第七話

 「すごい……」


 あまりの力の差に、結月は思わずそう呟いていた。最初に攻撃を食らい砂に埋められて以降、湊は全くダメージを受けずに、一方的に男を叩きのめしている。たった五秒、視界に入れば殺される状況で。


 「お、お姉ちゃん……」


 「あ、あぁごめんなさい。手が止まっていましたね」


 結月は少女に謝罪し、そして足蹴にされ打撲と擦り傷を作っているだろう背中に手を当てる。少女は一瞬顔を歪めたが、しかし徐々にその表情は穏やかなものとなっていった。


 「凄いね。お姉ちゃん能力者なんだ」


 「……えぇ。他人に使ったのは初めてですが」


 そう微笑む結月の表情は、先ほどまでよりも穏やかなものであった。慈しむように、そしてどこか嬉しそうでもある微笑み。

 その顔に安心を覚えたのか、少女は一瞬笑顔を見せ、そして崩れ落ちるように倒れた。極限の緊張と疲労によって、とうに限界を超えていたのだろう。


 「後はお願いします。湊さん!」


 結月は少女を守るように抱え、視線を戦いに戻す。湊は言葉を返さなかったが、結月に向かってピースサインをしてみせた。




 一方、燃え上がる右腕の男、先ほどイロンシードを名乗ったその男は。湊たちが戦っている戦場へとまっすぐ、そしてかなりの速度で走っていた。彼の部下が少女一匹を消すのに、ここまで時間がかかるはずがないのである。


 恐らく、能力者による妨害を受けているのだろう。あの男をここまで手こずらせる能力者である。この男には、心当たりがあった。


 「ケイの助手……ここで、直接消してやりましょうか」


 ポツリと放った、しかし絶対の自信がなければ発することのできないその独り言は、圧倒的な威圧感を放っているのだろう。周りの木々に止まる動物たちが、一斉にその場を逃げ始めた。


 二人が戦っている場所まで、あと数百メートル強と言ったところだろうか。イロンシードの耳が、爆音に近い投射砲カタパルトの発射音を捉えた。

 殺すべき存在が、視界には入らないが目の前に居る。右腕を異形へと変化させ、イロンシードは更に速度を上げ走り出した。


 あと百メートルと少し。あと数十メートル。あと、十メートル。イロンシードの目に湊の姿が映り、そして。


 「行かせないぞ。イロンシード」


 背後から聞こえた、凄まじいまでの威圧感に。イロンシードは動きを止めるのだった。振り向くと、そこには男が一人。ケイである。


 「……あなたですか」


 「柵の付近で、人が死んでいた。お前がやったんだろうと思っていた」


 ケイは手のひらから青い火の玉を、ろうそくの火のようにゆらゆらと弄ぶ。イロンシードの目から完全に湊が消え。そして両者は向き合った。


 「お久しぶりです、ケイ。未だにその名を捨てていないなんて」


 「……帰る場所のない名前など、必要ないからな」


 異形の右腕でケイを指さし言ったイロンシードの問いに、ケイは間を置きそう答えた。眉をひそめるイロンシードを前に、ケイは言葉を紡いでいく。

 

 「俺は八坂ケイだ。そして俺を八坂ケイとして俺を慕ってくれる弟子が、俺の帰る場所だ」


 その宣言が気に食わなかったのか、燃え上がる右腕がギリギリと音を立て拳を握る。殺意に満ちた視線がケイに突き刺さり、そして互いに構える。

 西部劇の決闘のような、一瞬の沈黙。それを破り、イロンシードが爆発するように口調を変え叫んだ。


 「こんなところが、あなたの帰る場所だと言うのかッ!!」


 直後、イロンシードが放った燃える拳と。ケイが手のひらから放った巨大な青い炎が激突し。

 そして、十数メートルを巻き込む大爆発が辺りを包み込んだ。


 


 「み、湊さんっ!?」


 結月には、それがスローモーションのように見えた。突然湊たちが戦っている横から爆発が起こり、そして湊が衝撃に吹き飛ばされてしまったのだ。突然のことに流石の湊も反応できず、背中から着地して悶絶する。

 

 そしてその隙が、致命的なものとなってしまった。男がゆっくりと湊に近づき、そして冷徹に口を開いてしまう。


 「ロックオン」


 直後、男が投げた石が衝撃と共に血を飛び散らせる。結月には、もはや叫ぶことしかできなかった。


 「湊さぁぁぁんっ!!」


 湊が、ピースサインを返すことはなかった。

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