第三話

 「何承ってんだよ馬鹿ーっ!!」


 夕暮れの事務所で、事情を聞いた日菜子がそう言ってケイの胸倉を掴みユサユサと揺らした。


 「ま、間に合わないのか?」


 あまりの剣幕に、気まずそうに湊が聞く。すると日菜子はこちらを睨みつけ、ずずいと近づき叫んだ。


 「余裕だよっ! だけどな、それは妨害がなければの話だ!!」


 バサッと、日菜子は湊の目の前に地図を広げた。近すぎて見えにくいのか、湊は少し首を後ろに下げて地図を読む。そこには、三星家が治めるピースタウンへの道筋が細かく書き込まれていた。


 「なんだよ、四日で着くじゃねぇか」


 「妨害がなければな! あるに決まってんだろ!!」


 湊の呑気な返答が頭に来たのか、日菜子は顔を茹でダコのように赤く染め叫ぶ。護衛が予定通りにいかないのは(主に湊のせいで)いつものことだが、どうやら日菜子は、今度ばかりはどうしても契約通りに事を運びたいらしい。


 「いいか! 相手はピースタウンのお嬢様だぞ! しかも結婚予定、その結婚に一家の存続がかかってると言っても過言じゃねぇ! 捕まえれたら、どえらい身代金が要求できんだよ!!」


 狙わない馬鹿が居るかよ!! と、日菜子が凄まじい剣幕で怒鳴る。しかし、冷静に考えてみれば彼女の言うとおりである。

 この世界に住む者たちは、そうやって要人の身柄をいつでも狙っているのだ。苦しい状況にいるからこそ、彼らの野心は計り知れない。その妨害を考えるのならば、誤差が二日しか許されないのは確かに厳しい条件だった。


 「まぁ依頼を受けてしまったんだ。やるしかないだろう」


 「お前……!!」


 ケイの言葉にまだまだ文句が言い足りないといった表情の日菜子だったが、部屋中に響くほどの大きなため息をつき、そして先ほどまでと打って変わって冷静な口調で二人に話し始めた。


 「仕方ねぇ、ルートはまとめてるんだ。おさらいするぞ」


 日菜子が用意した、依頼を完遂するためのルートはこうだった。

 まず、最初の一日でピースタウンの裏にある山からなる山脈を越え、その先の平野に出て野宿する。二日目に中継地点のピースタウンで物資を補充し、三日目はその先にある川を日菜子があらかじめ準備している船で越え、そこで野宿。最後の四日目は迎えに来ている馬車に乗ってお目当てのピースタウンに到着。


 「分かってると思うが、誤差は二日だ。絶対に間に合わせろよ」


 「頑張りましょうね、師匠」


 二人の視線を受けたケイは少しいたずらっぽく笑い、そして湊の方を見て冗談っぽく口を開くのだった。


 「湊がサボらなければ余裕だな」


 「ははっ、約束できませんね」


 「約束しろよ!!」


 さらりと放った湊の発言に、日菜子が全力で突っ込む。何度くぎを刺しても仕事を放棄して目の前の人を助けてしまう湊のその言葉は、冗談にならないのである。もっとも、湊もケイも冗談として笑っているのだが。


 「頼むぞ……」


 肩を落とし気だるげに、呟くようにそう言った日菜子の表情は。しかし少しだけ楽しそうにほころんでいるのだった。

 



 東の空が紫色のグラデーションを描くころ、ピースタウンを囲む柵付近で、一つの影が現れる。ギラギラと殺気に光る視線が、巡回する二人の警備員の背中を捉えた直後、影は凄まじい速度で動き出した。


 次の瞬間その影は右腕を急速に巨大化させ、警備員のうちの一人を鷲掴みにし、そして声すらあげさせずに握りつぶした。


 「な、何者だッ!?」


 もう一人の警備員が後ろから迫ってきたそれに気づき、銃を構え振り向く。その時、宵闇が覆っていたその影が、突然右腕を燃え上がらせたことでその正体を現す。


 そこに居たのは、軍服のような装束に身を包んだ男だった。左腕だけを覆うようなマントには、円の上に剣のマークが描かれている。その警備員にとっては、見たこともないマークだった。


 「あなた程度に名乗る名などありませんよ。消えなさい」


 そう言うと、燃える右腕の男は警備員の視界から消える。懐から何か熱を感じ下を向くと、もう、そこにその男は居た。


 それが、警備員の男が短い人生で見た最期の光景だった。燃える右腕の男の目には、次の瞬間に腹を貫かれ、そのまま体を内側から焼き尽くされる警備員だったモノの姿が映っている。


 朝日が森を照らし始め、男は右腕をもとの形に戻すと木々の中へと姿を消し、そしてある一点をじっと見つめはじめた。しばらくすると、男の目は門を通る一台の馬車を捉える。

 すかさず、男はトランシーバーを手に取り、こう発した。


 「こちらイロンシード。ターゲットを確認しました」

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