まじい数の足音が地面を揺らし、そして木々をかき分け何十人もの人間が一斉に襲い掛かってきたのだ。

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