第八話

 「湊!!」


 爆発のあった場所から、煙をかき分けケイが倒れている湊の元へ駆け寄ろうとするが、しかしイロンシードが立ちはだかり、たどり着けない。


 「相変わらず、出鱈目な力ですね……!」


 吐き捨てるように言ったイロンシードの体は、ふらついていた。一方でケイの表情には焦りこそあるものの、その呼吸はまるで乱れていない。


 「……殺すつもりだったんだがな、イロンシード!」


 苦虫を噛みつぶしたような顔で、ケイはイロンシードを睨みつけた。瞳から伝わってくる明確な焦りは、敵に隙を与える結果となってしまう。


 「……ロックオン!」


 「何!?」


 音速をも超える石の弾丸を、ケイは手のひらから放つ青い炎で相殺してみせた。しかし炎によって視界が一瞬切れてしまう。その一瞬は、イロンシードにとっては十分すぎた。


 「死ね、ケイ!!」


 一瞬にして距離を詰め、ケイに殴り掛かる。ケイはその拳を、思い切りかがむことでどうにか回避する。青い炎を拳にまとわせ、反撃しようとしたその時だ。


 「ロックオン!」


 「クソっ!!」


 男の声を聞き、イロンシードに打ちつけようとした拳を地面に叩き込む。周りの土を跳ね飛ばし、その反作用で空中に飛び上がることでそれを回避する。直後、投射砲カタパルトの能力で強化された投石が、ケイが居た地面を数メートルほど抉った。


 「ルキウス、このゴミをりましょう」


 「了解!」


 男、改めルキウスの視線から逃れるため火炎を放射し視界を切る。そしてその隙を突いてくるイロンシードの攻撃を回避する。

 明らかに、ケイが不利であった。


 「ど、どうすれば……!」


 結月は、ただ戦いを眺めることしかできないでいた。先ほどまでとは、明らかにレベルが違う。

 先ほどまでの湊の戦いを喧嘩とするならば、これはまさに戦争だ。地面が爆裂し、重厚な衝撃が音となって耳を叩く。結月に出る幕などなかった。


 しかし、このまま放っておけばケイは殺されるだろう。それに、湊もこのまま放っておけばまず助からない。この状況で、二人に何かできるのは結月以外に誰も居ないのだ。


 「……今、湊さんを助けられれば」


 この場で湊を治す。そうすれば、湊が加勢に入り勝てるかもしれない。現に、少し押されてはいるもののケイは二対一にもかかわらずほぼ互角に渡り合っているのだ。湊が加われば、勝てる可能性は劇的に上がるだろう。


 「……湊さん、今助けます……!」


 結月は湊の元へ走り出した。途中で飛んでくる土砂を浴び泥だらけになる。しかし、それでも結月は止まらない。

 あと、五メートルほどだ。結月がそう思った、次の瞬間だった。


 足音で爆音が響いた。ほぼ同時に、今までとは比較にならない衝撃。叫び声すらあげられないほどの一瞬で、結月は大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。幸い致命的な傷は負わなかったものの、今まで痛みを味わったことのないお嬢様にとっては、十分に命の危険を感じさせる激痛であった。

 

 その痛みに、その怖さに。結月はその場で亀のようにうずくまってしまう。順当なことだった。

 なぜなら、結月は今まで戦いを経験したことすらない。命の危険も感じたことすらない、温室育ちのお嬢様なのだから。


 湊のように、ヒーローになる人間ではないのだから。助けたい人を助けられる、力がないのだから。


 「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」


 必死に繰り返すその言葉は、恐怖から出たものだろうか。悔しさから出たものだろうか。結月自身も分からない胸の痛みが、涙と謝罪となってこぼれ出る。

 

 「……俺が」


 極限の状況で、聴覚が鋭くなっているのだろうか。結月には、確かに湊が呻くように、何かを呟いたのを聞いた気がした。


 「俺が……守りますから……!」


 顔を上げる。そこで結月が見たのは、五メートルほど先だろうか。立ち上がろうと腹から血を流し、口から血を吐き出しながらも。それでも必死に体に力を込める湊の姿だった。


 「……助けたいなら、助けに行けばいい……!」


 湊に言われた言葉を、思い出すように、自分に言い聞かせるように結月は呟く。

 自分はどうしたい。湊を、ケイを、少女を助けたいか。


 「私は……!」


 意志を確認するように、何も知らなかったお嬢様は立ち上がる。今は、命を懸けることを知っている。教えてもらった、目の前で誰かを助けようともがく少年に。


 「今助けます! 湊さん!!」


 決まっている。助けたい。それが、初めて見つけた意志だ。背中を押してくれた少年のために、少女は走り出した。


 「何!? あれは……!?」


 イロンシードが声に気づいた一瞬の隙に、ケイが青い火炎の弾丸を叩き込んだ。思い切り吹き飛ばされるイロンシードだったが、しかしその一撃はルキウスに付け入る隙を与えている。


 「ロックオン!!」


 ルキウスの方を見たケイは、その顔を青色に染めた。視線の先には、結月と湊が居るのだ。今の二人に超音速の弾丸を回避する能力は、ない。


 「湊さぁぁぁんっ!!」


 ルキウスの視線に気づいてもなお、結月は止まらなかった。あと一歩。あと一歩踏み出せば、湊を助けられるのだ。ここで止まるわけにはいかない。


 一方湊もまた、結月を助けるため力を振り絞っていた。彼女を死なせるわけにはいかない。それは、彼女が護衛対象だからではない。

 誰かを助けようと命を懸ける少女を、湊は助けたい。だからこそ、ここで痛みに負けるわけにはいかない。


 「手を!!」


 走り、手を伸ばす結月。湊は痛みに目を真っ赤に血走らせ、瞳を燃えるような炎の色に染めながら、必死に手を伸ばす。二人の手が結ばれた瞬間。無慈悲に飛んできた超音速の弾丸が、爆裂したのだった。土煙が、周囲を覆いつくす。


 「湊……!!」


 ケイの視線の先で土煙が晴れる。湊は、結月に笑顔を向けていた。傷は完全に癒え、そしてその目には力強さが戻っている。


 「ありがとう、お嬢様。おかげで勝てそうです!」


 「よかった……助けられて本当に……!」


 「は、はァ……!? 俺の投射砲カタパルトを受けて、何で!!」


 ルキウスが、驚愕の視線を湊に向ける。次の瞬間、ルキウスは湊の肩に乗る赤いガンマンの存在に気づく。気づいたと同時に、それは敵のはらわたを撃ち抜いたのだった。


 「大量に出血したからな。そいつで水銃士キッドを生成した」


 すっかり血や土で汚れ切った軍服を着た男は、その言葉を聞くと同時に地面に倒れ伏した。二度と立ち上がることはないだろう。

 イロンシードも、現れない。気配すら感じない。きっと逃げたのだろう。


 太陽が昇り切ったころ、湊たちは戦いに勝利したのだった。

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