05『Life of a Detective』

 湯呑みに注がれていた茶が底をついた頃、一巫女さんがやにわに口を開いた。

「天沼之宴で贄となる少女たちが身障者である理由は、常人とは異なるからだよ」

 常人──この場合は五体満足ってことか?

「ジョシュア。例えばこの天沼之宴、身障者で行う場合と健常者で行う場合があるとする。その際どちらがより効果があると思う?」

「そりゃあ──身障者で行った場合でしょう。なんとなくですがそっちのほうが効きそうだ」

「僕はそのなんとなくが訊きたいんだがね」

「ですねぇ。──やっぱり身障者を使った方が呪術っぽいからですかね。こういう言い方をすると誤解を招きそうですが、そっちの方が"不気味"だ」

 一巫女さんがああ、と小さく頷いた。そして、傍に置いてあった棚から煙管キセルを取り出す。


「お前の言う通り欠如や偏りというものは"不気味"なんだよ。それが可視であれ不可視であれね。それを実際に抱えている者の幸・不幸を問わず、その言葉自体からはどうしたって負のイメージが拭い去れない。実際医学的知識の発達が乏しく障碍の原因自体が不明瞭だった頃、障碍の類は不吉なもの、人ならざる者の証とされてきた。躰に障碍があれば鬼と見なされ追いやられ、脳や精神に問題があれば憑物の仕業と祈祷師を呼ばれた。障碍があることそれすなわち常人にあらず。しかし常人でないならきっと──"常ならぬ場所"にも辿り着けるはず。そうした願望を込めて天沼之宴には身障者を用いた。身体的障碍は外から見てすぐ判別可能だからね」


「要するに──身障者を贄に使ったのは単なる雰囲気作りってことですか」

 藻草みたいな煙草を雁首の火皿に込める手を止め、一巫女さんがむっとした。

「単なるとはなんだいジョシュア。こと呪術において雰囲気は時として作法より大事だぞ。"不気味"でなければ呪術じゃないとまでは言わんが、少なくとも呪術者本人が"不気味"だと思えるようなものでなければ、それは呪術として成立しない。術を行っている間、呪術者は常に呪物の彼方に敵が不幸に陥る様を幻視していなければならない。それなのに、周りに他人がいたら気が散るだろ? だから人目の付かない時間と場所を選ぶのさ。"不気味"な雰囲気に身を置かないと"不気味"な思いも生まれないだろ」

 一巫女さんはそう言って煙管を咥えた。中々火を付けないなとぼんやり眺めていたら睨まれた。ああそういうことか。まるで体育系みたいだな──と思いつつ、ローテーブルに置いてあったマッチに火を付け煙草を炙る。

 一巫女さんはむっ、と満足げに唸ると、吸い込んだ煙草の煙をゆっくりと吐き出した。


「些か話が脱線してしまったようだね。でも、これで天沼之宴については大体わかったろ。鬼を憑けた障碍児である『鬼児おにご』を殺し合わせて最後に生き残った者を『鬼姫おにひめ』とする──それが天沼之宴だ。しかしこんな面倒なことをギノーを使ってやるような輩がいるとはなぁ。余程の閑人かんじんと見える」


「鬼を憑ける? 鬼っていったらあの──」

「虎革の下帯したおび巻いて金棒振り回す奴じゃないぞ。いや、正しくはその鬼でもいけるっちゃいけるんだがこの場合の鬼は強いて言うなら鬼神を指す」

「──鬼と鬼神って違うんですか?」

「カテゴリーの広さが違う。鬼というのは中国古代の言葉では死霊を指す。もともと白骨化した人の屍という意味だとか、死者の骸骨あるいは面を被って招魂する巫祝ふしゅくの姿を意味しているとか言われているが。対して鬼神が占める範囲は馬鹿みたく広い。陰陽二気の働き、自然や天地そのもの、多用な霊的それを網羅している。まあ、神や妖怪を含んだ不思議なモノ。所謂"超常的な存在"だと思ってくれればいいよ」

「うーん。要するに天沼之宴は第一に処女で、第二に身障者で、第三に神でも妖怪でも霊でも何かしら憑いてるという三つの条件を果たした娘にのみ参加資格が与えられるってことですね」

「そういうことだ。参加資格なんて表現するとえらく光栄なもののように思えるがね」

 一巫女さんが紫煙をくゆらせながら苦笑した。

「さて、以上が天沼之宴という呪術について僕が知ることの全てだよ。言うまでもないがこれと蹈鞴事変とやらの関連性を求められても無駄だぞ。僕は蹈鞴事変についてよく把握していないからね」

 ああ、そういえばそうだった。一巫女さんは情報媒体問わずニュースの類を一切観ない。

「いい加減ニュースくらい観てくださいよ」

「厭だね。僕がこれで世事にも詳しくなったら、ますますお前が横着するだろう。今回の件でより一層報道には目を通すまいと固く誓ったよ」

「ご自分が面倒なのを僕のせいにしないで下さいよ。じゃあ今から蹈鞴事変の詳細について説明するので推理の方お願い出来ます?」

 一巫女さんが、不快そうに眉を顰めた。でも、心底といったふうじゃあない。

 この人は戦力として事変に関わることは嫌がるが、自身に迷惑が掛からない立場から首を突っ込むのは大好きなのだ。

「──調査しかしないって辺りが実に探偵だなぁ、お前は。まあどうせその調査とやらも愛人や遊女に任せっきりなんだろうが。ほれ。聞くぐらいは聞いてやるから、まずは水気を用意しろよ」

「あーはいはいわかってますよーっと」

 言いながら、空になった湯呑みを乗せた盆を手に僕は席を立つ。茶のためにわざわざ一階まで降りなきゃならないのが手間だよなぁ。

 襖に手をかけたところで、背後から一巫女さんの待ったがかかった。

「ジョシュア。一つ質問がある。今夜蹈鞴事変が解決したら、お前はどうする?」

「──どうするって、どういうことです?」

 僕は目の前の襖をぼうっと見つめたまま問い返す。

「手を引くか引くまいか──ということさ。お前の友人は何らかの形で間違いなく蹈鞴事変に関わっている。それもあまり良くない方向でな」

「──さっきから思ってましたけど、あいつが"黒"って根拠はどっから来てるんです?」

「根拠なんて明確なものぁないよ。強いて言うなら、悪の芽は若いうちに摘むという発想ではこの事変を解決できない──ってあたりでピンときた。お前だって肚の底では友人が怪しいと思ってるんだろう?」

「まあそうですね」

 僕の腑抜けた返事に、一巫女さんが唇を歪めた。

 いや実際に見えてるわけじゃない。見えてるわけじゃないが、間違いなく。


 ──わらっている。


「天沼之宴と関連しているというのなら、今回の事変は氷山の一角みたいなもの。でも蹈鞴事変が解決したらもうお前の役目はお仕舞いだ。その友人から更なる要請がない限り、もうこれ以上関わる必要はない。お前が調査して情報を提供してくれさえすれば、僕はお望み通りそれを推理してやってもいい。友人のよしみだ。だが、本当にそれでいいのか? 知らぬが仏という諺も世の中にはあるだろう」

「いやぁ、一巫女さんの言ってることはわかるんですが──」

 僕はそこで言葉を切った。


「気になって仕方ないことがあったら首突っ込むってのは、僕のポリシーなもんで」


 そう。自分が関係者であろうとなかろうと"何となく気になる"ならそれで充分。

 好奇心に逆らうことなんてない。首を突っ込むには充分過ぎる動機だ。

 例えそれが──相手の踏み込んでほしくない領域でも。

 一巫女さんが、どこか嬉しそうに喉を鳴らした。

「僕としたことが愚問だったようだね」

「全くですよ。それと喫煙は程々にしてくださいよ。一巫女さん、未だなんですから」

 今年で二十歳だよ──と言った矢先、煙があらぬところに入ったのか、一夜街の天人こと負討一巫女十九歳はげほげほと咳き込んだ。

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