国盗りジャンケン

梨木みん之助

(1話完結)

20☓☓年、東方国と西欧国の国境線上、

つまり 太平洋のど真ん中に、突然 島が浮上した。


両国が この島の領有権を主張し、

メディアも自国寄りの報道のみを繰り返したため、

日に日に 国民感情はエスカレートし、

二国間は「一触即発」の緊張状態になっていた。


この事態を解消すべく、ハワイ島にて、

東方国の首相 楊 貴太郎(よう きたろう)と、

西欧国の大統領 シュワルツ・ベネガーとの、

トップ会談が行われたが、

双方とも全く主張を譲らず、物別れに終わった。


会談で疲れ果て、無性に酒が飲みたくなった貴太郎は、

お忍びで 島内の居酒屋に立ち寄った。


席に座った貴太郎は、隣を見て驚いた。

なんと、炙ったイカを食べながら 演歌を口ずさんでいるのは、

紛れもなく、先程まで会談していた西欧国の大統領だった。


「大統領。 こんな所で、またお会いできるとは・・。」

貴太郎は、つたない西欧語で話しかけた。

「おや。 これは これは・・」

大統領も、東方語で答えてくれたが、

すでに 出来上っている様子だ。

「仕事は終わったから、シュワちゃんでいいよ。」

「じゃあ、私の事も キタちゃんで。」


二人は、先程とは 全く違う口調で 語り始めた。

「シュワちゃんは、日本酒もいけるんだ?」

「ああ。 本物の地酒、特に純米酒はサイコーだね。

キタちゃんもどうだい?」

二人とも、政治の話は一切しなかった。


シュワルツは 東方国に行ったら、

日本地区で寿司、韓国地区でおいしい焼き肉を食べ、

中国地区の「桃源郷」に行ってみたいと言った。


太郎は、マチュピチュと、ハリウッドに行き、

欧州サッカーを見ながら本場のビールを飲みたいと言った。


そして、二人とも愛読している漫画が「ONE PEALD」だった。


意気投合した二人は、いろんな話をしたが、

酒が弱い貴太郎は、つい 本音を漏らしてしまった。

「世界は将来1つに統合されるべきだと思うんだ。

それなのに、お互いの国の領土問題を解決しないと

次のステージに進めないなんて・・。

 ああーっ、日本地区の 山村でやっている

『峠の国盗り綱引き合戦』みたいな事はできないのかなー。

この問題さえ乗り越えれば、お互いの国民の為に、

もっといろんな事ができるのに・・。」


「ああ、その話は知ってるよ。

戦国時代には、血で血を洗う戦いが繰り広げられた場所なのに、

今では、となり村対抗の綱引き合戦で 村境を決めるという

有名な観光イベントだよね。」


シュワルツは 苦笑いしながら、丁寧に言った。

「しかし、『綱引き』には反対だな。 体力勝負だったら、 

女性や老人、障がい者などが不利になるだろ!

ここはひとつ、全国民が平等に勝負できる

『ジャンケン』で決めないか?」


「おおっ! 直接選挙みたいな感じで、いいねえ!」


思わぬところで 二国間の合意が結ばれた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、後日、両国で「領土問題解決法」が交付された。


全国民参加のイベントの為、会場の確保が困難かと思われたが、

ほとんどの人が「委任状」を出した為、心配には及ばなかった。


マスコミは一部の人達の感情を 大きく取り上げたが、

多くの人たちは、両国とも 極めて友好的だったのだ。


国内予選は2ヶ月ほどで終了し、

問題の島に作られた 特設ステージで、決勝大会が始まった。

この様子は 全世界に放映され、史上最高の視聴率となった。


決勝は20対20の勝ち抜き戦。

「相手の体に触れてはならない」が唯一のルールだ。


東方国の一番手は 鎧・甲冑を着けた男だった。

「このような重要な局面で、委任状を出すなど言語道断。

我こそが、東方国全志に変わって 敵を討つなり。」

と、テレビカメラに向かって口上した。


「よしっ、私が行こう。」

それを見て、西欧国の一番手に名乗りを上げたのは、

東方語を話せる「弁論士」だった。

 弁論士は、舞台に上がると 相手に向かって言った。

「おお、ヨロイ君! カッコいいねえ。

刀のような物を差しているが、武道は何段だい?

もちろん、東方拳法や茶道、華道、古語、歴史などにも

精通しているんだろうねえ?」


鎧男は、グウの音も出なかった。

何か反論しようとしたが、西欧語はしゃべれない。

握った拳をブルブルさせながら、

「うるさいっ! 勝負だっ!」と叫ぶしかなかった。


この弁論士は、相手の感情を刺激する事によって、

心理学的に 相手の出す手をコントロールできるのだった。

冷静さを失った鎧男は あっさりと弁論士に敗れた。


その後も、東方国の選手7人が、

ことごとく、弁論士の話術にハマって負けていった。


このまま、全敗してしまうのか?

という空気が、東方国サイドに流れ始めた時、

「じゃっ! 俺が行くよっ。」

と 若い男が舞台に立ち、 場の雰囲気を変えた。

「みんなーっ!見てるーっ? TVに出ちゃったじぇーい!」

と口上し、何を話しかけても「イェーイ!」としか言わない彼に、

弁論士も 打つ術が無かった。


やっと東方国がジャンケンで1勝を挙げると、

その後は、一進一退の攻防が続き、

西欧国側 残り11人に対して、

東方国側 残り4人となった。


次の東方国の選手は中国地区の催眠術師。

「あなたは、『西欧』という言葉を、

5回以上言うとパーを出す。2回以下ならグー。

それ以外はチョキを出す。」と、暗示をかけた。


西欧国の選手は、それを鼻で笑い飛ばしながら、

口上で「この島は我が西欧国が・・」と10回も連呼すると、

パーしか出せずに、催眠術師のチョキに敗れた。


西欧国残り10人目の選手は、口上をせず 何も言わなかったが、

グーしか出せずに、パーを出した催眠術師に敗れた。


この後、西欧国は催眠術師に5連敗し、

対戦成績は残り4対4のタイになった。


「ワシが行くしかないかのぉ・・。」

西欧国残り4人目は、杖を突いた白ひげの老人だった。

舞台に上がった老人も、全く口上はしなかったので、

催眠術師はパーを出したが、老人はチョキを出して勝った。

「ほーっほ。こんな年寄りでも役に立つ事があるんじゃのぉ。」

老人は チリワインをしこたま飲み、へべれけだった上に、

耳が遠かったので、催眠術が全く効かなかったのだ。

老人が壇上で眠ってしまい 自然退場となったので、

東方国、西欧国とも、残りは3人になった。


次の東方国の選手は、

インド地区にあるコンピューター会社のSEであり。

今までのデータを全て端末にインプットしていた。

携帯端末の予想では、相手は次にグーを出すらしい。


勝負だ。SEはパーを出して勝った。本人も半信半疑だったが、

彼はこの後も勝ち続け、西欧国は「ボス」一人を残すのみとなった。


ボスは舞台に上がると、こう口上した。

「私は、東方国との友好を深める為に大会に参加した。

もし、私が勝ったら、この島は 東西共同の友好の島にしたい。

その為にも、私は今からここで3連勝する!」

会場からは大きな拍手が湧き上がった。


勝負が始まった。


コンピューターは相手がパーを出すと予測したので、

SEはチョキを出そうとした。

しかし、手が 見えない力で押しつぶされ、

指が伸ばせずに、グーを出して負けてしまった。

西欧国のボスは念動力を使う超能力者だったのだ。


東方国残り2人目は、韓国地区のテコンドーの選手だった。

念動力に負けないようにと、五本の指に力を込め、

何とかパーを出すことが出来たが、勝負はあいこだ。

しかし、どうしても チョキにはできない。

やがて、彼も力尽き、グーを出したままで負けた。


チョキが出せない限り、勝つ事は出来ないのか・・。

東方国には、早くも諦めのムードが漂っていた。


東方国の最後の期待は、日本建築の棟梁だった。

棟梁は東方国の選手を集めて作戦を練った。

「わしなら、奴に勝てる! だが、1人では難しい。

この中で、何か特別な力を持つ者は ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


しばらくして 円陣が解かれると、

棟梁が舞台に上がり、相手に向かって口上した。


「わしも お前さんと同じく、友好のために参加した。

もちろん、ここを共同の島にしたいのは同じだ。

しかし、勝負は勝負!

わしらは念力には負けん。チームワークで勝つ!」


「よし、その心意気 受けて立つ。」


最終決戦が始まった。

レフリーの「ジャンケン・・」の掛け声とともに、

棟梁は、今まで使っていた左手をポケットに突っ込み、

利き腕の右手をグーの形で大きく肩まで持ち上げた。


「フッ、どちらでやっても、同じだが・・。」

ボスは万一に備え、棟梁の両手を念力で包み込んだ。


「・・ポン!」

ボスは、パーを出した時点で、意識を失った。

東方国の気功師が、壇上に強烈な気を発射したのだ。


この気功は、コントロールが効かないのが難点だ。

残念なことに、棟梁までもが 気を失ってしまった。


しかし、意識を失っても 棟梁の右手は広がっていた。

あらかじめ ゴムボールを握りしめていたのだ。

それが手から転がり落ちると、

棟梁がチョキを出しているのがわかった。

彼は、現場の事故で右手の指3本を失っていたのだ。


凄まじい戦いが終り、会場は大きな拍手に包まれた。


始めは、イガみ合っているように見えた 両国の選手たちも、

互いに全力を出し合った事で、打ち解け合い、

ユニフォームの交換までして 大会は円満に終了した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


こうして 問題の島は、実質的に両国共有の地になった。

ただし、名目上「今年は」東方国の島。

来年は、また この大会で勝った国の領土となる。


貴重な「水素鉱石」の出る島なので、両国が採掘を始めたが、

特にトラブルは起きなかった。

海底を掘れるだけの力を持つ会社の多くは「国際企業」。

友好を壊す事にビジネス上のメリットが無い事は、充分に承知している。

語学にも精通し、実社会をよく知っているので、

政治家や官僚よりも、むしろ安心だった。


漁業については、

この近海で採れた魚は、全てこの島に水揚げし、

公正な「競り」によって、どの国の人にも買えるようにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


5年後、この島は、

港を中心にした「フィッシャーマンズ アイランド」となった。

両国から豪華船に乗って行く、人気の海洋リゾートだ。


港の堤防では、

政界を引退した シュワちゃんとキタちゃんが、

釣りをしながら、また 酒を飲んでいた。


「いよいよ、東西両国が統合されるらしいぞ。」

「まあ、俺達のおかげだな?」

「もちろんさ。」

「いずれは、世界が統合されるといいな。」

「ああ、為替もTPPも戦争も死語になる。」

「でも、宗教の違いはどうなる?」

「言語が統一されれば、きっと解決の糸口も見つかるさ。」

「よしっ、次の世代に期待しよう。」

「ああ、そうしよう・・。」


炙ったイカが、風に吹かれて 海に落ち、

海面をしばらく漂った後、魚のエサになった。

二人の魚釣りジャケットの背中が、

常春の夕日に、まぶしく輝いていた。


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国盗りジャンケン 梨木みん之助 @minnosuke

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