02『見かけの重力』

 話は去年の春に遡る。

「なあ、生徒会に興味ないか?」

 いつもなら教室で弁当派の僕が、ワケあって食堂で豚丼の並盛をつついていたとき、向かいの席に座った植木うえきじゅん先輩の第一声がそれだった。それに対する僕の返答は、なくはないです──だった。先輩に気を遣った部分もそれこそが、特に文化部にも運動部にも所属予定のない、元より多忙だけれど充実した高校生活など送る気のなかった僕からすれば、それは至って素直な心境だった。

「そうか! ありがとう! 一緒に頑張ろうな!」

 都合の良い方へ解釈した植木先輩は、豚丼特盛の乗ったトレイを脇に除けると、身を乗り出して半ば強引に僕と握手を交わした。握力の強い人だと思った。


 植木先輩は、バスケ部と生徒会をかけ持ちしていた。ウチのバスケ部について僕はよく知らないが、度々男子バスケ部ナントカ大会出場の横断幕を見かけた憶えがあるので、結構強い部類に入るのではないかと思う。ただ、優勝の二文字だけは目にした憶えがなかった。

 さて、固い握手を終えたところで、じゃあ今日から君も生徒会の一員だ──となるかといえばそんなことはなく、僕と植木先輩は体育館の壇上で全校生徒を前に、自分が生徒会に入った暁にはこういう学校にしたいですという決意を表明し、一定数の票を獲得しなければならなかった。

 あとになってわかった──いや、薄々勘付いてはいたのだけれど、僕は植木先輩が勧誘した一年生第一号だった。いかに外向的な性格の植木先輩でも、初対面の一年生を勧誘するとなればそれなりに緊張する。

 だから、まずはウォーミングアップ的な意味合いで話しかけやすそうな相手を──と偶々声をかけた僕に偶々(僕のことだから弾みで「全く興味ありません」と返答していた未来もあり得たと思う)オッケーを出されて現在に至る。

 だから、推薦スピーチでも植木先輩は意訳すると「コイツに会った瞬間、コイツならやってくれるとビビッときた」とかスピリチュアル紛いの内容をそれっぽい言葉で飾り立てる他なく、僕自身もまた「正直落選しようとしまいとどちらでも良いのだけれど、当選したらしたで生徒会の皆と頑張ります」みたいなスッカスカの内容を大正時代の少女小説ばりの美辞麗句で彩る他なかった。

 結局、並みいる強豪──かどうかはともかく間違いなく僕より高い志を持つ候補者を退けて(訂正。これこそ本当のあとになってわかったことだが、落選者は一人しかいなかった。そもそも生徒会志願者が大勢いるのなら、植木先輩が苦し紛れに僕なんかを誘う必要はなかったわけで)、僕は生徒会の一員に選ばれた。

「票が集まったのはキヨのスピーチが堂々としてたからだろうな。よく緊張しなかったな」

 植木先輩はそう言うと、それ重曹で磨いてるんですかと訊きたくなるくらい白い歯を見せて笑った。


 あれは──堂々のうちに入るのか。淀みのない喋りではあっただろうけど。


 ただ、植木先輩の言うことも一理ある。

 実際、僕が票を入れる側の立場なら、内容どうこうよりとりあえず闊達かったつに話している人に投票するだろう。内容に耳を傾けるだなんて、率直に言って面倒なわけで。長いこと床に座らされてお尻も腰も痛いし、早く終わってくんないかなぁなんて気持ちの方が先立つわけで。いやはや、ドクター・フォックス効果恐るべし。

 当選しようとしまいとどちらでも良かった立場の人間が、緊張なんてしようがないんだよなぁという生意気なぼやきは、

「普通に先輩の人徳で選ばれたんだと思いますけど、ありがとうございます」

 というお礼の裏に隠しておいた。


 余談だが、「キヨ」という僕の実名にかすりもしないあだ名は、僕の「平野たいらの」とかいう悪い冗談みたいな姓に由来する(ホントはヒラノって読むんですよという逃げ道さえ用意されていないあたり真性の悪夢だ)。

 桐宇治さんが僕を「キヨモリ」呼ばわりするのもこのためだが、「マサカド」よりは遥かにマシである。

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