第十話

 「……そうか、ケイが」


 ろうそくの火がゆらゆらと揺れる暗い部屋の中で、一人の男が通信機を前にそう呟いた。金色の髪に青い瞳の男。軍服を着ており、その左腕にかかったマントには円に剣のマーク。そしてその胸には、勲章が付けられていた。


 「はい。交戦しましたが、衰えていませんでした」


 通信機を通しイロンシードの声が部屋に響く。男はしばらく間を置き、そしてこう命令する。


 「帰投し休息をとれ。代わりにルーカンを行かせる」


 「申し訳ありません。力が及ばず」


 「円卓部隊に所属していた男だ。相性の良くない貴様が倒せる男ではない」


 男はそう言い、そして通信を切る。男は後ろを振り向き、そしてルーカンという名を呼んだ。わずか数秒ののちに、一人の男が部屋の扉を叩き現れる。この男がルーカンなのだろう。同じく軍服を着た、赤髪の男。

 勲章を付けた男は、ルーカンが現れるとすぐに命令した。


 「ケイを殺し、七夕結月ターゲットを捕獲して来い」


 「了解」


 ルーカンがマントをはためかせ部屋を後にする。男はろうそくの火を消し、闇の中で呟いた。

 

 「ケイ……貴様この国で何を得た」


 


 早朝、湊は眠りこけているケイをおぶり馬車に乗り込んだ。太陽が出ていないような時間だったが、起きなれているのだろう。美香が見送りに来てくれている。

 

 「昨日は本当にありがとう。お姉ちゃん、お兄ちゃん!」


 「どういたしまして。助けられてよかったです」


 「また会おうな、美香!」


 「うん!」


 湊は美香にそう別れを告げると、まだ馬車に乗っていない結月に手を出す。結月がその手を取り、そして馬車はゆっくりと動き始めた。

 まだ、そこまでのスピードは出ていない。美香は名残惜しいのか、小走りで馬車を追いながら言葉を発した。


 「お姉ちゃんも、また会おうね!!」


 「……え、えぇ。またいつか」


 少しの間を置き、結月は手を振る。やがて馬車は美香が全力で走っても追いつけないほどに加速し、そこで美香は追いかけるのをやめ手を振った。湊も大きく手を振り、元気に別れを告げている。


 「私は、もうきっとあの子とは会えないと思うんです」


 美香が見えなくなると、結月はそう呟くように言った。湊は結月の隣に腰かけると、真剣な口調で問いを投げた。


 「向こうの街から、出られないってことですか」


 「……えぇ。二度とこの辺りに戻ることはないと思います」


 少し暗い顔で、結月はそう言った。湊は何か声をかけようとうなりながら考えているようだったが、中々いい言葉を思いつかないようだ。

 少しすると、結月はハッとしたような顔をして、そして打ち消すように口を開く。


 「な、なんて。忘れてください」


 「……もったいない、ですね」


 「え……?」


 もったいない。そう言った湊の表情は、とても真剣なものだった。

 せっかくこの世界で得た繋がりが、家の都合なんかで絶たれてしまう。誰かと繋がることなんて、そうそうできることではないのに。

 それが、湊にとってはとても悲しいことに思えた。


 「お嬢様」


 だからこそ、次に湊が発した言葉は自然なことであった。


 「会いたいなら、会いに行きましょう。俺、何だったら連れ出しますから」


 ピースタウンの警備は厳重である。それは、湊はおろかケイですら突破は不可能なほどに。ゆえに、湊の発言はホラであった。結月を少しでも安心させるための、優しい絵空事。


 しかし、湊の目は嘘をついていない。湊は本気で、結月が望めばピースタウンから彼女を連れ出すだろう。ゆえに、湊の発言は真実である。結月はそんな湊の目を見つめたのちに、優しい声で言った。


 「……ありがとうございます。その時は、お願いしますね」


 「任せてくださいよ! 絶対連れて行きますからね!」


 元気に笑う湊と、穏やかに微笑む結月。

 二人を乗せた馬車はゆったりと、しかしいつか結月を閉じ込めるだろう街に進み続けていた。

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